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【アピタル+】患者を生きる・視覚を失って(網膜色素変性症の現状)

 パラリンピックの女子ゴールボールの金メダリスト、浦田理恵さん(40)が20歳の時に発症した「網膜色素変性症」とは、どんな病気なのか。診療ガイドライン作成の中心となった山本修一・千葉大病院長に聞いた。

Q 残念ながら不治の病なのでしょうか?

A 今のところ、見えなくなった目を治す方法もないし、進行を止めたり遅くしたりする方法もない。ただし大切なことは、みんながみんな失明するわけではない、ということ。これを誤解しないで欲しい。

Q 症状の進み方に個人差があるのですね。

A 網膜色素変性症では通常、暗がりで見えづらくなる「夜盲」と「視野狭窄(しやきょうさく)」の症状が生じる。夜盲はかなり早く、子どもの頃から出てくるが、視野狭窄があらわれるのは患者さんによって差がある。若いころから困っている人もいれば、年を重ねてから出る場合もある。

 そして、どちらの場合も中心部の視野は最後までかなり残るケースが多い。視力検査はこの真ん中の視野で測定するので、視力そのものはかなり保たれる人もいる。中心部だけでも見えることで、一定の生活の支えになる。だから「網膜色素変性症では、必ず失明する」といった表現は適切ではない。

Q 治療法として、どのような研究が進んでいますか?

A 網膜色素変性症は遺伝性の病気で、関与する遺伝子の数は多い。なぜなら、外からの光を眼球内の網膜で電気信号に換えるとき、たくさんのたんぱく質が関わっているので、そのうちのどれに異常があっても、光を電気に変換するプロセスに影響が出てくるからだ。

 この病気のあらわれ方としては、遺伝子に異常がある→遺伝子で造られるたんぱく質に異常が出る→たんぱく質が作用する視細胞に異常が出る→網膜全体が変性して荒廃する、という流れをとる。したがって治療戦略としては、①遺伝子治療②神経保護③網膜再生・人工網膜、の三つがある。

三つの治療戦略に期待

Q それぞれ、どのような方法でしょうか?

A ①遺伝子治療については、関与する遺伝子が非常に多いなかで、いまのところ二つの遺伝子についてしか治療に成功していない。患者さんにすれば、この二つの遺伝子について治療に成功したからといって、病気が治るとは限らないし、適用できない患者もいる。

 次の②神経保護だが、これはたんぱく質異常から視細胞異常にいたる過程をたどって治療できないか、という戦略だ。これまでの研究で、視神経を活性化させたり、細胞死を遅らせたりする物質がいろいろ発見され、治療に試されている。しかし、安全で効果がある決定的な物質はまだ見つかっていない。

 ③網膜再生・人工網膜は、網膜がすっかり荒廃している患者さんへの治療法として研究されている。火事でいえば、火が燃え広がって焼け落ちてしまった状態から治すようなものだ。iPS細胞(人工多能性幹細胞)などの活用も期待されている。

 いずれの方法もかつてない盛り上がりを見せている状態だ。

Q 「お薬は効きますか?」という質問が多いと思いますが。

A これは②神経保護にあたるものだが、さまざまな物質は見つかっているものの、「これだ」という決定的な薬はない。

Q アダプチノールという薬を処方されるケースが多いようです。

A 効果は証明されていない。使っているのは、おそらく日本だけではないか。半世紀以上も前に保険適用された古い薬で、現在のような厳密な検証がされていなかった時代だ。いまの基準で見れば、効果があるとは言えないが、安価でもあり、そのまま使っているというのが現実だろう。

Q 患者は治療を諦めがちになりそうです。

A 若いころに病名を知り、「病院に行っても仕方ない」と通院されない患者さんは多くいます。「あなたは網膜色素変性症です、病気は進行します、治療法はありません」と、3点セットで宣告されてしまえば、患者さんは絶望のどん底に落とされ、「もう病院なんか行かない」という気持ちになる。悪い説明のパターンだ。

Q では通院すれば、何らかの改善はあるのでしょうか?

A 見えるようになるか、という点では、通院しても何もない。残念ながら、病院に行っても状況は変えられない。

 また現状では、早期発見にも意味はない。早く見つければ早く治療できて予後も良くなるならば、早期発見に意味があるだろう。しかし網膜色素変性症はそうではない。

 ただし、日常生活が不自由になって戸惑ったり、車を運転して事故を起こす危険性があったりするので、医師の助言を受け、自分がどういう状態にあるか認識していただくのは重要だ。

ロービジョンケアで生活の質向上

Q 山本先生は「ロービジョンケア」の重要性を訴えています。

A ロービジョンケアとは、目の不自由さをカバーするためにいろいろな補助具を使ったり、障害者福祉制度などの支援を受けたりできるように、医療機関が患者さんの指導や手助けをする取り組みのことだ。疾患に対する根本的な治療ではないが、そのことを理解いただいた上で、さまざまな手段を活用してADL(日常生活動作)を向上させられるよう、専門家の立場で支援する。

Q 具体的には、どのような手段や方法がありますか?

A 低下した視力を補うには、カメラで映した画像をディスプレーで大きく表示する「拡大読書器」という装置や、ルーペなどを読書の補助器具として使える。拡大読書器には、患者さんの症状に応じて、白黒を反転して表示できる機能などもある。また最近は特にタブレット端末に代表されるコンピューター機器の活用も重視されている。メールを読み上げたり、音声で指示して操作したりできる。

 光を受けると激しいまぶしさを感じて不快感や目の痛みが生じる「羞明(しゅう・めい)」という症状には、「遮光眼鏡」という器具がある。まぶしさの原因となる波長の光だけを効果的にカットしてくれる。症状が進んでいる場合は、白杖を使うことで、歩行の安全を保てるとともに、周囲の車や歩行者に注意を喚起できる。障害の程度に応じて、身体障害者手帳の交付手続きなども検討する。

Q ロービジョンケアが、こうした器具や制度の活用を支援するのですね。

A ただ、ロービジョンケアに取り組んでいる病院やクリニックはまだ少ない。保険点数の低さなども背景にある。どのような施設があるのかは、日本眼科医会や日本ロービジョンケア学会のホームページにまとまっているので、ご覧になって欲しい。また、施設数が十分でないことは事実であり、地域の眼科医会でも積極的に拡大に取り組んでもらいたい。

Q 自治体の福祉センターの活用や、患者会への参加などをどう考えますか?

A 大いに活用していただきたい。医療施設のロービジョンケアはなかなか十分でない面がある。患者会では、病院で聞けないような日常生活の困りごとなどを相談できる。