[PR]

 「先生、夫はこの頃はわたしのこともわかりません。暴力を振るうこともあります。息子たちの勧めもあって、介護施設に入れてもらうようになりました」

 認知症が徐々に進行している八十歳の患者さんの妻が、申し訳なさそうにぼくに言った。入所の診断書と紹介状を書いてほしいとのことだった。

 八年前から妻と一緒に通院を続けていた。認知症のほかに糖尿病があり、甲状腺機能亢進症もあった。五年前に間質性肺炎になった。認知症があるので、ひやひやしながら通院での治療を続けたこともあった。

 「髪が白うなったねえ、苦労が多いんじゃ。わしも白うなった」と、診察のたびにぼくの頭をなでる時期があった。そのうち、通所リハビリテーション、短期入所(ショートステイ)を利用するようになった。ショートステイ中に暴言が多く、介護職員が対応に困るとのこと。ぼくの診療所に来た時には看護師にもぼくにも、節をつけて歌うように機嫌よく話してくれるし、家でも問題はなかった。

 ぼくのあの手この手の治療もうまくゆかない。精神科の先生からショートステイの日だけ飲む薬を処方してもらってそれから二年、家とショートステイとの半々の生活が続いた。

 妻は介護施設入所中の百四歳の義母もみながら、夫の介護を続けてきた。息子夫婦も協力的で、診察にはふたりに嫁が付き添ってきた。

 「よくここまで頑張りましたね。十分です」と、妻の介護をぼくはねぎらった。「これでいいんでしょうか。可哀想な気もするのですが」と、妻はぽつりと言った。通所リハビリに通い、ショートステイを使って、そして入所する、こんなふうに段階を踏みながらの介護が意外とできない。介護者に介護力がなくて頑張り過ぎてぽきんと折れて大騒ぎになったり、遠くに住む子どもが帰ってきて、すぐに施設にと大声で言う場合もある。

 ぼくは小規模多機能施設やグループホーム、有料老人ホームにも診察にゆく。在宅介護がすべての場合に最良とは限らない。施設入所が介護の放棄でもない。その過程が大切で、事情はみんな違う。介護力に応じた、その人の状態に合わせた場所を選んであげることが、かかわる者の大切なことではないだろうか。「介護保険のサービスを受ける手続きをしよう。ケアマネジャーさんと相談してみようよ」と、お勧めすることがめっきり多くなった。

 介護の大変さは、経験したものでないとわからない。手を汚さない人の言葉に惑わされてはいけない世界だ。

 「先生、わたしはこれからも通ってきますから」と、診察の最後に妻はにっこりした。

 

<アピタル・診療所の窓辺から>

http://www.asahi.com/apital/column/shimanto/(アピタル・小笠原望)

アピタル・小笠原望

アピタル・小笠原望(おがさわら・のぞみ) 大野内科医師

1951年高知県土佐市生まれ。76年弘前大学医学部卒。高松赤十字病院などを経て97年大野内科(四万十市<旧中村市>)。2000年同院長。18年12月から同医師。在宅医療、神経難病などの分野で活躍中。最新の著書は「診療所の窓辺から」(ナカニシヤ出版)。