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 胃がん検診を受けた経験はおありでしょうか? 日本では胃部エックス線検査または胃内視鏡検査のいずれかによる胃がん検診が推奨されています。胃部エックス線検査はバリウムと発泡剤を飲んでレントゲンを撮るもので、胃内視鏡検査は黒くて長い管を口に突っ込まれる「胃カメラ」です。どちらもそれなりの苦痛を伴います。

 ときに「血液検査でわからないんですか?」と聞かれます。採血で胃がんを早期発見できるのなら、げっぷを我慢しながら検査台の上でグルグル回る必要がなくなります。残念ながら、胃がん検診の代わりになる血液検査は今のところありません。腫瘍マーカーはありますが進行しないと上昇せず、早期発見には役立ちません。

 まだ実用レベルではなく研究段階ではありますが、血液あるいは尿からがんを診断する試みがなされています。しかも、胃がんだけでなく、一度に複数の種類のがんを診断できるとされています。血液中を循環しているがん細胞由来の核酸を検出したり、アミノ酸濃度のバランスを調べたり、変わったところでは線虫の走行性を利用するというものもあります。こうした検査法についてはときどき報道されますので聞いたことがある方も多いでしょう。

 こうした検査法を「リキッドバイオプシー」と呼びます。リキッドは液体のことで血液や尿といった体液を指し、バイオプシーとは生検(生体組織採取検査)といってがんが疑われる組織の一部を採取して検査することを言います。リキッドバイオプシーは、体をほとんど傷つけることなくがんを早期発見できる夢のような技術ですが、まだ実用的ではありません。

 「90%以上の精度」などと報道されるとすぐにでも臨床応用ができそうな気がしますが、そんなに簡単ではありません。たとえば、がんである人を正しくがんと診断できる確率(感度)が95%、がんでない人を正しくがんでないと診断できる確率(特異度)が95%の検査があったとしましょう。検査を受ける人の1%ががんだったとして、この検査で陽性の結果が出たときに本当にがんである確率はどれぐらいでしょうか? 医師国家試験では定番の問題です。

 1万人が検査を受けるとすると、このうち100人ががんです。がんの100人のうち95人が検査陽性、5人が検査陰性(偽陰性)になります。一方、がんではない9900人のうち、9405人が検査陰性、495人が検査陽性(偽陽性)です。検査で陽性になる人の合計は95+495=590人で、そのうち95÷590≒16%が本当にがんである確率です。

 本当にがんである16%の人たちは早期発見できてよかったとしましょう(細かいことを言えば早期発見によって予後が改善したかどうかは別の検証が必要なのですが)。しかし残りの84%の人たちはモヤモヤしますよ。体のどこかにがんがあるかもしれないわけです。胃内視鏡検査や大腸内視鏡検査はします。腹部エコーやCT検査も受けるでしょう。人によってはPET検査までするでしょう。それでもたぶん、何らかの不安が残り続けます。

 こういうモヤモヤする人をたくさん生み出してしまう検査は実用的ではありません。少なくとも医療費抑制にはまったく役に立ちません。ついでに言えば「90%以上の精度」などと報道されていても、進行したがんのみを対象にしており、検診を受けるような集団を対象にしたときに同様の精度であるかは未検証の場合もあります。

 自費診療でリキッドバイオプシーによるがん検診を提供している医療機関もありますが、私はお勧めしません。リキッドバイオプシーに限らず、自費診療では科学的根拠に乏しい検診が行われていることもあります。将来研究が進み、実用的なリキッドバイオプシー検査が使えるようになるまでは、公的に推奨されている検診を受けるほうが効率的です。

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アピタル・酒井健司

アピタル・酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。

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