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 認知症に限らず在宅で家族などの介護生活を支えている介護者は日々のくり返しの中で、いつの間にか過剰なストレスをため込んでいる場合があります。「私、介護が苦痛じゃない。介護で負担はない」と断言する介護家族がいますが、そんな気持ちとは裏腹に体に変調をきたしていることがあります。

 言い換えれば「こころでは頑張っているけれど、体がこころに代わって訴えかけている」といった状況です。必ずしも、すべての介護家族に出る症状ではありませんが、私はこれまでこのような症状が出ている人を診た場合には、過剰なストレスが介護者にかかっていないか、常に注意して対応するようにしています。

更年期かな?その体の不調、実は・・

 酒井信子さん(仮名、53歳)は、血管性認知症の義父(79歳)の介護を続けています。「更年期かな?」と思いながらも、もう3年、介護を自宅で続けています。夫はひとりっ子なので、介護をするのは当たり前だと信子さんは思っていました。

 介護が始まって1年半ほどしたころから、季節の変わり目にふらつきがひどくなるようになりました。かかりつけ内科医を受診すると、「更年期だからね」との返事。それでも、ふらつきがあるために、耳鼻科や脳外科の「めまい外来」にも紹介してもらいました。しかし、どこに行っても「異常は何もありません」との診断でした。

 ふらつきの具合は、日によって違い、別の症状に姿を変えることもあります。立ち上がった時の「立ちくらみ」のようなものがあったかと思うと、次の週には、ふらつきが消えた代わりに胸の吐き気が強くなってきます。また次の週には、ひどい肩こりが出ることも。

 信子さんは気が滅入ってしまいました。「私の体はどうなっていくのだろう」と考えると、義父を介護する気持ちさえ揺らいでしまいそうな自分がいることに気づき、「いけない、いけない、私の役割です」と思い直して、日々の介護を続けていました。

 それから半年ほどたつと、今度は首の後ろに痛みが出始めるようになりました。整形外科に行っても「何もない」と言われ、より疑問は大きくなります。しかも、その痛みは、信子さんが朝起きた時に最も強く、その後、体を動かしていると楽になってきます。不思議な痛みだと思いながらさらに半年が過ぎると、今度は「高血圧症」と診断されました。

 実際には、ちょっとしたきっかけで高くなる血圧が、すぐに低くなるようですが、医師の診察を受けるときに限って信子さんは緊張して血圧があがってしまいます。診察をしてくれた心療内科の医師からは、「お父さんの介護からストレスが昂じて心身症になっているようだ」と告げられました。

 でも、信子さんは義父の介護を「負担」だと思ったことはありません。自分でもストレスが過剰になっているとも思えないのです。生真面目な性格の信子さんは、夫にも自分の体調の変化を相談できません。そんなことをすれば夫が義父の介護を申し訳なく思ってしまいます。友人にも「いつも明るく頑張り屋さんの信子さん」で通ってしまいます。つい、自分を責めてしまいました。

「私の努力が足りないから調子を崩してしまうんだわ」

「私が弱くて、こんな症状がでてしまうのなら、もっと努力しなければ。だって、お父さんの介護の負担などかかっていないのだから」

頑張り屋さん、たまには弱音を吐いて 

 身の回りに思い当たる人がいる、と感じた読者の方も多いのではないでしょうか。認知症の人の家族を支援するという取り組みを続けてきた私も、ずいぶんたくさんの「信子さん」に出会ってきました。

 頑張り屋で、人のために自分が努力することを厭わない介護者、と言えば、とても聞こえが良いのですが、そのような場合、多くの介護者は「失感情」的であることを忘れてはなりません。「感情を失う」といっても決して「無感覚」なわけではありません。介護者である自分が、過剰なストレスを受けているとしても、そのストレスを感じにくい人がいます。そういう人を「失感情」と言います。

 介護者自身が「つらくない」と感じているだけに、周囲の人もなかなか早期に気付くことができません。認知症の介護をしている介護者が愚痴ばかり吐いているのもどうかとは思います。私も妻の介護をしていて(たいした介護ではありません、日々の買い出しなどです)すぐに弱音を吐き、愚痴を言ってしまいます。ですが、時にはそうして介護者が自分にかかっている過剰なストレスを自覚して、周囲の理解ある人に「吐き出す」ことをしなければ、少しずつ沈殿するかのように、過剰なストレスは介護者の体を使って表現してくるようになります。

 特に、介護者が失感情的で自らの負担に気づきにくい場合には、信子さんのようにいつの間にか体が変調をきたすまで頑張り過ぎてしまいます。

 この話を読んで胃のあたりがド~ンと重く感じた人も多いのではないでしょうか。このような状況で介護を続けている人はたくさんいますが、その介護に「救い」がないとすれば、今回の話はつらいだけの話になるかもしれません。

 でもね、信子さんはその後、1年かけて私と一緒にその過剰なストレスを自ら感じられるようになりました。いくつもの試行錯誤があり、今でも失感情的になってしまう信子さんもいます。でも、こうしてともに考え、体調不良の原因やメカニズムを知った信子さんは、かつての彼女とは違います。

 もし、あなたが信子さんと同じような悩みを持っているのなら、過剰なストレスを受けた時、介護者にはどのような症状が出るのか、どのように対処すればよいか。次回はこのことについて書きます。

 

 今、どうしようもなく大変な介護をしているみなさん、これは気休めではありません。本当にストレスをコントロールでき、介護の負担が減ってくる日が来ますからね。

<アピタル:認知症と生きるには・コラム>

http://www.asahi.com/apital/column/ninchisyou/

 (アピタル・松本一生)

アピタル・松本一生

アピタル・松本一生(まつもと・いっしょう) 精神科医

松本診療所(ものわすれクリニック)院長、大阪市立大大学院客員教授。1956年大阪市生まれ。83年大阪歯科大卒。90年関西医科大卒。専門は老年精神医学、家族や支援職の心のケア。大阪市でカウンセリング中心の認知症診療にあたる。著書に「認知症ケアのストレス対処法」(中央法規出版)など