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【まとめて読む】患者を生きる・緑夢の挑戦

 ソチ五輪を目指して練習中、左ひざに大けがを負った成田緑夢選手。ひざがちぎれかかって靱帯(じんたい)一本でつながっている状態から、懸命のリハビリでわずか7カ月で驚異的に競技に回復。今年3月の平昌パラリンピックで金と銅の二つのメダルを獲得しました。「目の前の一歩に全力を尽くす」。常に前向きな姿勢が、多くの人に感動を与えています。

なりた・ぐりむ
 1994年、大阪市生まれ。近畿医療専門学校所属。幼少期からトランポリンやスノーボードを始める。高校2年で全国高校トランポリン競技選手権の男子個人で歴代最高点を記録。2013年、フリースタイルスキー世界選手権に日本代表として出場。平昌パラリンピックのスノーボードクロスで銅、バンクドスラロームで金。

 傾斜のきついカーブを、雪煙を上げながら滑り降りる。少しでもバランスを崩せば転倒する。でも、迷いはなかった。ほぼ真下に落ちる最短コースを攻め抜いた。

 3月16日、平昌パラリンピック。男子バンクドスラロームに出場したスノーボードの成田緑夢(なりたぐりむ)選手(24)は、3本の滑走で毎回記録を更新。パラリンピック初出場で金メダルを獲得した。左ひざの大けがから5年。懸命のリハビリの末につかんだ栄光だった。

 「障害をもったからこそ、スポーツの価値を知った。みんなに与えられる影響が大きいことにも気付かされた」

ソチ五輪目前、宙返りでミス

 五輪出場は成田家の夢であり、家訓のようなものだった。2006年トリノ五輪のスノーボード代表の兄童夢(どうむ)さん(32)、姉今井(いまい)メロさん(30)とともに「スノボ3きょうだい」の末っ子として、幼いころから父隆史(たかし)さん(68)を「監督」と呼び、厳しいトレーニングをしてきた。

 13年3月、フリースタイルスキーの世界ジュニア選手権ハーフパイプで初優勝した。翌年のソチ五輪から新種目としての採用が決まっていた。五輪出場が目前に来ていた。その2週間後の4月11日午前8時ごろ、事故は起きた。

 「ドーン」。2階の台所で朝食の準備をしていた母の桂(かつら)さんは、大きな音と地震のような揺れを感じた。空中でのバランス感覚を養うため、大阪市の自宅屋上のトランポリンを跳びはねるのが、幼いころからの日課だった。通常は「トン、トン」という小さな音しか聞こえてこない。

 「これはただ事ではない」。階段を駆け上がると、緑夢さんは「ウーッ」とうなりながら、左ひざを抱えていた。両足に2・5キロずつのおもりを付け、2回転宙返りをしている最中だった。空中でバランスを崩し、体勢を戻そうとしたが失敗した。肩が左ひざにあたり、「バキッ」という音がした。ひざは反対方向にぐにゃりと曲がっていた。

 足は紫色に変色し、苦痛に顔をゆがめている。桂さんは痛み止めを飲ませ、保冷剤で足を冷やした。「動ける?」と聞くと、「動かれへん」。トランポリンからやっとの思いで引きずり下ろし、階段をおしりを付かせて一段ずつ下ろしていった。

左足壊死の危機、緊急手術

 近所の診療所に連れて行くと、医師は「足が冷たくなっている」と言った。大阪労災病院(堺市北区)に救急搬送されることになった。緑夢さんは「監督を呼んで」と、桂さんに言った。けがを熟知する父の助けが欲しかった。

 スポーツ整形外科の北圭介(きたけいすけ)さん(43)=現地域医療機能推進機構大阪病院=が診察したところ、太ももの骨とすねの骨をつなぐ四つの靱帯(じんたい)のうち、前十字靱帯や後十字靱帯、外側側副靱帯の三つが断裂し、骨折もあった。ひざ裏の血管が伸びて、足の先に血液を送る動脈が潰れ、神経も損傷を受けていた。

 スポーツで起こる一般的なひざのけがというより、重傷のバイク事故に近かった。足の先には血流がかろうじてあったが、このままでは壊死(えし)してしまう可能性もある。一刻を争う事態だった。

 血管外科医が不在だったため、転院先を探した。大阪急性期・総合医療センター(大阪市住吉区)心臓血管外科の山内孝(やまうちたかし)さん(46)=現桜橋渡辺病院=に電話が回ってきた。「経験のない手術になりそうだ」と思いながら、受け入れを決めた。

 血流を取り戻すためには、潰れている部分の動脈を取り除き、別の血管をつなぎ直すバイパス手術が必要だった。「足を切断する可能性もあります」。手術前の説明で、家族に告げた。「自分には詳しい症状を教えないで」。緑夢さんは家族に言った。できるだけ深刻な状態だとは思いたくなかった。

 事故から約14時間後の午後10時から緊急手術が始まった。左ひざを開くと、太い血管がねじれ、ほとんど切れかかっていた。「予想以上に激しい損傷だ」。ちぎれかけている左ひざの動脈を取り除き、右足の太ももにある静脈を約10センチ切り取って移植した。翌午前1時30分に手術は終了。足の血行が戻り、切断の危機は免れた。

 手術後、足はパンパンに腫れた。強烈な痛みに襲われ、うなり声を上げた。靱帯や神経が損傷し、炎症が起きていた。医療用麻薬を限度いっぱいまで入れても30分で効果が切れてしまう。もうろうとしながら、痛みを必死に我慢した。桂さんは「万が一のことがあったら」と思うと、涙が止まらなかった。

 傷ついた神経や骨折などを元に…

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