アピタル・田辺有理子
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イラスト・シマダユミコ
このコラムでは、介護している人が心身の健康を保つために自分自身をケアするヒントとして、アンガーマネジメントをお伝えしています。
これまでは、介護している人がイライラしたとき、ストレスに対処するための方法を紹介してきました。今回はテクニックの話からは少し外れて、介護される人やその周囲の人にとってのものの見方について考えてみます。
私たちはさまざまな場面で、相手や自分やものごとへの期待があって、期待通りでない現実に対して苛立ちます。「このくらいのことはできて当然」と言う期待値をもっているのに、実際にはできないという現実とのギャップです。
このギャップを自分自身に感じるとき、私たちは思うようにできない自分に対して、悲しい、悔しい、恥ずかしい、などの感情がわき、落ち込んでしまうことがあります。また、こうした感情が怒りや苛立ちとして表面に出てくる場合もありますし、なんとなくモヤモヤとしたまま、自分の感情がよくわからないということもあるかもしれません。
介護している人の場合は、仕事も家事も介護もこなそうと頑張っているのにうまくいかず、自分がイメージしている姿と、そのようにならない現実との間に、「期待と現実のギャップ」が生じます。これについては介護する人のストレスケアやアンガーマネジメントのテクニックとして触れてきました。
そしてこの「期待と現実のギャップ」は介護する側だけではなく、高齢者や障害者など介護される側にも生じています。
高齢になって、あるいは認知症になって介護される立場になったあるとき、以前は簡単にできたことができなくなっていることに気づくと、現実を受け入れ難く、落ち込みます。それは動作であったり記憶力であったりします。これも自己のイメージと現実とのギャップです。
また、認知症の人が検査で簡単な質問をされると、「こんな簡単な質問をしてバカにしているのか」と怒りがこみ上げてくることがあります。その上さらに辛いのは、その簡単な質問に答えられない、簡単な計算ができないという現実を突きつけられることです。忘れてしまうといっても、認知症の人は全てを忘れるわけではなく、そのときの恥ずかしい、悔しい体験がいつまでも記憶にとどまって、忘れられないこともあるのです。
こうしたイメージや期待値と現実とのギャップは、自分と誰か相手との間にも生じます。そしてそういうとき、私たちは相手に怒りをぶつけたりしなくとも、意図せず相手を傷つけている場合もあります。
たとえば、高齢者や認知症の人が介護認定を受けたり、あるいは障害の認定を受けたりすると、介護者や周囲の人が、その人を低く見積もってしまうことがあります。
会話のなかで、何げなく「あら、覚えていたの?」と言ったとき、そこには相手の記憶力を低くみていた思いが伝わります。相手を子どものように扱うといった対応にあらわれることもあります。
介護認定を受けると、本人も「何もできない人」という烙印(らくいん)のように感じるかもしれないし、「できない人」のように扱われ自尊心を傷つけられたと感じるかもしれません。
こうしたエピソードは、認知症に限ったことではありません。
たとえば、目の見えない人が声をかけられて「久しぶり!私のこと誰だかわかる?」と試されたりして、声だけではわからないことだってあります。
療養中の人を訪ねて「思ったより元気そうね」と言った言葉には、もっと元気でないイメージがあったと伝わります。
病気の人を励まそうとして「◯◯の病気でなくてよかったじゃない」と言ったり、何か持病や障害のある人が「私は△△の障害ではないから」と言ったりする言葉には、別の病気や障害と比べたり、区別したいという気持ちがあったりします。もし、◯◯の病気や△△の障害のある人が聞いたらどんな気持ちになるでしょうか。
言っている人にとっては意図的でなく、悪意もないのですが、ときどき誰かを傷つけてしまうこともあるのです。
私自身も意図せず誰かを傷つけてしまうことがあるかもしれないし、こうすれば良いという解決策をお伝えすることができません。ただ、介護が必要になったり、障害で一部の手助けが必要になったりしても、その人が何もできないというわけではなく、何か別の力を発揮できたり、健康的な面があることを意識しておきたいと思うのです。
あまり気にしすぎて何も言えなくなってもいけませんが、その一言を声に出す前に、少しだけ立ち止まって、「相手がどう感じるか」を想像してみてはいかがでしょうか。
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◆編集部から
<田辺有理子さんの本が出版されました>
タイトルは「イライラと賢くつきあい活気ある職場をつくる 介護リーダーのためのアンガーマネジメント活用法」(第一法規、2160円)です。(詳しくはアマゾン:https://goo.gl/sxK6md)
<アピタル:医療・介護のためのアンガーマネジメント・コラム>
http://www.asahi.com/apital/healthguide/anger/(アピタル・田辺有理子)
横浜市立大学医学部看護学科講師。大学病院勤務を経て2006年から看護基礎教育に携わる。アンガーマネジメントファシリテーターTMとして、医療・介護・福祉のイライラに対処するためのヒントを紹介する。著書に『イライラとうまく付き合う介護職になる!アンガーマネジメントのすすめ』(中央法規出版)がある。
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