[PR]

 平昌オリンピック・パラリンピックも閉幕し、いよいよ2020年東京オリパラへのカウントダウンも本格化しました。選手たちの姿に息を飲んで観戦した方々も多かったのではないでしょうか。日々の鍛錬がもたらした勇姿は、オリンピアンもパラリンピアンも同じアスリートであることを体現すると同時に、そこから得た感動は純粋にスポーツを楽しんだ結果であったと思います。けれども、パラリンピアンの活躍の裏には、障害者特有の問題が潜んでいるのも事実です。今回はパラスポーツの難しさについて考えてみたいと思います。

痛み止めとドーピング

 「パラリンピックを目指さないか?」とボート競技(正式名称:パラローイング)にスカウトされたのは、6年前のことです。当時、定期的な検査入院が必要で上京していた私は、その前後に「おまけ」と称した予定を入れることが習慣になっていました。そのときも例外ではなく、山中伸弥氏のiPS細胞に関する講演に合わせて検査の日程を組んでいたのです。講演前にお台場でひとり昼食をとっていた私への唐突な声かけに、一瞬耳を疑いました。しかし、こんなチャンスは滅多にありません。体調が回復しはじめ元気いっぱいだったこともあり、好奇心に任せて流れに乗ってみることにしました。検査入院の合間を縫って、ロンドンパラリンピック・ボート選手の壮行会(オリンピックと合同)や練習に参加し、競技を始められるか否かの可能性を探るようになっていたのです。

 このとき真っ先に聞かれたのは、「なんの痛み止めを使っているか?」という質問です。問いかけの意味が分からず不思議に思いましたが、それはドーピング対策でした。当時、私が痛み止めとして服用していた医療用麻薬は世界アンチ・ドーピング規定で禁止薬物に指定されていたため、薬の変更も検討しなければいけません。結果的には骨盤の脆弱性からボートは無理と判断しましたが、オリンピアンよりも薬が身近なパラリンピアンにとって、切実な問題と言えます。

 ドーピングはフェアプレーを大きく損なうことから、世界アンチ・ドーピング機構(WADA)によって世界共通のルールが策定され、公平・公正なスポーツが守られるよう規制が行われています。世界アンチ・ドーピング規定によって課される責務は、より厳格なものになっている傾向があるようです。かなりの数があるリストは毎年更新されているうえに、風邪薬など、ごくごく身近な薬品も含まれていることから、細心の注意をはかる必要があります。

 また、ドーピングが意図的であるか、アスリートに落ち度があるか等の如何に関わらず、ダメなものはダメ! と罰せられる「厳格責任」は、勝負の世界が厳しいものであることを痛感させられます。いざというときに全ての事象を自ら証明する「証明責任」もあることから、身体に摂り入れたもの全てに責任を持つ徹底した自己管理が求められるのです。

日本代表選手が語る、知識の重要性

 実際の現場では、どのように捉えられているのでしょうか。現役のパラアスリートにお話を聞くと、日本が世界と競うために考えていかなければならない問題点が示唆されているように思いました。

 車椅子バスケットボール選手の一人は、自己導尿(排尿障害を補うためカテーテルを挿入すること)に使用していたグリセリンに含まれている成分が禁止薬物であることが分かり、慌てて他のものに変更した経験があると話してくれました。しかし、それは昨年までの話で、今年の改定では禁止薬物から除外され使用可能となっているそうです。

 U21デフ(聴覚障害者)バスケットボール女子日本代表のN氏は、日常の中で「これは大丈夫なのかな?」と疑問に思ったとき、的確な回答をくれる専門家がいない現状を不安視していると言います。ドーピングで今までの努力が無駄になってしまわないためにも、アスリート自身もきちんとした知識を身に付つける必要性を感じていると語ってくれました。

 現状ではアスリートや関係者ともに、アンチ・ドーピングの意識が末端まで浸透しているとは言い難いようです。しかし、日常的に薬を服用しているアスリートも多いからこそ、正しい知識に裏付けられた対策がより重要だと言えるでしょう。

 さきほどご紹介した選手のエピソードを振り返ると、ドーピングに関する知識を持った専門家がチーム等にいて、きちんと機能していれば、事前に対策をとることも可能だったはずです。また、常に更新される禁止薬物リストの動向をアスリート自身が把握し続けるのも、競技生活と並行するには大きな負担になると推察します。

 チームや各競技連盟などが所属選手の状況を管理し、適宜フォローするなど、組織としてアンチ・ドーピング対策へ取り組むための体系的な仕組みづくりが求められているのではないでしょうか。「ドーピングなんて、普通に競技をしていれば関係ない」と思っていた私は浅はかでした。選手たちが安心して競技に専念できるよう、その基盤となる環境整備も必要なのだと思います。

<アピタル:彩夏の〝みんなに笑顔を〟>

http://www.asahi.com/apital/column/ayaka/(アピタル・樋口彩夏)

アピタル・樋口彩夏

アピタル・樋口彩夏(ひぐち・あやか)

1989年、東京生まれ。中学2年の時、骨盤にユーイング肉腫(小児がん)を発症。抗がん剤、重粒子線などの治療を経て、車いすでの生活に。「いつ、誰が、どんな病気や障害をもっても、笑顔で暮らせる日本にしたい!」を目標に日々、奮闘中。当事者の視点から建設的に伝えることをモットーに執筆・講演も行っている。