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 女性記者にセクハラ発言を繰り返したと報じられた前財務次官。この数十年間、社会や企業のセクハラ対策は進んだはずなのに、なぜ、権力を持つ人たちには届かなかったのか。

世間から離れた男性組織 村尾信尚さん(ニュースキャスター、元財務官僚)

 セクハラ問題では、まず被害を受けた女性の保護を最優先にすべきです。ところが今回、財務省は「女性に名乗り出て欲しい」と言ったり、麻生太郎財務相が「はめられたという意見もある」という趣旨の話をしたりしています。財務省の感覚が、世の中の気持ちからかけ離れていることを、財務省OBの一人として非常に残念に思っています。

 福田淳一前次官は私の4年後輩ですが、個人的には知りません。本人はセクハラを否定しており、問題の真相を議論するのはまだ難しい状況です。ただ、疑惑発覚後の財務省の対応が世間の常識と乖離(かいり)し、一層の批判を招いていることは事実でしょう。背景には、財務省の特殊性が深く関わっていると私は感じます。

 まず財務省は圧倒的に男性社会です。私は1978年入省ですが、二十数人の同期は全員男でした。最近は女性が増えつつあると聞きますが、今でも色濃い男性社会です。

 そして、財務省は市民から隔離された場所でもある。霞が関や永田町で仕事し、家にも寝に帰るだけで大半の時間を役所で過ごしています。その環境で、省内ではとことん理詰めで考える。論理の正しさを追求し、市民の気持ちから離れていくのです。

 私は2002年に役所を飛び出して三重県知事選に出馬し、落選しました。私に近づいてきていた人が、すーっと離れていくのは強烈な体験でした。06年にキャスターになって以降は、被災地などで多くの市民の皆さんと触れ合いました。情や気持ちの機微に触れ、論理より感情のほうが大事だと身に染みました。

 今回の対応を男性中心の隔離社会である財務省に任せておくのは酷です。安倍晋三首相がそれこそ「首相案件」として、人事院や厚生労働省などからセクハラ対策の知見を集め、公務員全体の意識の問題として対処すべきです。セクハラ対策で重要なのは勇気を持って声をあげた女性を全力で守り抜くことだと思います。女性活躍を掲げる安倍首相が、まさに「総理の意向」で対策を指示するべきです。

 私は、財政再建を担う財務省に頑張って欲しい、という思いを強く持っています。そのためには、納税者の信頼を得ることが不可欠です。今回の件を納税者がどう見ているだろうか、という視点がいま財務省内にあるでしょうか。今回の対応で、女性の意見はどれだけ生かされたのでしょうか。

 私の番組スタッフは男女がおよそ半々です。女性スタッフからの意見は「女性が名乗り出るのは無理ですよ」がほとんどでした。財務省は省内の女性の意見を徹底的に聞くことから始めてもよいかもしれません。理詰めではなく、納税者の気持ちになって考えて欲しいと思います。(聞き手・尾形聡彦)

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 むらおのぶたか 1955年生まれ。大蔵省主計官を経て関西学院大学教授。2006年から「NEWS ZERO」キャスター。

 

女性の我慢、勘違いのもと 中野円佳さん(フリージャーナリスト)

 霞が関で官僚取材を担当した経験があるので、今回の問題について大きな驚きはありませんでした。とはいえ「キスを条件に情報をあげる」と取られかねない男性側の発言は、事実であれば女性の仕事上の立場を利用しつつ「性の対象」として対価を求める言動で、憤りを覚えました。

 20代前半のころ、会食すると二言目には下ネタを言う取材相手がいて閉口しました。1対1で会える関係を作っていた官僚や弁護士らに迫られて、拒絶するのに苦労したこともあります。自分は記者として接していたつもりが、飲みに行ったり頻繁に連絡したりするうちに「好意がある」と勘違いさせてしまったのかもしれません。その後、相手とは疎遠になりました。

 職場でのセクハラ防止が男女雇用機会均等法に盛り込まれて約20年になります。それ以前に就職した女性たちは、配慮のない言葉など「グレー」なものはもちろん、体を触られるなどの「真っ黒」なセクハラも時には我慢してきました。そうしないと、男社会で生き残れなかったからです。それが、特に権力を持つ男性を勘違いさせてきたのではないでしょうか。

 「名誉男性」として地位を獲得せざるを得なかった世代の女性は、男社会の理不尽さに対して、受け流すなどの「スキル」を上げて対応してきました。声を上げようものなら「これだから女は」と言われるだろうとの予想もあり、下の世代も我慢しなければならないと思ってきた節があります。

 ただ、この2年ほどで、男性への同化ではなく、個を尊重するダイバーシティーが重要だという主張が盛んになりました。さらに、世界的に#MeTooの動きが広がる中、自分たちが黙っていたことが間違いだった、次の世代には悔しい思いをさせてはいけない――とのメッセージもずいぶん出てきました。

 今回はメディアの女性が匿名で声を上げたことから「彼女を孤立させてはいけない」と、ネット上で被害体験を発信する女性記者らが出てきています。SNSや週刊誌などを通じた告発にはリスクもあり危うさも感じますが、圧倒的な力関係の差を前に、ふたをされてきたセクハラへの認識が改まりつつあります。みなが声を上げれば、セクハラをうやむやにする社会から、一切許さない社会へと、潮目が変わると思います。

 企業内のセクハラ対策に比べても、外部の人からセクハラを受けた際の対処法は確立していません。双方のコンプライアンス担当者がやりとりするなど、組織として対応すべきだと思います。そしてそれがうまく機能するには、加害者が厳正に処分される、被害者がきちんと守られるという前提が不可欠でしょう。(聞き手・大牟田透)

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 なかのまどか 1984年生まれ。日本経済新聞社で記者を8年務め、フリーに。著書に「上司の『いじり』が許せない」など。

 

地位ある人、ひとごと感 田中俊之さん(大正大学准教授)

 社会的地位の高い人が性的スキャンダルで失脚すると、「女性問題」が原因と言われます。男性が当事者なのに、女性と問題を結びつける言い方に、男性側の「ひとごと感」が如実に表れていると思います。

 私は男性が男性であるが故に抱える悩みを扱う「男性学」という学問を研究しています。1970年代半ばごろに「男性は仕事、女性は家庭」というシステムが定着して以来、会社の要職はすべて男性が占め、女性は働いていてもごく少数派。仕事の領域は完全な「男社会」です。

 だから仕事の現場でセクハラが起きても、「男性が運悪く被害にあい、女性のせいで困らされている問題」という男性中心の見方が根強く残っています。今回も、加害者とされる男性が被害者的な物言いをするのは、その意識が根底にあるからでしょう。

 「被害者」になるかもしれないという恐怖感は、男性側の防衛意識を募らせ、思考停止をもたらしかねません。例えば、今回の問題をきっかけに「『髪形変えた?』と聞くのはセクハラになるのか」といった境界線の話で盛り上がる男性たちがいます。「女性問題」で困らされないよう、予防線を張っているのだと思いますが、職場の人間同士の信頼関係という本質的なことに思いが至っていません。

 そもそも権力を持つ男性は、女性をないがしろに扱うことに慣れてしまう素地があります。地位が高ければ高いほど、仕事上のこまごまとした雑事をお膳立てしてくれる女性がいます。彼女たちは意識して男性を立てているに過ぎないのに、それを当たり前だと思ってしまうのです。

 前次官の件が報道された夜、「眠れなかった」と知り合いの女性記者に言われました。「受け流さなければ、男社会の中で生き残っていけない」とのみ込んできた過去の自分のセクハラ体験が、怒りや悔しさといったごちゃまぜの感情とともによみがえったのだと思います。「こうすべきだった」と自分の体験を振り返り、再解釈する。過去に傷ついた多くの女性が今、そんな時間を過ごしています。

 #MeTooの動きが広がる中、今回の問題は、セクハラが起きる土壌を改めていくいい機会です。ただ、加害者は「悪」、被害者は「正義」と、単純化して考えることには注意が必要です。

 加害者側の主張を「言い訳」としてばっさり斬るのではなく、言い分を全てはき出させ、真の反省を促していく方法を探るという解決策もあります。「男社会」を批判する側も、恨みのあまり権力をもつ男性への集中攻撃で留飲を下げるだけになっていないか、という視点が必要です。セクハラ問題を「男対女」の対立図式にしてはいけないのです。(聞き手・中島鉄郎)

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 たなかとしゆき 1975年生まれ。社会学者。専門は男性学。著書に「男が働かない、いいじゃないか!」など。

 

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