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 身近な人のがんがわかったとき、どのように受け止め、どう対応したらいいのでしょう。患者本人も周囲もとまどう中、治療は始まり、続いていきます。家族らも大きなストレスを抱える中、支え合うにはどうすればいいのか。考えるヒントを探ります。

余計な心配、ほしくない

 朝日新聞デジタルのアンケートに寄せられた声の一部を紹介します。

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 ●「私は最低限の人にしか伝えない(聞いた人も困ると思い)を選択しましたが夫が自分の不安のためか親しい友人や親戚に話し、電話やメールで様子伺いのようなことがあり閉口しました。中には、奥さんのステージは4期だと思います!とか書いてくる人もいて驚かされました。やめて欲しいと何度か伝えましたが変わりませんでした。その時はつらい思いをしましたが夫婦や肉親でも自分とは別の人格と悟り精神的に強くなれたと思います。発病から5年、自分が信頼して伝えた人にはその都度負担にならない程度で連絡を取り合っています」(宮崎県・50代女性)

 ●「自分自身は、深刻に考えないようにして、色々な人に隠さず伝えました。ただ入院中は親友や会社の仲間たちの面会はなるべく断りました。余計な心配や心遣いをしてほしくないからです。うわさを聞きつけて色々な人が集まってくるのを避けたかったです。『大丈夫だよ。次は俺だからさ』って心配して元気づけようとしているんでしょうけど、何がわかる?って気分になります。あれが良いとか、化学療法は効かないとか……評論家も増えることには閉口しました」(神奈川県・50代男性)

 ●「今、夫が闘病中。一番怖かったのは、夫が絶望し無気力になったときです。残された生命をどのように生きるか、生きられるのか。生き方の選択の前に絶望との闘いがあります。私はそばにいることしかできません。手伝えることが何もないのはとてもつらいことです」(北海道・60代女性)

 ●「米国在住中に乳がんにかかり、治療を経て職場復帰しました。こちらでは、がんのカミングアウトはとてもオープンです。『あ、乳がん? 私の知ってる人はもう何年サバイバーよ』というように、『大丈夫?』ではなく『大丈夫よ!』と言ってくれたことがとても心強かったです。職場や近所の人も、『何か出来ることがあったら言ってね』ではなくて、『夜ごはん届けるから』『抗がん剤投与の日に車出すよ』というように半ば押しつけでサポートしてくれました。こちらから何してほしいなんてなかなか言えないものですよね」(海外・50代女性)

 ●「AYA世代です。私ががんに罹患(りかん)したとき、親に伝えたのは1週間後でした。それも電話で軽く。余計に母親を心配させてしまい、母親は病院にまで電話をかけたようです。もちろん病院は個人情報保護のため教えず、しばらく母は悶々(もんもん)とした日を過ごしたようです。だれに伝えるかだけでなく、どのように伝えるかも大切かもしれません」(神奈川県・40代男性)

 ●「友人ががんになり、それも妊娠が分かってすぐ子宮のがんでした。治療をしないと母体が危ないと、子は諦めるようにとの宣告を受けたそうです。がんだけでもショックを受けているうえに子もおろさなくてはならない事実に打ちのめされていました。彼女の夫からは優しい言葉もなく、『しょうがないだろ』とまるでクジに外れたみたいに軽く言われ、二重三重に苦しんでいました。どう声掛けをしていいのか悩みました。とにかく、猛烈にその夫に腹を立てることしかできませんでした。配偶者って何?」(神奈川県・40代女性)

家族も長丁場、普段通りに 埼玉医大国際医療センター教授・大西秀樹さん

 「精神腫瘍(しゅよう)医」の私が2007年に開設した「家族外来」には、患者さんの家族が来て、「どうやって看病すれば?」「どんな言葉をかけたらいいのか?」などの戸惑いを訴えます。私は「長丁場だから、普段通りでいきましょう」と言います。

 家族の形はさまざまです。夫婦2人ともがんで互いに支え合っていたり、がんの両親を娘1人で世話していたり。医師の中には「患者」ではなく、「患家(かんけ)」、つまり家族単位で診なさいという人もいます。闘病生活が安定しているケースで多くみられるのは、患者が家族に一方的に支えられるのではなく、家事や家業を手伝うなど、患者もできる範囲で誰かを助けている「双方向性」です。

 一方で、納得いく看病をできないまま患者が死を迎えた場合、家族が深い心の傷を負ってしまうこともあります。家族にも支えは必要です。では、どうすればいいのか。

 私たちの最近の調査では、遺族に対する周囲の声かけの8割が「有害」との結果が出ています。「時間が解決してくれる」「泣いてばかりいると天国の夫が悲しむ」という助言や、「がん家系なの?」など病気に関する詮索(せんさく)がこれに当たります。どう接していいかわからない時に、苦し紛れで口にしがちなフレーズですが、何より大切なのは「聴く」こと。「聴いてあげる」は上から目線なので違います。誠実な関心を示しながらそばにいる。苦悩に一緒に向き合うことを私自身も、心がけています。(聞き手・高橋美佐子)

「魔法の言葉」より素直さ

 漫画家の青鹿ユウさん(37)は昨年、がんになった夫に寄り添った経験を描いた「今日から第二の患者さん」(小学館)を出版しました。

 青鹿さんの夫(当時は婚約者)、漫画家の神崎裕也さん(41)は2012年12月に大腸がんと診断され、手術のために16日間入院。約半年間、抗がん剤治療を受けました。

 夫のがんを周囲に伝えると「あなたがしっかりしないと」と言われ、仕事を続けたいという夫が病室で作業できるように手伝っていると「休ませてあげなきゃ」と言われたそうです。青鹿さんは「夫にひどいことをしているのでは」「またダメ出しされるのでは」と思い、周囲に相談できなくなっていったそうです。

 真っ暗な部屋の中で独り、「家族」「がん」「つらい」とネットで検索するほど追い詰められた時期もあり、家族を支える本を作りたい、と看病の体験を漫画にしました。

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 発表後、読んだ人から「がんになった親や友人にどんな言葉をかけていいか分からない。傷つけずに励ますことができる『魔法の言葉』を教えて」と聞かれるそうです。青鹿さんは「魔法の言葉はありません。良いことを無理に言おうとせず、『なんと言っていいか分からない』と素直な気持ちを伝えると良いのでは」。

 夫の治療中、民間療法やサプリメントを勧める知人もいました。「試さないと患者と真剣に向き合っていないようで不安でした」と青鹿さん。食事にこだわる「療法」にはまっていた時期もあり「善意のアドバイスに振り回され、気づいたら夫のことを見ていなかった。夫に窮屈な思いをさせてしまった」。

 一方、神崎さんは当時をこう振り返ります。「患者本人には言わずに『これが効きそう』『家族ががんになってつらかった』と妻に言っている人がいて、妻はストレスがたまっていたようでした。でも、僕には吐き出すことができなかったんだろうなと思います」。家族は「第二の患者さん」。立場は違えども、大変な思いをし、家族も悩んでいたと後から改めて知ったそうです。

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 寝ても覚めても夫の病気のことを考える日々。アニメという青鹿さんと共通の趣味を持つ友人が、「新作映画を見に行こう」「DVDを一緒に見よう」と何度も誘ってくれたことが救いだったそうです。「趣味の話で盛り上がると、ほっとしました。日常を持ってきてくれたことがうれしかった」と青鹿さん。「腫れ物にさわるように遠ざかるのではなく、がんという非日常を日常として付き合っていけるよう、いつものままでいてもらえたらいいなと思います」

 治療は年単位で続きます。「家族も友人も、特別な関係性はどこかでバテてしまい、ずっとは続けられない」と青鹿さんは指摘します。生涯で2人に1人ががんになる時代。誰もが患者にも、第二の患者にもなり得ます。「もっと気軽に悩んでいるとか、これはやめてほしいと言えるようになってほしいですね」(月舘彩子)

 

<アピタル:オピニオン・メイン記事>

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