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 このコラムでは、仕事でミスばかりつづき、友人や恋人との関係もうまくいかず、「生きるのがつらい」と感じている架空の女性・リョウさん(30代前半・独り暮らし)をモデルに、大人のADHDの方がかかえる問題との付き合い方を紹介しています。

 今回は少しリョウさんから離れて、「ADHDの原因」について、最近の研究で分かってきていることをご紹介します。

 ADHDの原因については、実にさまざまな説が今も飛び交っています。

  「食品添加物がよくないのではないか」

  「この子がおなかにいるときの食生活のせいか」

  「私の育て方が影響したのか」

  「残存農薬のせいか」

  「砂糖がいけないのではないか」 ……

 

 ADHDの原因については今も研究が続いていますが、これまでの研究結果からわかっているのは、遺伝性の強いものであるということです。

 米国の研究では、ADHDの遺伝率は推計で約75%と報告されています。この数字は、ADHDの発症にかかわるさまざまな要因のうち、約75%が遺伝によって説明されるということを指します。

 お子さんがADHDで児童精神科などの医療機関を受診された親御さんの多くが、「子どものこういう行動をADHDの特徴というのなら、私にもあてはまる」と、自分自身のADHDの傾向に気づかれるということはよくあります。

 

 遺伝とひとことで言っても、特定の一つの遺伝子が決め手になるというよりは、複数の遺伝子の変異や環境要因が、ADHDの原因として関わっていると考えられています。

 例えばADHDの人の脳では、神経細胞の間を流れて情報を伝えている「ドーパミン」などの神経伝達物質の働きが、不足していることが分かっています。脳の中で情報がうまく伝わらないため、ADHDの人は、そうでない人に比べて、日頃は目が覚めきれないような、ぼんやりした状態の脳であり、注意散漫であることがわかっています。目の前のことに集中できず、よほど興味のある、新奇性の高いものでなければ、脳のドーパミンが足りず、やる気が起こりにくいようです。そのため、気乗りしないやらなければならないことに対してやる気を出すには、ADHDでない人に比べると、かなりの努力が必要になります。

 以前のコラムで、ADHDの治療には大きく分けて薬物療法と心理社会的な介入の2つがあることを紹介しました。薬物療法では、この神経伝達物質の働きを整えます。神経伝達物質の流れを良くすることで、通常の生活に支障のない程度に症状を改善することを目指す治療法ということになります。

 

 環境的な要因については、多くの研究がなされてきていますが、「これがADHDの原因」という一致した見解は得られていません。

 アメリカ精神医学会のホームページ(※1)では、「科学者はまだADHDの原因を特定していない」とした上で、前述の遺伝的な要因の他に、「早産、脳傷害および妊娠中の母親の喫煙、アルコールの摂取または極度のストレス」などを、ADHDのリスクを高める可能性のあることとして例示しています。

 また、胎児期の殺虫剤や除草剤の影響や、生後、古い住宅のペンキに含まれる鉛などの環境物質に暴露することによる影響も報告されています。

 さらに、水銀がADHDのリスクを高める可能性があることも報告(Yoshimasu et al, 2014 ※2)され始めています。

 

写真・図版

 

 今回は、ADHDの原因についてさまざまな報告を並べてきました。

 遺伝、妊娠期のアルコールや喫煙、生まれてすぐの化学物質の影響などさまざまな説がありますが、これらの中に「子育て」といった要因がないことに気づかれたでしょうか? もしかすると周囲からの「子どもをもっとちゃんとしつけなさい」といった厳しい言葉に傷ついてきた親も多いのではないでしょうか。でも、こうしたことはADHDの「原因」ではないのです。そのことを強調したくて、このコラムを書きました。

 

 また、「原因」についてこうしてみていくと、既に取り返しのつかない過去のことであったり、変えようのないことが多く出てきます。ここまでお読みになった皆様の中には、「じゃあ、結局今から何をやったって無駄ってこと?」という感想をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。

 しかし、原因について正しく知っておくことで、いたずらに自分の子育てを責めたり、自分が育った環境を恨んだりすることを防ぐことができますし、「有害かもしれない」と過剰に警戒して食生活や住環境に神経をすり減らすことも防ぐことができます。また、脳内の神経伝達物質が大きくかかわっていることがわかれば、薬物療法という治療の選択肢を想定することもできますね。

 

 次回は、「ADHDは増えてきたのか?」についてご紹介します。

 

<引用文献>(本文中の※と対応)

1)https://www.psychiatry.org/patients-families/adhd/what-is-adhd別ウインドウで開きます

2)Association between phthalates and attention deficit disorder and learning disability in U.S. children, 6-15 years Chopra, V., Harley, K., Lahiff, M.,& Eskenazia, B.(2014). Environmental Research, 128, 64-69.

 

<アピタル:上手に悩むとラクになる・生きるのがつらい女性のADHD>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/nayamu/(アピタル・中島美鈴)

アピタル・中島美鈴

アピタル・中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。他に、福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。