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 まもなく、一年中で登山者が最も多い本格的な夏山シーズンを迎えます。長野県には、北アルプスや八ケ岳など全国人気の山域が多く、大勢の登山者でにぎわいます。登山は、楽しさの半面、死亡事故にもつながる遭難のリスクがあります。万が一、自力下山が不可能となる遭難を起こした場合、迅速な救助活動を支えるのがヘリコプターです。今回は、長野県警航空隊を訪ね、ヘリ救助の実態のほか、遭難した場合に登山者がどのように対応すべきなのかを取材しました。

 昨年、長野県で起きた山岳遭難は292件、遭難者327人にのぼり、2013年の300件、328人に次いで過去2番目の多さでした。遭難者の居住地別では、長野県外が273人で83%を占めています。そのうち、オーストラリアや韓国など外国人が27人で増加傾向にあります。

交通事故と同じ 誰でも遭難の可能性

 本来、登山は自己責任のもと、遭難のリスクも抱える自然を舞台に楽しむものです。しかし、自力下山ができないけがを負ったり、道迷いで自分のいる場所がわからなくなったりした場合、警察や消防などに救助依頼をすることになります。

 これまで、30年近く山岳取材を続けてきました。登山者の多くは、「夏の一般縦走路だから」とか「岩登りや冬山登山をしないから」などを理由に、「自分は遭難しない」と考えているケースが目立ちます。いえいえ、そんなことはありません。北アルプスでは夏の蝶ケ岳や常念岳の一般登山道で、転倒や腰痛で行動不能になり、ヘリを呼ぶケースがあります。つまり、交通事故同様に、誰でも遭難する可能性があるのです。

 今回、長野県警航空隊の宮崎茂男隊長に、ヘリ救助について取材しました。現在、長野県警は「やまびこ1号」「やまびこ2号」の2機を所有し、北アルプス、南アルプス、八ケ岳など南北に長い県内の山岳地域をカバーしています。航空隊の基地は、県中部の松本空港にあり、パイロット5人、整備士7人、救助隊員6人が常駐し、山岳遭難に備えています。

 宮崎隊長は、まずヘリ救助のメリットについて説明してくれました。「ヘリを使って現場から短時間で遭難者を病院まで運ぶことで、人力で長時間かけて搬送するより、救命率が上がります。また、冬山では、地上から救助隊員が現場向かう際、雪崩などの危険がありますが、ヘリだと二重遭難の危険を減らすことができます」。その上で、「登山者の多くは自分が遭難事故を起こすという想定がありません。まずは、遭難した場合、本人も他のメンバーも冷静になることが必要です」と力説しました。

 救助を要請するかどうかの判断材料は様々あります。まずはけがや病気の状況の確認。転倒して骨折したのか、それともねんざ程度なのか、脱水症状なのか……。発生時刻も判断材料の一つです。午後なら、自力登山だと日没になり、一晩山中でビバークすることになりかねません。一刻も早く救助を要請してください。こうした判断を、パーティーだったら仲間の判断、単独登山なら自分ですることになります。

救助要請後は動かずに

 自力下山が難しいと判断した場合、携帯電話が通じる状況だと、110番通報をしてください。この際、注意すべきことは、応対した長野県警本部の担当者からの質問に対し、あわてずに答えることが大切です。また、救助活動では、携帯電話が「命綱」になります。バッテリーの節約のため、家族や友人に電話をかけず、待ち受け状態にしてください。状況によっては、その後も何回か警察から連絡があります。また、よほどの危険地帯でない限り、遭難地点から動かないことも重要です。不用意に動いて携帯電話が通じなくなると、その後の救助活動に支障をきたします。また、110番通報の場合は、携帯電話のGPS機能から遭難者の位置を特定できます。

 救助依頼を受けた県警本部では、担当の警察署に連絡し、地域課が中心となり、救助活動に取りかかります。この段階で、ヘリが必要と判断されれば、航空隊に連絡が入り、ヘリ出動の準備が始まります。

 ヘリを操縦するパイロットは、ウェーザーニュースや県内のライブカメラなどで気象情報を収集し、フライトプランを立てます。現場で救助活動をする救助隊員は安全ベルトなどの装備の準備。救出後の対応については、屋上にヘリポートのある病院に遭難者を搬送する旨を伝えます。

 長野県警航空隊は、スタッフが円陣を組んで、入念に最後のうち合わせをするそうです。宮崎隊長は「発生した遭難に関して、全員が共通の認識を持つためのミーティング。チームワークで救助活動を成功させるのです」と説明します。準備が整ったら、ヘリが離陸します。通常、ヘリにはパイロット(機長)とコパイロット(副機長)、ワイヤで遭難者をつり下げるホイストを操作する整備士1人、救助隊員1~2人が搭乗します。

 遭難現場上空に到着すると、機体はホバリング(空中停止)し、ホイストで救助隊員が地上に降ります。ヘリの回転翼の騒音やダウンウォッシュ(下降気流)が救助活動の妨げになるので、ヘリはいったん現場上空を離れます。宮崎隊長は「遭難者は気が動転しているケースが多いので、救助隊員は、まず落ち着かせることを心掛けています」と言います。

 現場に到着した救助隊員は、遭難者の状況を確認し、ヘリに収容するための作業に入ります。ハーネス(安全ベルト)を遭難者に装着。ヘリが上空に戻り、ホイストから引き上げ用のワイヤが下りてきます。救助隊員は、遭難者のハーネスの接続金具とワイヤを連結させ、自分のハーネスの金具も同時に連結して遭難者を抱きかかえるようにして、機内の整備士に連絡。ホイストがワイヤを引き上げ、遭難者と救助隊員が機内に収容されます。ヘリはホバリング(空中停止)したままで、短時間に作業を終えます。この後、ヘリは病院に向かい、無事、救助が終わります。

登山届が捜索のカギ

 迅速なヘリ救助のためには、遭難者の位置確認が最も重要です。航空隊勤務30年、飛行時間約6500時間のベテランパイロットの望月一浩警部に、遭難者がヘリに自分の位置を知らせる有効な方法を聞きました。

 「携帯電話がつながるようだと、携帯電話でヘリがどの位置に見えるのか、例えば『右側に見えます』『正面です』と伝えてくれれば、遭難現場を特定しやすくなります。また、ヘッドランプを点灯させてくれれば、樹林帯でもどこにいるのかよくわかります。日中でもライトの点滅は確認できるので覚えておいてほしいですね」

 単独登山で、携帯電話がつながらない場合、カギを握るのは登山届です。長野県では、北アルプスなどの山域の登山で条例により、登山届の提出が義務づけられています。捜索の際も、登山届に書かれた登山ルートなどが参考になります。ただ、単独だと下山日を過ぎて戻らなかった場合、家族や友人が捜索願を出してから救助活動が始まりますので、山小屋泊まりでも予備の食料や雨風を避ける簡易テントを持参すべきでしょう。

 長野県は例年、全国の都道府県で山岳遭難が最多です。広い山域を警察だけでカバーするのは難しく、ヘリ救助でも民間の救助隊の応援を依頼することがあります。この場合は、有料になるので、必ず山岳保険に加入してください。いずれにしても、自分の力量に合った山を選び、無理のない計画で安全登山に心掛けるのが、遭難防止の第一歩です。

<アピタル:近藤幸夫の山へ行こう・健康と安全>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/climb/(近藤幸夫)

近藤幸夫

近藤幸夫(こんどう・ゆきお) 朝日新聞山岳専門記者

1959年。岐阜市生まれ。信州大学農学部卒。86年、朝日新聞入社。初任地の富山支局で、北アルプスを中心に山岳取材をスタート。88年から運動部(現スポーツ部)に配属され、南極や北極、ヒマラヤで海外取材を多数経験。2012年から日本登山医学会の認定山岳医講習会の講師を務める。現松本支局長兼山岳専門記者。