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【まとめて読む】患者を生きる・スポーツ「アキレス腱断裂」

 東京都町田市の玉川大学に通う倉嶋倫子さん(20)は、福島県立磐城高校2年生だった2015年、剣道の試合中にアキレス腱を断裂しました。半年後の大会を見据えて、懸命にリハビリに取り組み、県大会で優勝しました。インターハイの上位入賞はかないませんでしたが、動けないなりに勝てる方法を試行錯誤した経験は今も生きています。

足に蹴られたような衝撃

 東京都町田市の玉川大学で学生生活を送る倉嶋倫子(くらしまりんこ)さん(20)は、剣道の試合中、アキレス腱(けん)を断裂したことがある。

 高校2年生だった2015年12月、地元福島県であった交流試合。他県の強豪校との団体戦に大将として臨んだ。副将まで1敗3分け。勝たないと負けが決まり、勝てば代表者戦に持ち込める。

 「焦ってもしょうがない」。そう言い聞かせ、面金(めんがね)の向こうを見据えた。試合時間は4分。相手は守り切れば勝ち。一向に誘いに乗ってこない。冷静に攻めて相手を誘うのが持ち味だが、残り時間を気にして、自分から仕掛けなければならない場面も増えた。

 つばぜり合いになった時だ。後ろに下がりながら、相手の面を打つ「引き面」を仕掛けた。だが、かわされ、追いかけられた。相手が面を打とうとする。それに合わせて自分も面を打つため、体勢を立て直し、右足から前に飛び出そうとした瞬間だった。

 「えっ、誰が蹴ったの?」。ぐっと力を入れた左足に後ろから衝撃を受けたような気がした。そのまま前のめりに倒れ込んだ。

 足に力が入らず、動けない。体育館の壇上でみていた教師たちが駆け寄ってくる。「大丈夫か」「氷持ってきて!」。痛みはさほどない。ただ訳がわからず、涙が出た。誰かが言った。「アキレス腱、やっちゃったかな」

 約10分後、救急車が到着した。応援に来ていた母親の万紀子(まきこ)さん(59)が付き添い、そのまま県内の病院に運ばれた。

 病院に着くと、診察台にうつぶせになるように言われ、左足のふくらはぎをつかまれた。足の先が動かないのを確認し、医師は「完全に切れているね」と言った。「アキレス腱断裂」。アキレス腱はふくらはぎの筋肉とかかとの骨をつなぐ。ふくらはぎをつまむと通常は腱に引っ張られて、足の先やかかとが動く。動かないのは腱が切れている証拠だった。

 不安そうに見つめていた万紀子さんが、ため息をついた。「夏の大会、間に合わないかもしれないね」。約半年後にはインターハイ出場をかけた、高校最後の地区大会と県大会が控えていた。

2カ月は座って素振り

 2015年12月、福島県立磐城高校2年生だった倉嶋倫子(りんこ)さん(20)は、剣道の試合中、アキレス腱(けん)を断裂した。

 搬送先の病院が自宅から60キロメートル以上離れていたことから、治療は自宅近くの「見城(けんじょう)整形外科クリニック」に通うことにした。

 アキレス腱断裂の治療は二つある。腱を糸で縫い合わせた後にギプスで固定する「手術療法」と、つま先を伸ばした状態でギプスで固定し、腱が自然につくのを待って、徐々に足首を直角に近づけていく「保存療法」だ。

 ギプスを外せるのは手術療法の方が早い。しかし、院長の見城知巳(ともみ)医師(53)は、入院せずに済み、手術の痕が残らないことから、「保存療法」を勧めた。

 治療方針は決まったが、剣道に復帰できる時期が心配だった。手術療法も保存療法も、けがの原因となったスポーツを始められるのはけがから5~6カ月後。負傷前と同じように動けるようになるのは約1年後と言われていた。倉嶋さんは剣道での大学推薦も視野に入れていた。そのためにはインターハイに出場し、上位に食い込む必要がある。

 地区予選は約5カ月後、インターハイ出場をかけた県大会はその約3週間後。完全復帰できるか極めて微妙だった。それでも治療に細心の注意を払った上で、「希望を与えるのも医師の仕事」と考える見城医師はあえて言った。

 「試合には立てる。けど勝てるかは君次第。やってみたら」。その言葉に背中を押され、倉嶋さんは思わず答えた。「そうですよね!」

 とはいえ、最初はギプス固定で両松葉杖の生活。6キロほど離れた学校には母親に車で送り迎えしてもらった。足元の滑りやすい風呂も手伝いなしには入れなかった。

 部活も休み、家のソファに寝そべって、テレビを見ながら握力を鍛えていたが、2週間もしないうちに体がうずいた。

 「やっぱり部活に行ってくる」。ギプスや装具が外れるまでの約2カ月は仲間の練習を見学しつつ、イスに座って竹刀を振った。その後は、つま先立ちの練習や自転車型のトレーニングマシンを使った筋力アップ。徐々に負荷をかけていった。

動きを修正 県大会優勝

 2015年12月に剣道の試合中にアキレス腱(けん)を断裂した、当時福島県立磐城高校2年生の倉嶋倫子(りんこ)さん(20)は、インターハイ出場をかけた約半年後の大会を目指して、リハビリに取り組んだ。

 通院先の見城(けんじょう)整形外科クリニックの理学療法士、上田良(うえだりょう)さん(30)は、打突で踏み込む際、足首だけでなく、脚全体を使って、腰から前に移動できるよう、もも裏の筋肉を鍛える方法を指導。剣道部の顧問だった梅津文隆(うめつふみたか)さん(39)は、自分から動かずとも、一本を取れる間合いに相手をいかに誘い込むかを、助言した。

 通院治療が終わったのは16年5月13日。翌日から地区予選が始まった。しかし、再断裂が怖く、思い切って動けない。敗者復活戦でどうにか県大会出場を決めたが、会場にいた母、万紀子さん(59)は、足をかばいながら戦う娘を直視できなかった。県大会に行けるだけで十分と心から思った。

 そんな万紀子さんの心配をよそに、倉嶋さんは強気だった。地区予選から県大会までの約3週間、動けないなりに勝つ方法を考え、動きを修正した。

 テーピングして臨んだ県大会の女子個人戦は決勝まで勝ち進んだ。相手は苦手としてきた上段の構えの選手。しかし、動きを見定め、相手が面を打とうと飛び込んできた瞬間、さほど踏み込まず、小手で一本を取った。優勝の瞬間、客席の万紀子さんは「よく乗り越えた」と思いがこみ上げた。

 ただ、8月のインターハイは上位入賞できなかった。目指していた剣道での大学推薦は難しく、部活を引退後、新たな将来の夢を探した。浮かんだのは道場で子どもたちの面倒をみた経験だった。「小学校の先生がいいな」

 昨春、東京都町田市の玉川大学教育学部に入学した。剣道はやめるつもりでいたが、入学式の帰り、剣道部員から誘われ、気付いたら入部していた。「生活の一部。自然と剣道がしたくなる」

 リハビリ期間中、できる練習や勝てる方法を試行錯誤したことで、ほかのことにも妥協せず向き合えるようになった。「けがはマイナスじゃなかった。あの時、支えてくれた両親や先生たちに恩返しするためにも、これからも剣道に関わりたい」

突発的で高い重症度

 物事の致命的な弱点を示す言葉としても使われる「アキレス腱(けん)」。ふくらはぎの筋肉とかかとの骨をつなぐ太い筋で、断裂すると、かかとを持ち上げられなくなり、走る、跳ぶといったスポーツに必要な動作ができなくなる。

 「スポーツで最も重要な部位の一つで、突発的にけがをしやすく、重症度が高いのが特徴」と、東京都三鷹市の杏林大学病院整形外科の林光俊(はやしみつとし)医師(63)は語る。

 断裂するのも、ほとんどがスポーツをしている時だ。特にテニスやバドミントン、バレーボールのレシーブ、剣道の打ち込みなど、かかとを浮かせて素早い動きを繰り返すような競技は起こりやすい。最近はフットサルも患者が増えているという。林医師は「社会人になって趣味で始める人が多いが、加齢によって腱の柔軟性が失われているため」と話す。

写真・図版

 アキレス腱を断裂すると「ブチッと音がした」など音や衝撃を感じる人が多い。痛みはさほどない。アキレス腱部分を触るとへこんでいて、つま先立ちができない場合は、断裂と判断できる。

 治療は主に2種類。一つが糸で断裂したアキレス腱を縫い合わせてギプスで固定する「手術療法」。もう一つが「保存療法」。つま先を伸ばした状態で足をギプスで固定し、自然にアキレス腱がつくのを待ってから、徐々に足首が直角になるようにギプスを巻き替えていく。手術療法の方がギプスや装具が外れる時期が2~4週間早く、手がける医療機関も多い。保存療法は手術による感染症のリスクがなく傷痕が残らない。いずれの療法もギプスが外れて1カ月程度は、つまずくなどして再び切ることが多い。注意が必要だ。

 つま先立ちの練習や軽いジョギングなどのリハビリを経て、5~6カ月後に簡単なスポーツに復帰できる。ただ、けがの前と同程度まで動けるようになるのは、個人差もあるが、手術療法、保存療法とも1年程度かかるとされる。

 アキレス腱断裂の手術を年100件超手がける川崎市の関東労災病院は、断裂部位をより自然な形で縫い合わせる独自の手術を行っている。主任理学療法士の今屋健(いまやたけし)さん(47)は「適切なリハビリと組み合わせることで早く復帰できる」と話す。

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<アピタル:患者を生きる・スポーツ>

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(水戸部六美)