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 このコラムでは、仕事でミスばかりつづき、友人や恋人との関係もうまくいかず、「生きるのがつらい」と感じている架空の女性・リョウさん(30代前半・独り暮らし)をモデルに、大人のADHDの方がかかえる問題との付き合い方を紹介しています。

増えているのか、過剰診断か

 ここ10年ほどで、「発達障害」や「ADHD(注意欠陥・多動性障害)」といった用語は、 精神医学系の専門書だけでなく、一般向けのテレビや書籍を通して広く知られるようになってきました。目や耳にする機会が増えたことで、「ADHDの人は増えているの?」と感じている方もいらっしゃるかもしれません。

 一方で、こうした動きに、精神科医や特別支援学級などの発達障害の方々を支援する専門家からは、「なんでもかんでもADHDであると、過剰診断しているのではないか」と心配する声も上がっています。ADHDの傾向はあるものの昔なら治療を必要としない人にまで、過剰にADHDという診断がついているのではないかという指摘です。

 結論からいうと、両方とも答えは「イエス」といえます。

 「ADHDが増えている」ことへの理解を深めていただくために、まずはADHDの診断のしくみとその歴史についてご紹介しましょう。

 

ADHDの診断は症状+環境で決まる

 みなさんはADHDがどのように診断されるか、ご存じですか? 日本では一般的に、アメリカ精神医学会がまとめた精神障害の診断指針(DSM-5)や、WHOが発表している国際疾病分類マニュアル(ICD-10)という基準を使い、本人への診察だけでなく家族など身近な人からも生育歴を聞き取り、母子手帳や通知表などの根拠となる資料も参照して、心理検査を用いた上で、発達障害を専門とする精神科医が慎重に診断をします。

 診断は、不注意や多動性というADHDの典型的な症状だけでなく、その症状によって学校や職場での社会生活がどれほど支障を受けているかなどを加味します。このため、その人の置かれている職場や家庭の状況、文化や時代背景などにも左右されます。実際に国や地域によって有病率が違いますし、転職したり、家事分担を見直したりすることで支障なく生活できるようになれば、診断はつかないことが多くみられます。ADHDの症状があるからといって、すべての人が「ADHD」と診断されるわけではありません。

 

 実は、ADHDの特徴をもつ子どもの姿は、1800年代の文献にすでに描かれています。ドイツの児童精神科医ホフマン(Hoffmann, H.)が書いた教訓的絵本「ぼうぼうあたま(Der Struwwelpeter)」の中には、両親がどんなに注意しても、じっと座っていられない少年や、ぼんやりして空ばかり見ていて川に落ちてしまうという不注意な子どもが描かれています。この絵本は当時30以上の外国語に翻訳されたそうです。反響の大きさがうかがえますし、こうした特徴を持つ子どもが、昔から世界中にいたことが推察できます。

 ただ、この絵本では、こうした子どもの行動を「病気」や「障害」といった文脈で扱っていたわけではありません。

 

変遷する「診断基準」 対象はより広く

 多動性や不注意といった子どもの特徴が、初めて医学の対象として取り上げられたのは、1902年のことです。英国の医師スティル(Still, G. F.)が、医学論文の中で「症例」として報告をしました。ここから、ADHDの原因の探究や、診断と治療の歴史が始まりました。

 そして、1980年に初めて、ADHDの「診断基準」が示されます。アメリカ精神医学会による指針の第三版(DSM-Ⅲ)に、「注意欠陥障害(ADD)」や「特異的発達障害(広義の学習障害)」という名称が盛り込まれました。それまで「疾患概念」として存在が知られていたものの明確な診断基準のなかったADHDが、「診断」をつける対象に加わったのです。

 診断の基準は、歴史の中でその後も改訂を繰り返しています。

 例えば、DSM-Ⅲでは、「多動」の症状よりはむしろ、「不注意」症状のあることが、診断の基準とされました。

 その後、1994年に公表されたDSM-Ⅳでは、「多動(衝動)」と「不注意」の両方がADHDの中核的な症状であるとされ、これらの症状が7歳以前からどれくらい現れていたかを項目に照らして判断して、「多動-衝動型」、「不注意型」、両方の項目を満たす「混合型」という分類がなされるようになりました。

 そして、2013年に公表された最新版のDSM-5(現在使われている基準)で、症状の現れた年齢の下限の条件が緩められて「7歳以前」から「12歳以前」に引き上げられました。さらに診断基準として満たさなければならない症状の項目数が、17歳以上の場合には、多少減らされるなど、診断のための条件が緩められたのです。また、自閉スペクトラム症との合併診断が認められるようになり、これまでどちらの特徴も持ちながら、どちらかの診断しかつかなかった方々に、ADHDと自閉スペクトラム症の両方の診断がつくようになりました。こうしてDSM-5では成人のADHDの方に対して診断がつきやすくなったのです。

 

 このように、時代と共に診断基準は変遷してきました。世界各国にADHDの人がどれくらいいるのかを、明確に数字で示すことは難しいのが現状ですが、この変更で、より多くの人がADHDであると診断されるようになってきているのです。

 また、私たちが生活する社会の変化も、診断と深く関わっています。

 50年前や100年前と比べると、私たちの環境ははるかに情報量が多くなって気が散りやすくなり、長時間動かずに座ったままいることを求められるようになりました。つまり、昔に比べると、ADHDの人にとってはより不注意になりやすく、多動であることを禁じられる状況であるといえます。もしかすると、昔ならもっと身体を動かす仕事を選ぶことができてじっと座って集中する必要がなかった人が、現在ではじっと座ってミスなく書類を仕上げることを求められているのかもしれません。ADHDは、社会生活にどれくらい支障を感じているかが診断に影響するため、結果的に診断もされやすくなります。

 こうした背景があり、「ADHD(と診断されたり、社会の中でADHDの特徴で困難を感じている人)は増えている」と言えるのです。

 

写真・図版

「過剰な診断」を避けるには

 みなさんの中には、「必要ないのに医療の対象になって薬を飲まされるのではないか」とか「我が子が、必要ないのに診断をつけられてしまうのではないか」など「過剰な診断」を心配する声もあるかもしれません。ADHDの特徴があるからといって、必ず診断を受けなければならない、というわけではありません。大切なのは、「今の自分(またはお子さん)にとって、診断を受けることがどのようなプラス面とマイナス面を生み出すのか」について慎重に判断をすることです。

 診断を受けることで、薬物治療を受けることができたり、教育や就労支援や仕事の機会において適切な環境を得たりサービスを受けられたりするというプラス面もあります。これまでのうまくいかない経験を全て「自分の努力不足なんだ」と自分のせいにして、自尊心が低くなっている方にとっては、診断がついて自分の特性について勉強する中で、「自分を責めなくてもよかったんだ」と安心される方もいます。

 反対に、診断を受けることで自分自身にレッテルを貼って失望してしまったり、親など信頼している人に診断や治療を無理に受けさせられたという思いが残れば信頼関係を壊しかねません。診断が周囲に知られることで、特別な目で見られてしまうかもしれないという懸念もあるでしょう。「診断を受けてしまったら、医療保険に新しく入れなくなってしまった」という当事者の声もあります。

 このように、本人が自分の特性をどう捉えているか、今人生のどのステージにいて、どのようなサポートが必要なのかなどを、総合的に判断していく必要があるでしょう。

 

まず「環境」を変えてみよう

 とはいえ、「総合的な判断」は非常に専門性を要して難しいものです。安易に医療機関を受診した結果、「過剰診断」につながる恐れもあるのです。

 「自分にはADHDの特徴がたくさんあるものの、なんとか生活できている」という方で、医療機関にかかるか迷っている方に、私がこのコラムを通しておすすめしたいのは、診断を受けたり、薬物療法を始めたりする前に、「まずは環境を整えて様子を見てみる」ことです。たとえば、仕事のミスを連発している会社員にすぐに診断をつけるのはあまりにも早急すぎます。そのかわりに、生活スタイルを整えたり、仕事のやり方を見直すスキルを学んだりして、心理社会的な方法を試して問題が解決すれば、医療にかかる必要はありません。

 「食事、睡眠、排泄など基本的な生活を整えてみよう」

 「仕事のやり方を変えてみよう」

 「社会人1年生向けのマナー本を読んでみよう」

 など、できることから取り組んでみるのです。実際にお会いしてきたADHDの疑われる方々の中には、よく眠れるようになったことで記憶力や集中力があがり仕事のミスが減ったとか、仕事に持っていくものリストを作成して前夜に準備する習慣をつけるとイライラや不安感がなくなったとか、家事を家族みんなで分担するとやることが多くても混乱しなくなったという例もあります。

 

 もちろん、「もう自分では手に負えず、社会生活が立ちゆかない」という方は、先に診断を受けた上で、こうした環境面を整える作業を、専門家にアドバイスを求めながら進めていくことも非常に効率的です。長年身に付いた生活習慣や仕事の習慣のどこを替えればよいのか、自分ではなかなか気づくことができないものです。医療機関にかかる場合には、「できるだけ薬は飲みたくない」とか、「周囲に診断を公表するつもりはない」などのご自身の希望も明確に伝えておくとよいでしょう。

 今回は、ちょっと内容が専門的になってしまいましたが、ADHDと診断される人が増えてくる可能性についてご紹介しました。ADHDと診断される人が増えてきたことで、こうした専門的なかかわりのできる医療機関や専門家が増えて来ているのも事実です。社会の関心が高まったことで、学校や企業や地域などでも、ADHDへの理解が進んで生きやすい環境が整ってきていると期待したいですね。

 

<お知らせ> ネットでADHDのお悩みを相談できます

 このコラムの筆者の中島が、北九州市にある精神科クリニック「かなめクリニック」にて、今年3月からADHDのオンライン診療を担当することになりました。診断の有無にかかわらず、ADHDの症状でお困りの方を対象に、インターネットを用いて認知行動療法などのカウンセリングを行います。ご家族からの相談も受け付けます。みなさまのご相談をお待ちしております。

 ※要予約・有料で、自費診療となります。すでに医療機関にかかっていて、主治医や担当カウンセラーのいる方は、許可を得た上でお申し込みください。

https://clinics.medley.life/clinics/5a0b9ff5c5ff1c41a771c238別ウインドウで開きます

 

<アピタル:上手に悩むとラクになる・生きるのがつらい女性のADHD>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/nayamu/(アピタル・中島美鈴)

アピタル・中島美鈴

アピタル・中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。他に、福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。