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【まとめて読む】患者を生きる・スポーツ「野球ひじ」

 長野日大高(長野市)の1年生、落合(おちあい)快斗(かいと)君(15)の右ひじには小さな傷痕があります。2017年5月、ひじの骨と軟骨がはがれ落ちる野球ひじの一つ「離断性骨軟骨炎」の治療で手術を受けたためです。ストレッチと体幹トレーニングを続けて復帰し、この春、高校に進学。野球部で甲子園を目指しています。

右前腕に痛み 軟骨損傷

 長野日大高(長野市)野球部の1年生、落合快斗(おちあいかいと)君(15)の日課は風呂上がりのストレッチだ。練習で帰宅が遅くなった日も、欠かさない。白球を握れなくなった苦い経験があるからだ。

 小学校に入る前から、高校球児だった父の敏雄(としお)さん(50)とともによくボール遊びをした。小学2年で地元の少年野球チームに入った。人数が少なく、すぐにピッチャーをするようになった。3年生の時、早くも6年生を相手に投げた。敏雄さんもコーチになり、親子で野球にのめり込んだ。

 5年生の夏、初めてボールを投げる右腕に軽い痛みを感じた。近所の整骨院に行くと「成長痛です」と言われた。半月で痛みは消え、野球を続けた。背番号「1」。1日3試合を1人で投げ抜くこともあった。

 2015年春、中学に入学した。当時で身長161センチ、体重60キロのがっしりした体形。軟式の野球部ではなく、長野県中野市の硬式チーム「中野シニア」に入った。12年に全国大会で優勝した強豪。「厳しい環境で上達したい」と快斗君が選んだ。

 1年生が終わる16年3月下旬。練習試合で投げた後、右前腕に痛みを感じた。初めての痛さだった。腱(けん)の異常かと思い、敏雄さんと2人で長野県内の整形外科に行った。CT検査の後、医師の口から出たのは思いがけない言葉だった。「問題は腱ではなくひじ。離断性骨軟骨炎(りだんせいこつなんこつえん)です」

 離断性骨軟骨炎は「外側の野球ひじ」とも呼ばれる。投げる際にひじの外側が圧迫され、前腕の橈骨(とうこつ)とぶつかった上腕骨の端の軟骨と骨が傷つき、徐々にはがれていくけがだ。初期は痛みがなく進行してから見つかることが多い。野球ひじの中でも、重症になる可能性がある。

 約1週間後の詳しい診察で、医師は「ひざの軟骨を移植する手術が必要。手術日を決めましょう」と言った。「いつ野球を再開できますか」と聞いたが、「半年はできない。我慢して」と言われた。

 診察室を出ると親子でぼうぜんとした。「守ってやれなかった」。敏雄さんと母の栄江(さかえ)さん(50)は、快斗君への申し訳なさが募った。

手術避け 修復に期待

 中学1年生だった2016年3月、右上腕骨の軟骨や骨がはがれる野球ひじの「離断性骨軟骨炎」と診断された、長野日大高野球部1年の落合快斗君(15)は、すぐに手術が必要だと言われた。

 だが、ひじに痛みはなく、手術は避けたかった。「手術を受けずに治せないか」。悩みを抱えたまま、所属する硬式野球チーム「中野シニア」の練習日を迎えた。快斗君は練習に参加できなかった。

 練習の「お世話係」として母の栄江さん(50)もグラウンドにいた。浮かない顔の栄江さんを見た仲間の保護者が声をかけてきた。「場所は遠いがなるべく手術を避けて治療する医師を知っている」。プロ野球選手の治療も手がけたと聞き、受診することにした。

 4月4日、父の敏雄さん(50)が運転する車で、長野県の自宅から約300キロ離れた千葉県船橋市にある船橋整形外科病院を訪ねた。事前に電話をすると「予約が取れるのは1カ月以上先」と言われたが、とても待てなかった。

 正午ごろに着き、CT検査を受けた。その後待ち続け、診察が始まったのは午後7時過ぎだった。

 同病院スポーツ医学・関節センター長の菅谷啓之(すがやひろゆき)さん(57)は快斗君のひじ周辺の画像を見て「MRIを見ないとはっきりとは言えないが、すぐに手術が必要ではないだろう」と話した。快斗君は跳び上がるほどうれしかった。

 成長期の骨の端には骨端線(成長軟骨線)という成長する軟骨の線があり、適切なリハビリをすれば、成長とともに修復される場合がある。快斗君の上腕骨にも骨端線があった。菅谷さんは、野球から離れる期間を短くできればと、リハビリをしつつ修復に期待し、手術を避ける判断をした。

 ただ、菅谷さんの話には続きがあった。「肩甲骨の周りやおしり、股関節がずいぶん硬い。軟らかくしないとひじの負担は減らないよ」。ピッチングは腕の振りだけでなく、体幹と下半身の動きでためた力をスムーズに腕に伝えることが大切だ。だから、股関節や肩甲骨の周りの軟らかさが欠かせない。硬いと、腕だけでボールに力を入れることになり故障しやすい。ひじの治療に来て、ストレッチの話になるとは――。快斗君や敏雄さんは驚いた。

「今度こそ」渦巻く不安

 野球ひじの一つ「離断性骨軟骨炎」になった長野市にある長野日大高野球部1年の落合快斗君(15)。2016年4月に診察した千葉県の船橋整形外科病院の菅谷啓之さん(57)は、なるべくプレーしながら治療できればと考え、手術せず、軟骨と骨がはがれた右ひじの修復を見守ることにした。

 体の柔軟性が低いと指摘された快斗君は、同病院の理学療法士、早坂仰(はやさかこう)さん(36)にストレッチを教わった。太ももの外側、背中、体の側面、おしり――。投球に大切な部位が軒並み硬かった。

 自宅から病院までは約300キロ。頻繁に通ってストレッチ指導を受けるのは難しい。快斗君は元々、ストレッチにあまり熱心ではなかったが、「自宅でどれだけやるかがカギ」という早坂さんの言葉が心に響いた。教えてもらったメニューを自宅で黙々と続けた。

 5月のMRI検査で、菅谷さんは詳しくひじを調べた。そこでも修復の可能性があり、手術は避けることになった。肩甲骨の柔軟性は、やや改善していた。ストレッチの効果だった。緩いキャッチボールから再開することになった。

 その後も約1カ月に1回受診。そのたびに柔軟性の改善が確認され、痛みも消えていった。投げられる距離が伸び、8月下旬には試合で投球できるまで回復した。だが、軟骨と骨の傷はわずかしか修復していなかった。菅谷さんは「いずれ手術が必要になるかも知れない」と冷静にみていた。

 中学2年が終わる翌年3月、MRI検査で軟骨の傷が広がっていることが分かった。いずれ軟骨と骨が関節内にはがれ落ちる可能性がある状態だ。快斗君は5月に全国大会の予選を控え、すぐの手術は避けたかった。それでも「痛みが出たら手術だよ」と菅谷さんに言われた。

 5月21日。長野県松本市での練習試合に先発した。所属する硬式野球チーム「中野シニア」の高橋昭二監督(56)は、球が走っていて調子がいいと感じていた。だが試合中盤、投球直後にマウンドの快斗君が腕を押さえた。右ひじが曲がったまま動かせなかった。

 翌日、親子3人で再び、車で菅谷さんの病院に向かった。「今度こそ手術だろう」。不安が車内に渦巻いていた。

軟骨を摘出 エース復帰

 昨年5月21日、練習試合で登板中に突然、右ひじが動かせなくなった長野日大高(長野市)の野球部1年、落合快斗君(15)は翌日、約300キロ離れた千葉県の船橋整形外科病院を訪れ、菅谷啓之さん(57)の診察を受けた。

 中学1年生だった2016年3月、「外側の野球ひじ」とも呼ばれる「離断性骨軟骨炎」と判明。リハビリをしながら野球に復帰したものの、軟骨と骨がはがれた右ひじの傷は修復していなかった。

 診察の結果、「ねずみ」とも呼ばれるはがれた軟骨と骨が、関節を曲げる際の邪魔になっていた。「遠くから来ている子を待たせられない。明日手術だ」。すぐに入院することになった。

 所属する硬式野球チーム「中野シニア」の仲間からは、心配する声がLINEのメッセージで届いていた。全国大会の予選が目前に迫る中で起きたエースの負傷。快斗君は病院から返信した。「大会には出られない。ごめん」

 手術はクリーニング手術とも呼ばれる「鏡視下遊離体摘出(きょうしかゆうりたいてきしゅつ)」だった。右ひじに1センチ未満の小さな穴を開け、光ファイバーと高性能カメラが入った内視鏡と、除去するための器具を入れ、「ねずみ」を取り除く。全身麻酔をかけたが、実質30分で終わった。100円玉ほどの大きさの軟骨も摘出され、両親は大きさに驚いた。

 手術翌日には退院した。再び入念なストレッチを続けるリハビリ生活が始まった。チームでは、バッティングマシンにボールを入れたり、用具の片付けをしたり。「練習に行きたくない」と思う日もあった。だが、1年前の経験から、ストレッチを続ければ復帰できることはわかっていた。

 毎日自宅で入念にストレッチを続け、1カ月おきに診察を受けた。8月下旬には投球練習を再開。翌月、中学最後の大会に背番号「1」で復帰、先発してチームに貢献できた。

 今春、長野日大高に進んだ。同校は選抜大会や夏の甲子園の出場歴もあり、昨秋の長野県大会は4強入りした。練習は厳しいが、帰宅後のストレッチは欠かさない。目指すのはもちろん甲子園。キレのある球で打者を打ち取る投球を、大舞台でやってみたいと思っている。

フォームと休養が大事

 「野球ひじ」は、ひじ周辺に起きる障害の総称だ。ひじの外側と内側のどちらが痛むかで、タイプは違う。

 連載で紹介した「離断性骨軟骨炎」は、ひじの外側のけがの一つだ。投球時、ひじの外側は圧迫される。そのため上腕骨と橈骨(とうこつ)の端がぶつかり、上腕骨の先端にある「上腕骨小頭」の軟骨と骨が傷つく。初期は痛みがなく、気づいた時には進行していることが多い。

 群馬大名誉教授の高岸憲二(たかぎしけんじ)さん(67)によると、主に小学校高学年から中学生でおこり、投手が多い。投球をやめて、骨の成長とともに修復するのを待つ治療が標準的だ。だが、軟骨や骨がはがれて骨の間に挟まると、ひじが完全に伸びなくなるなど、手術が必要になる場合もある。

写真・図版

 一方、ひじの内側が痛むケースは、投球時に内側の骨や靱帯(じんたい)に引っ張られる力が働き、軟骨や骨の端が傷つく。子どもに多いのはこちらで、投球を控えることで回復させる場合が多いという。

 こうした障害はなぜ起きるのか。医師や理学療法士らで作る「野球肘(ひじ)研究会」の代表で、泉整形外科病院(仙台市)院長の高原政利(たかはらまさとし)さん(60)によると、まず考えられるのはフォームの問題だ。

 特に投手は、全身の力を総動員して球に力を込める。だが肩甲骨や股関節の柔軟性が足りなければ、体の力を腕、そしてボールを握った手指に伝えられない。それでも速い球を投げようとすると、腕だけを強く振る「手投げ」になりやすく、ひじの負担が増す。腕と体がうまく連動せず、体だけが先に回転する「開きが早い」状態も、ひじによくないという。

 負担の少ないフォームで投げていても、球数が増えれば乱れてくる。高原さんは「『球は腕で投げる』という勘違いが多い。疲れてきた子どもに『もっと腕を振れ』と言うとひじを痛めやすいのでやめて欲しい」と訴える。

 日本整形外科学会の2016年度の調査によると、ひじの痛みを1年以内に経験した中学生の野球選手のうち、41%は休まず投けていた。調査した高岸さんは「小中学生の野球にしては、練習と試合が多すぎる。しっかり休養を取るよう、意識を変える必要がある」と話す。

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<アピタル:患者を生きる・スポーツ>

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野瀬輝彦