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 医師の「働き方改革」は、どう進めるべきか。命や健康にかかわる専門的な仕事で、長時間労働は珍しくない。高齢社会で医療を必要とする人が増える時代、まず取り組むべきことは。

疲労度、病院側が把握して 三島千明さん(医師)

 多くの医師は、自身の労働環境を後回しにしてきました。医師になったのだから患者を診たいし、診断や治療のスキルを上げるために学びたいと考えがちで、心身の健康を崩してしまう環境になりがちです。このままでは、持続的な医療の提供が困難になると危惧しています。

 若手医師の仲間たちと、昨年11月に大学卒業後10年以内の医師と医学生の821人から回答を得たアンケートでは、若手医師の71%が「現行の労働時間の上限基準を守れていない」と回答しました。理由として挙げていたのが、業務量の多さや医療提供体制の問題、長時間労働を美徳とする慣習です。

 厚生労働省の調査では、勤務時間が週60時間以上の常勤勤務医は、男性が27・7%、女性が17・3%いるという結果も出ています。診療科によって働き方は違いますが、長時間労働は30代から40代の勤務医も同じです。

 私も研修医時代は経験を積み重ねたいために、何かあったら指導医に呼んで欲しいと思って、土日や夜は病棟で過ごすことが多くありました。

 医療の専門的なスキルを身につけるには、10年はかかります。若手医師にとって一つの医療行為は労働と成長のための教育の両面を持ち、長時間労働を問題提起しにくくしています。判断を医師個人に任せている限り、このようなジレンマは解決できません。

 労働時間の上限を設けるための議論が進んでいます。しかし、これだけでは従来の業務が回らず、患者さんにしわ寄せがいくという声が医療現場から寄せられています。

 だからこそ、病院など組織のマネジメントとして、まず一人ひとりの医師の労働時間や心身の疲労をモニタリングし、健康管理を徹底すべきです。病院全体として医師の業務を他の職種に移管したり、共同で取り組んだりする必要があります。燃え尽き症候群対策や自殺対策も重要です。

 患者さんは常に「本番」ですが、24時間365日を医師1人でカバーすることはできません。私が働く在宅医療の現場でも、病院でも、1人の患者さんを複数の医師で診ていくグループ診療を広め、患者さんや家族に理解してもらうことが必要です。それは医療の安全にもつながります。

 女性医師の割合は20代や30代は3割を超えます。出産や子育てをしても、働きたい、学びたい人がいます。「厳しい職場は独身者や男性に任せる」という発想にとどまらず、意欲ある人はだれでも現場で活躍できる文化に変えていかないといけません。

 子育てや介護など抱える事情に応じて、働き方やキャリアの多様性を保証することが大切です。継続的に地域医療を支える医師を育てることに、つながっていくと思います。(聞き手・岩崎賢一)

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 みしまちあき 1985年生まれ。若手医師らによる提言書「『壊れない医師・壊さない医療』を目指して」の執筆メンバー。

 

サービス水準、まず検討を 三谷和歌子さん(弁護士)

 「医師も労働者です」と言うと、違和感を覚える医師は少なくありません。でも、給料をもらって労務を提供する勤務医が、労働基準法上の「労働者」にあたることは、争いようがありません。

 医師法では「診察治療の求めがあった場合、正当な事由がなければ、拒んではならない」と、応招義務と呼ぶ規定を定めています。「24時間、どんな状況でも応じなければいけない」ことではないと解釈されていますが、医療行為は医師にしかできない。「患者の命を救いたい」という使命感も強く、特殊な仕事であることは確かです。しかし、労働者である以上、労働時間には規制がかかります。

 これまで、こうした状況から、基準を超えた労働はあえて追及されてきませんでした。近年、労働基準監督署が指導や勧告をする事態が相次いでいます。残念なことに、過労で自殺する医師も出ており、放置するわけにはいきません。

 いま厚生労働省の検討会では、医師の労働時間をどう削減するかが議論の中心になっている印象です。時間外労働の時間に上限を設けつつ、書類作成など事務作業は専門の補助スタッフに、一部の医療行為は看護師に移すなどして、全体の業務量を減らすことが検討されています。

 いまの医療は医師個人の犠牲のもとに成り立っているのですから、私は、労働時間の規制を議論する前に、今後の医療サービスをどの程度の水準に保っていくのか、まず国民が選択する必要があると思います。

 アクセスしやすい、すなわち必要なときにどこの病院でも、質が高い医療を、比較的安く受けられることは日本の特徴です。これを支えてきた大きな要因は医師のがんばりですが、労働時間を減らすだけでは、全体の業務量も減らさざるをえない。実際、働き方改革の流れを受け、救急を制限したり、土曜日を休診にしたりという病院がでてきています。アクセスを制限するなど、医療サービスを低下させるのであれば、患者となる国民の理解は欠かせません。

 医療サービスを維持するのであれば、医師の確保に大きな費用を要します。特に足りない地方部でも、最低限の医療を確保するためには、なおさらコストが必要です。国民の負担を増やす必要も出てくるでしょう。医師を増やそうにも、育成には10年はかかりますし、どう地方での勤務を受け入れてもらうかも難題です。一方、大幅に増やせば、人材の質ひいては医療の質が低下するおそれがあり、そうなっては本末転倒です。

 医療サービスを縮小するのか、保険料や税を上げるのか。どういう形で国民に負担を求めるのか。政治が選択肢を示すべきです。(聞き手・山田史比古)

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 みたにわかこ 1974年生まれ。労働法を中心に、多くの医療機関に助言する。編著に「病院・診療所経営の法律相談」。

 

患者も学んで医療選ぼう 谷中照枝さん(市民の医療ネットワークさいたま共同代表)

 患者や家族は、疲れ切った医師に診て欲しくないし、寝不足でイライラしている医師とは心を開いた話はできません。命と向き合い、やりがいや満足感がある仕事でしょうが、適正な労働時間でなければ、安心、安全な医療は提供できないと思うからです。

 9年前、息子が未明に大けがを負ったとき、救急病院で緊急手術をした医師が、その日の外来診療もこなしていたと聞き、驚きました。ただ、健康な人は病院に行く機会がないため、医師がどれぐらいハードな勤務をしているのか垣間見ることはできません。

 医師の働き方改革の議論には、利用者である患者や市民の声も採り入れてもらう必要があります。どのような業務をどのような環境で行い、その結果、どれほど忙しく長時間労働になっているのか、わかるようにしてください。

 医師免許がないとできないこと以外は、医師以外の職種が担えるように整理することも必要でしょう。主治医を2人体制にするなど、複数の医師が診ていくようにすることで、医師が休め、患者も安心感が得られることもあります。また、特定の救急病院に救急車が集中して無理な勤務にならないように、地域ごとにどの病院に空きベッドがあるかがわかるような工夫も、もっと進めるべきです。

 私が暮らす埼玉県は、医療機関に従事する医師数が、人口10万人当たり160・1人で全国最下位です。全国平均の240・1人と大きな開きがあります。医師の長時間労働と言っても、また同じ勤務医でも、地域や診療科によって忙しさは違うはずです。こうした偏在問題も一緒に是正しないと、根本的な解決につながりません。

 また、市民も医者任せではなく、スムーズなコミュニケーションをとるための努力が大切です。

 私の夫は、会社員時代に難病を発症し、東京都内の大病院で治療していました。症状が安定した後は地元の開業医に切り替えたのですが、選んだのは、将来、寝たきりになった際、訪問診療に応じてくれる医師でした。患者側は「とにかく大病院へ」という考えを改め、自分の病気を学び、今後の状態も考えたうえで選択するように、賢くならなければなりません。このような相談に看護師やソーシャルワーカーがのってくれる病院も、増えてきました。

 高齢になると、終末期にどこまでの医療をするのか、家族で話し合っておく必要があります。小さな積み重ねかもしれませんが、医師の負担軽減につながるでしょう。

 医師や看護師は、よく「聖職」と言われ、その名の下に労使共に長時間労働を許容してきた面がありました。しかし、そういう考えはもうやめたほうがいいと思います。(聞き手・岩崎賢一)

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 たになかてるえ 1951年生まれ。市民の医療リテラシー向上のため勉強会を催す。2012年から埼玉県医療対策協議会委員。

 

<アピタル:オピニオン・メイン記事>

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