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 これまでにもこのコラムの中で認知症の混乱につながる症状を行動・心理症状(BPSD)と呼ぶことなどについて解説してきましたが、今回はそのような混乱が収まってきたときに、介護者(家族)がとるべき対応について考えていくことにしましょう。かつてこのコラムの中でBPSDが激しく出る時期は当院のカルテを見ると3年目あたりにピークが来ること、そしてその後はたとえ脳の変化が悪くなっていなくても、少しずつ「影をひそめる時期が来る」という、これまでの私の臨床のお話を書かせていただきました。しかし、これはあくまでも一般的なのことで、中には認知症が重度になってもなお、BPSDが収まらない人もいます。

 私が担当している人で、もう10年ほど前の話ですが、夜昼となく大声をあげる90歳前の女性がいました。どのようにケアしても改善することがなく、医療の面から安定剤を処方しても行動は一向に改善しませんでした。介護者である息子さんもさすがに「これ以上、母に症状が出続けるなら、私はとんでもない行為をしてしまうかもしれない」とつぶやき、私もずいぶん心配したものでした。

 ところがある冬の日を境に彼女の大声はなくなりました。ご想像に難くないと思いますが、90代の彼女が風邪をひいて発熱し、体調が変わったからです。

 症状が出ているときには「大変だ」と思っていたBPSDですが、それ以降は全く影をひそめてしまいました。超高齢まで元気な人は、体調が変わるときには急速に変化します。その発熱をきっかけに彼女の大声はなくなりました。

 その後、息子さんから聞いた話では、「急激に体が動かなくなって、今は寝たきり」だそうです。「今になって考えると、母が混乱して大声を出していた当時が懐かしいとさえ思います。母は現在、何も訴えることがなく、寝たきりの毎日を送っています」とのこと。困難に見えたことでも、時間の経過とともに変化が出てくるものです。

脳が変化するから、見かけ上の混乱が見えなくなるんじゃないの?

 このような経過があると、よく聞かれることがあります。先の彼女の場合には高齢+全身の状態が変化した結果だと思いますが、家族に対して「混乱の時期は過ぎつつありますね」といった説明をすると、「先生、それって本人の脳が変化して悪くなっていったからですよね」と言う人が多く見られます。

 確かに萎縮など脳が変化して混乱が起き、その後、その変化が出ないほどに悪化することで、混乱時のBPSDがなくなっていくひともいます。しかし、脳の変化は起きず、萎縮が見られなくても、ある時期を境に激しい症状がなくなっていく人もいます。私はいつもBPSDがなくなった後にこそ、安定した生活が送れるように身体面の機能維持、すなわち筋力低下を防ぐことを大切に考えています。

BPSDの後に「寝たきり」にならないために

 混乱や興奮が終わった時に、その人が「寝たきり」にならないために大切なことは、混乱を抑えるために医師が薬を処方し過ぎないことです。ほかの先生はそのようなことはないかもしれませんが、私はもう四半世紀も精神科医として認知症を診ているのに、いまだにピタッと合うような薬の処方ができません。お恥ずかしい限りですが、処方が足りなくて本人の混乱が収まらないかと思えば、つい処方しすぎて次の週に「先生、父が起きられません」と聞いて慌てて薬を減らしたりして大騒ぎの診療をしています。

 認知症の薬の中でもできれば安定剤は控えるべきです。しかし、どうしても混乱が抑えられない時には、むしろその混乱を取らなければ、その人の状態が悪くなってしまいます。

 それゆえ私は家族や介護職の意見をできるだけ吸い上げて、処方の参考にさせてもらうようにしています。認知症の人の日々の生活を見ているからこそ言える情報があります。診察を通じてその人の様子を見ることも大切ですが、日々の様子を知らせてもらうことは、より大切な情報です。そうしてお互いの情報や感想を交換し合って、その人の安定が図れれば、認知症の進行を抑えることにもつながります。

 「寝たきり」にならないためにはもう一つ、訪問看護ステーションや訪問リハビリテーションをしてくれる理学療法士、作業療法士などの専門家にお願いして認知症の人の筋力維持を大切にしています。足の筋力がしっかりとしている限り急激な認知症の悪化はないと思っているほどです。

今、この時の家族支援

 こんなふうに四苦八苦して処方をしているときにも、自分では「認知症の人にとって、家族にとって、今、この時に必要な支援ができるように」努力しているつもりです。しかしここで告白すると、「支援するつもりがされていた」ことばかりです。

 処方がうまくいかず、混乱する人自身も、そして家族が大変な時に私が頭を抱えていると、多くの家族の人が「先生の処方でやってみるわ、うまいこといかんでも私ら頑張ってみるわ。先生、あんまり気にしたらあかんで」と支えてくれます。介護職も「この処方を託された私らが、この後はケアでやってみます」とも言ってくれます。

 「ひとを支えることが人生では大事、誰かのために生きられたら幸せ」と祖母に言われて育ちました。そんな自分を目指して医師、歯科医師になったのですが、ふと気がつくと…今日もみんなに支えられている私がいます。

 次回はBPSDの終焉を見据えた向き合い方について書きます。

<アピタル:認知症と生きるには・コラム>

http://www.asahi.com/apital/column/ninchisyou/

(アピタル・松本一生)

アピタル・松本一生

アピタル・松本一生(まつもと・いっしょう) 精神科医

松本診療所(ものわすれクリニック)院長、大阪市立大大学院客員教授。1956年大阪市生まれ。83年大阪歯科大卒。90年関西医科大卒。専門は老年精神医学、家族や支援職の心のケア。大阪市でカウンセリング中心の認知症診療にあたる。著書に「認知症ケアのストレス対処法」(中央法規出版)など