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 立場が変われば、こんなにも違った光景がみえるものなのか。

 そんな驚きを覚えたことはありませんか?

 たとえば、新入社員の頃には、暇そうな上司を見て「うらやましい」と思っていたけれど、いざ自分が部下を持つようになったら気疲れして、「新入社員の頃の方がましだ」と思った経験はありませんか?

 あるいは、子どもの頃には「私が親ならもっと子どもにこうしてあげるのに」とか思っていたけれど、自分がいざ親になると、「子どもにはこちらの方が幸せ。親になるとわかるなあ」というように、まるでものの見方が変わっていることもありますよね。

 このように「立場が変わる」と「ものの見方」はかなり変わります。視点が変わることで、考え方の幅が広がります。そうして、これまで見えなかった物事の側面が見えてくることは、特に悪循環からの脱出を助けます。

 このコラムでは、仕事でミスばかりつづき、友人や恋人との関係もうまくいかず、「生きるのがつらい」と感じている架空の女性・リョウさん(30代前半・独り暮らし)をモデルに、大人のADHDの方が遭遇しがちな対人関係の悩みとの向き合い方を紹介しています。

 さて、前回リョウさんは、せっかくの自分の誕生日に、靴下を脱ぎ捨ててソファで眠りこけている彼の姿を見て、がくぜんとしたのでした。

 リョウさんはいわゆる「二番目の女」として、彼女のいる男性とずるずるつきあっています。正確にいうと、「たぶん他に彼女がいるに違いない」男性と、「おそらく」つきあっているというかんじでした。これまでリョウさんは彼の自宅に招かれたことがありません。クリスマスなどの大きなイベントに一緒にいたためしがないのです。会う頻度も月に2回ほどで、独身同士のカップルとしては少ない方でしょう。

 それでも、彼と納得いくまでつきあうことを選んだリョウさんは、ここ数カ月かなり努力して、彼との不平等な関係を見直し、自分の本音を言えるようになりました。それに合わせるように彼も、少しずつですがリョウさんのことを大切にしてくれるようになっていました。そしてはじめて、リョウさんの誕生日に、彼がリョウさんの家を訪れたのです。

 リョウさんは、彼が何かお祝いをしてくれるに違いない。なんならプロポーズがもらえるかもしれないと期待していました。しかし、その期待はことごとく裏切られました。

 彼は、誕生日ケーキも花束もプレゼントももたず、手ぶらで来て、靴下を脱ぎ散らして、リョウさんの家のソファで寝ていたのです。リョウさんは、自分の中で何かが崩れていくのを感じました。彼との温度差を、まざまざと見せつけられたかんじでした。

 リョウ 「これはもう目をそらすわけにはいかない」

 彼との関係が前よりよくなってきたとはいえ、彼がリョウさんと同じくらいの熱量でリョウさんのことを愛してくれるとか、リョウさんが手放しで喜べるような、リョウさんが本当に求める関係になるには、あと100年くらいかかりそうでした。

 

 このコラムの読者の方には、彼をかばう方もいらっしゃるかもしれません。

 「彼だって仕事で疲れているのよ。靴下を脱いで寝ているだけで、大事にされていないなんて決めつけるのはかわいそうじゃない」

 リョウさんだって、かばいたくなりました。大好きな彼のことをこれまでのように、いろんなオブラートに包んで、自分が傷つかないように解釈して、好きなままいることもできたかもしれません。

 でもリョウさんは、あえてそれをしませんでした。もう十分過ぎる現実が目の前にあったからです。乱暴に脱ぎ捨てられた靴下を見ながら、リョウさんは決意しました。

 リョウ 「お別れの準備をしなくちゃ。今度こそ」

 リョウさんは、すぐに別れを告げたわけでもなく、自分から連絡をとる回数を減らしたわけでもありませんでしたが、彼の心の手綱を持つ手の力が、少し抜けたかんじでした。いえ、本当のところ、これまでも手綱などほとんどつかむことさえできていなかったのかもしれません。静かな絶望に近いものがありました。でも不思議と穏やかでもありました。

 

 1つの恋が終わらなければ、次の恋は舞い込んでこないものです。リョウさんは別れてこそいませんが、彼への気持ちはだんだん減っていっていました。

 リョウさんのそんな心を知ってか知らずか、翌週、新たな出会いがありました。取引先の新しい担当の男性でした。男性は、リョウさんの好みのタイプではありませんでしたが、リョウさんをとても気に入って、仕事の打ち合わせのランチのときには、リョウさんの個人的な連絡先を聞き出したほど積極的でした。

 久しぶりに求められ、追われる側になったリョウさんは、わくわくしました。

 これまで仕事を終えて帰宅した後には、孤独を紛らすためにお酒を飲んだり、ネットサーフィンを何時間もし続けたりしていたリョウさんですが、取引先の男性から熱心なメールが届くため、そのやりとりでずいぶん心が支えられました。

 一方で、こんな発見もありました。

 メールの着信音がなるたびに、リョウさんは「彼かな?」とまだ期待している自分にも気づいたのです。急いで携帯を確認すると、それは取引先の男性からのメールです。

 リョウ 「なーんだ」

 そう思いながら、返事を出します。またすぐに返事がくると、リョウさんは面倒になってきました。

 

写真・図版

 リョウ 「ほんとに欲しい相手からはメールがこない。・・・男性って好きな相手になら、このくらいの勢いでメールをするもんなんだなあ。彼にはこういうのがないよ。比較するとよくわかる。彼はやっぱり私のことそんなに好きじゃないんだな」

 取引先の男性とメールしながらも、リョウさんの頭の中は彼のことでいっぱいです。

 リョウ 「追いかけられる側ってこんなにも冷静で、こんなにめんどくさいかんじでメールを返信するのかな。彼も私からのメールをこんなふうに見てるのかな。つきあっているいろんな場面で、実は前からすごい温度差があったのかな。楽しかったのは私だけなのかな」

 リョウさんは、これまでの彼とのつきあいを、裏側から見ているかんじでした。

 リョウ 「なんだか、今までの私がかわいそう。滑稽なほど、ひとりで恋愛していたみたい」

 悲しくなってきました。取引先の彼のような男性から追いかけられながら結婚した方が女性は幸せなのでしょうか。リョウさんは、そんなふうに考えると、人生が灰色に思えます。そんなに好きでもない人と妥協しながら結婚していくことが、幸せというのでしょうか。それとも自分の追い求める幸せは幻なのでしょうか。

 リョウさんの悩みは余計に深まってしまいました。

 

<お知らせ> ネットでADHDのお悩みを相談できます

 このコラムの筆者の中島が、北九州市にある精神科クリニック「かなめクリニック」にて、今年3月からADHDのオンライン診療を担当することになりました。診断の有無にかかわらず、ADHDの症状でお困りの方を対象に、インターネットを用いて認知行動療法などのカウンセリングを行います。ご家族からの相談も受け付けます。みなさまのご相談をお待ちしております。

 ※要予約・有料で、自費診療となります。すでに医療機関にかかっていて、主治医や担当カウンセラーのいる方は、許可を得た上でお申し込みください。

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<アピタル:上手に悩むとラクになる・生きるのがつらい女性のADHD>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/nayamu/(アピタル・中島美鈴)

アピタル・中島美鈴

アピタル・中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。他に、福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。