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【まとめて読む】患者を生きる・車いすラグビー

 男女混合の競技、ウィルチェアー(車いす)ラグビーで昨年、女性として初の日本代表に選ばれた倉橋香衣さん(27)。大学3年生のときにトランポリン大会の練習中に技を失敗し、首の骨が折れて頸髄を損傷しました。鎖骨から下の感覚はほぼなくなり、肩と腕の一部しか動かせなくなりました。それでも悲観することなく、大学への復学を目指して懸命にリハビリに励みました。そんなある日、車いすラグビーに出合い、その激しさにすぐに魅了されました。

技に失敗、頭から落下

 車いすごと激しくぶつかるタックルがルール上認められるウィルチェアー(車いす)ラグビー。「ガシャン」。ぶつかるたびにコートに大きな音が響きわたる。

 「この激しさが魅力」。倉橋香衣さん(27)は埼玉県内のクラブチームに所属し、週1、2回、男子とともに練習する。肩や腕の一部の筋肉しか動かせないが懸命に車輪をこぎ、コートを動き回る。男女混合の競技で昨年、女子として初めて日本代表に選ばれた。

 三姉妹の次女。小さいころから活発だった。母親(55)の勧めで、小学1年から地元の神戸市内の体操クラブに通った。水泳やバレエなどほかの習い事は長く続かなかったが、体操は楽しく、高校3年まで続けた。

 教師を目指して埼玉県越谷市の文教大教育学部に進み、「体操と同じように宙返りできる」との理由でトランポリン部へ。2011年4月24日。3年生で出場した越谷市でのトランポリン大会の決勝前の練習で、事故は起きた。

 空中で1回と4分の3回転し、背中で着地する技をしようとした瞬間、失敗したと気付いた。頭を守ろうと試みたが、上下がわからない。「うっ」。気づくと頭から落ちていた。

 呼吸がうまくできない。「ゆっくり呼吸しろ」。周りの部員の声で少し息が落ち着いたが、意識が途切れ途切れになった。

 「ここ、わかりますか」。駆けつけた救急隊員に顔を触られながら、声を掛けられた。「わかります」。続けて「ここ、わかりますか」と数回聞かれた。「わかりません」。腕や足を触っているようだったが、感覚はなかった。

 越谷市内の病院に運ばれると、後頭部の髪の毛をそられ、首が動かないようにベッドに固定された。「痛い、痛い」。全体重が頭に乗っているように感じた。

 連絡を受け、神戸市の実家から駆けつけた母親は、医師にエックス線写真を見せられた。首の骨が曲がっていた。七つある首の骨のうち、5番目の骨が脱臼骨折していた。医師から「折れた骨を固定する手術をします。それしかありません」と説明された。そして告げられた。「首から下は動かなくなります」

首から下まひ、悲観せず

 埼玉県越谷市で開かれたトランポリン大会で2011年4月、技を失敗し、頭から落下した倉橋香衣さん(27)は、頸椎を脱臼骨折した。救急搬送先の病院で、翌日、5時間ほどかけて折れた首の骨を固定する手術を受けた。

 頸髄が傷ついていた。脳から体につながる神経のうち、首の骨の間にある中枢神経で、ここが傷つくと、手足のまひなどが起こる。

 鎖骨から下の感覚がほぼなくなり、痛みや温度は感じなくなった。だが、首の骨が折れた時点で車いす生活は覚悟していた。「なってしまったものは仕方ない」。不思議と平静で「友だちと約束していた飲み会に行けないな」などと考えていた。

 看護師から「大丈夫、泣いてもいいんだよ」と言われたが、「なんで泣かなあかんの」と思った。「私が体操をさせたから」と自らを責める母親を、逆に励ました。「体操やってて、首の筋肉が強くて太かったから生き延びたんや」

 動かせるのは肩や上腕の一部だけ。手術後は、動かなくなった手足の関節が硬くならないように、ベッド上でほぐしてもらった。指を曲げられないので、食事はスプーンやフォークが持てる自助具を使った。

 頸髄が傷つくと自律神経の働きが弱まり血圧調節ができにくくなる。体を起こすと低血圧になり脳の血流が減り、めまいや失神を起こしやすい。はじめはベッドを30度起こすだけでも目の前が真っ白になった。意識を失いそうになり、「無理、無理。早く(ベッドを)倒して」と声を上げた。呼吸の機能も衰えるためたんを出す力も弱くなり、肺炎にもかかった。

 心の支えは大学の友だちだった。一般病棟に移ると毎日のように病室に来てくれ、その日のニュースや大学であった出来事を教えてくれた。握れなくてもペンが持てる自助具を使い、お礼の手紙を書いて渡した。「早くまた大学に行きたい」と意を強くした。

 越谷市の病院から兵庫県西宮市の病院を経て、11年8月に実家のある神戸市の兵庫県立リハビリテーション中央病院に転院した。「大学に行きたい」。担当の理学療法士や作業療法士にこう思いを告げた。復学に向けたリハビリが始まった。

「自分もあれに乗りたい」

 トランポリン大会での事故で頸髄を損傷した倉橋香衣さん(27)は、4カ月後の2011年8月に神戸市の兵庫県立リハビリテーション中央病院に転院し、本格的なリハビリを始めた。

 まず、担当の理学療法士だった窪津秀政さん(40)と、ベッドから車いすに一人で乗り移りができるようにする練習に取り組んだ。最初は介助が必要なため、決められた時間にしか動けなかった。

 病室でじっとしていることに時折、耐えられなくなった。そんな時、窪津さんらが「ほな、立たせたるわ」と体を抱え、短い時間、立たせてくれた。大学の友人に「歩きたい病がきたで――」と伝えると、歩くことが出来た当時の写真を、メールで送ってくれた。

 リハビリの時間以外も自主練習に励み、乗り移りができるようになると、そういった衝動に駆られることもなくなった。

 看護師や、作業療法士の安藤芽久美さん(34)には、膀胱にカテーテルを入れて尿を出す自己導尿や排便、着替え、入浴などを教わった。

 「コンタクトレンズをつけたいんです」。指が使えないため細かい作業は難しいが、安藤さんに助言を求めて色々なことに挑戦した。入院患者同士でマニキュアを塗り合ったりもした。

 13年1月、病院と同じ敷地内にある自立生活訓練センターに移った。一人暮らしの体験やバスや電車を使った外出、車の運転などを練習。10月、大学と同じ埼玉県内にある国立障害者リハビリテーションセンターの自立支援局に入り、復学に向けた準備を進めた。

 そんなある日、センターの入所者でつくる車いすラグビークラブの部員から誘われた。「人数が少ないから見に来てよ」

 体育館に行くと、コート上で3人の男子部員が車いすでぶつかっている姿が目に入った。「ガツン」。鈍い音が響きわたる。車いすラグビーは、車いす競技で唯一タックルが認められたスポーツ。その激しさから「マーダーボール(殺人球技)」とも呼ばれる。

 「ぶつかっても怒られないんだ」。リハビリの一環で、それまで水泳や陸上を経験していたが、すぐにひかれた。「自分もあれに乗りたい」

以前よりも世界広がった

 大学3年のとき、トランポリンの事故で頸髄を損傷した倉橋香衣さん(27)は、約3年のリハビリを経て2014年2月末、国立障害者リハビリテーションセンター(埼玉県所沢市)の自立支援局を退所した。一人暮らしを始め、4月、文教大学教育学部(同県越谷市)に念願の復学を果たした。

 15年4月には埼玉県内の車いすラグビーのクラブチーム「BLITZ」に加入。翌春の大学卒業後は、車いすラグビーと仕事の両立に理解を示してくれた商船三井に入社し、週2日の仕事をこなしつつ練習に励んだ。

 17年1月、携帯電話に車いすラグビーの連盟から1通のメールが届いた。「日本代表の選考合宿があるので、よろしくお願いします」とあった。

 「え、なんで私が?」。クラブチームでの試合経験も少なかったため驚いた。男女混合だが、女子選手の代表選出は史上初だった。

 この競技は障害の重い方から0・5~3・5点まで選手に持ち点が付く。コートに出られるのは4人で合計8点までだが、女子が入ると1人につき0・5点分合計点の上限が上がり、障害の軽い選手がより多く出られるようになる。代表選出はこうした点も影響したのかとも思ったが、「選ばれたからには頑張ろう」と意を決した。

 その年の3月にカナダで開かれた大会の代表デビュー戦。先発メンバーに選ばれ、四つあるピリオドすべてに出場した。「試合に出るってこんなに楽しいんだ」と実感した。同年8月にニュージーランドであった世界選手権アジアオセアニア地区予選では、障害の程度が最も重い、持ち点0・5のなかで最優秀選手に選ばれた。

 今も普段の暮らしの一つひとつの動作に時間がかかる。一番かかるのはトイレで、長いときで5、6時間。車いすからの乗り移りに失敗すると、一人では起き上がれず、介助が必要だ。それでも以前はパラリンピックに興味を抱いていなかったし、世界大会出場のチャンスもなかった。「けがをする前よりも世界が広がった。それはそれでよかったかな」

 目標は東京パラリンピック出場だ。代表チームの一員として勝利の喜びをわかち合いたい。その一心でコートに向かう。

情報編:早期のリハビリで自立へ

 頸髄は、首の骨の中を通る人さし指ほどの太さの神経で、脳から腰につながる脊髄の一部だ。脳と体をつなぐ大事な連絡経路で、手足を動かしたり、感触を脳に伝えたりする。

 連載に登場した倉橋香衣さん(27)のように首の骨が折れたり、脱臼したりして頸髄が傷つくと、傷ついた所から下の手足や体がまひする。熱さや痛みも感じなくなるほか、自律神経もうまく働かないので汗が出なくなり、体温調節が難しくなる。排尿や排便もしにくくなる。

 国立病院機構村山医療センター(東京都武蔵村山市)の藤吉兼浩・脊髄損傷治療研究室長によると、国内では年間5千人ほどが脊髄損傷になる。頸髄損傷が最も多い。原因は転落や交通事故、スポーツによる外傷だ。最近は高齢者の転倒が増えているという。

写真・図版

 治療は折れた骨を固定する手術などがあるが、傷ついた神経を治す方法は今のところない。残された体の機能を最大限生かしてリハビリに取り組む。藤吉さんは「寝たきりの状態が続くと関節が硬くなる『拘縮』が進む。リハビリは早く始めた方がいい」と話す。

 生活動作の自立が可能な場合は、理学療法士や作業療法士らとともに寝返りや車いすからの乗り移り、食事やトイレ、着替え、入浴などの方法を練習する。尿や便はカテーテルを使った自己導尿や器具を使った座薬の挿入などで、決まった時間に出すようにコントロールしていく。

 国立障害者リハビリテーションセンター(埼玉県所沢市)には急性期や回復期の病院を出た人を受け入れ、家庭や学校、職場への復帰を支援する施設がある。日常生活の動作、外出や外泊の訓練、スポーツ、車の運転やパソコンの練習に取り組む。

 2017年度に施設から退所した32人の入所期間は平均10カ月。半数は職業訓練に移ったり、復学・復職を果たしたりしたという。

 頸髄損傷の人を支援する国立の施設はもう1カ所、大分県別府市にある。県立などの施設もあるが、全国的には多くないという。同センター自立支援局の理学療法士、清水健さん(47)は「適切なリハビリや支援を受けると自立できる動作があるのに、寝たきりになったままの人も少なくないだろう」と指摘する。

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<アピタル:患者を生きる・スポーツ>

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(土肥修一)