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 みなさんは世界で一番大きな学会、ASCO(American Society of Clinical Oncology:米国臨床腫瘍学会)という「がんの学会」があることをご存じですか?この学会の年次総会は、毎年6月の第1週に開催されており、アメリカ(約50%)を中心に、欧州、アジア・オセアニア、アフリカ大陸など世界から約4万人のがん医療関係者、患者が集い、臨床試験の結果などについて最新の研究発表を聞き、学びを深めています。日本からの参加者は全体の約5%。最近は中国からの参加者も増えています。今年の総会をリポートします。

・世界から約4万人の医療関係者が集う年次総会

・今年のテーマはLess is More

・コミュニケーションなど、治療以外のセッションも盛りだくさん

世界から約4万人の医療関係者が集うASCO

 年次総会のセッションは朝8時から夜6時までびっしり。約1900本ものポスター発表、約1500本もの口演が、約5日間にわたって発表されます。 

 この学会、参加者数、発表するセッション数が、あまりにも膨大な数のため、開催可能な交通利便性、部屋数を備えたコンベンションセンター、参加者が宿泊するためのホテルの部屋数を確保できる都市がアメリカでもシカゴしかなく、今は開催地が固定され、定例開催されています。

 この時期のシカゴのホテル予約は奪い合い。ホテル代は通常の2~3倍近くに高騰しています。そのため、日本から参加する場合、渡航費にホテル代、学会参加費など含めると20万~30万円程度がかかります。それだけの投資をしても得られる情報量、内容は大変多く、私も費用をコツコツためて参加をしています。

 学会には医療者だけではなく、私のような患者も「患者参加枠」を利用して参加することができます。この患者参加枠は、申請をすると医療者や企業参加者より参加費が約250ドルと安くなり、毎年200~300人ほどの患者が参加しています。

 演題はポスターを含めると3000本以上にもなりますので、日本の学会では発表されることが滅多にない希少がんのセッションにもASCOでは出会うことができます。最近では、治療に関することだけではなく、医療経済や、公衆衛生、途上国の医療課題、小児がんやAYA世代(15歳以上~40歳未満)、高齢者のがん患者を対象にしたセッションも増えており、対象領域が本当に広がっています。

最適化医療への挑戦

 今年の年次総会のテーマは「Less is More」。日本語では、<最適化治療への挑戦>といった意味合いになります。「Less is More」は「少ないことがよい」とか「少ないことが豊か」といった意味が込められています。最近注目されているキーワードですが、がん治療の中では「最適化医療への挑戦」という意味になります。なぜなら、過剰な医療をするよりも、副作用や治療にかかる時間の負担の軽減などしたほうが、その人がより暮らしやすくなる場合があるからです。最近のがん治療は、薬剤や技術、治療期間などの組み合わせが、どんどん複雑化してきています。治療にはメリットとデメリットがありますから、患者一人ひとりの生活の質(QOL)を考えて治療を最適化していくことが大切です。

 「Less is More」というテーマには、このような大会長の思いが込められており、治療期間を短縮化できないか?薬が良く効く対象者は誰かを見つける目印はあるか?どんな薬剤の組み合わせがベターなのか?などの視点から組まれた研究や解析技術も数多く発表されました。

 例えば、優秀演題の1題にあがった、ホルモン感受性陽性タイプの乳がん患者を対象とした、再発リスクの予測技術研究もその一つです。この試験では、遺伝子解析の結果、再発リスクが少ないと評価された特定の対象患者に対しては、化学療法の上乗せ効果が小さいので省略しても良いのではないかという提言でした。

 アメリカでは毎年、新たに25万人もの方が乳がんと診断されていますから、化学療法の省略化は医療経済にもとても大きな影響を与えます。当日の夜のテレビ番組などでもトップニュースで報道されました。

 開発中の薬の中には、効果は大変大きいものの、副作用が強すぎて今のままの状態では一般的には使えないという課題も発表されます。今後も改良され、どのような容量、タイミングで使っていくのかなどが継続して探索されていくものもありますし、中には開発が止まってしまうものもあります。薬の開発というのは本当に難しく、長い道のりを経て私たちの手元に届くのだという現実や、たくさんの患者の参加、研究者などの社会協働が必須ということも実感します。

 学会後に開かれた患者向けのセミナーで、ある医師は、「副作用管理の技量は治療医によるばらつきが大きいので医療者への教育が今後は必要になってくる。そして、患者も自己を観察し、医療者へ伝える知恵や手段を持つべきである」というコメントをされていました。患者の利益と害をしっかり検証していくことが大切です。

治療以外のセッションも盛りだくさん

 セッションは、治療に関することばかりではありません。副作用管理や医療経済、患者とのコミュニケーションに関するテーマや遺族ケア、小児やAYA世代、高齢者に対する治療や支援の在り方に関するセッションもありました。家族性腫瘍や、妊娠や出産することのできる力である妊孕性(にんようせい)など、最近のがん医療のトピックもあります。

 目に見えて増えたなと思ったのは、以前、この連載でも紹介したAYA世代のがん患者に対する治療や、治療後の中長期的なフォローアップの必要性に関するセッションです。

 (参考記事=その後の人生に影響するAYA世代のがん経験者の就労問題 https://www.asahi.com/articles/SDI201703070755.html

 今まで見逃されていた世代の課題ですから、こうして世界的にも注目され、治療成績の改善率が向上していくのは大変喜ばしいことだと思いました。

 いくつか参加をしたAYA世代のがんに関するセッションやポスター発表は、総じて「社会心理的な支援が必要」というまとめに終始してしまうものが散見されましたが、最終日の「治療と認知機能」というセッションは、薬物療法を用いた治療後に患者が遭遇する認知機能の低下(ケモブレイン)について、科学的な原因究明へのアプローチがされていました。

 認知機能の低下がもたらす就学や就労への影響は大変重要な視点ですから、課題だけではなく、解決策も含めての研究が求められます。

 そのセッションでは、アメリカのがん専門病院の脳外科の医師による発表もありました。治療後の社会生活も考慮しながらの治療方法の検討がなされており、「ただ命を救えばよい」という時代から、治療後のQOLを考慮した治療選択ができる時代へと医療が進化してきたことを痛感しました。

 「Less is More」というテーマは、これからのがん医療を考える上で今後も重要なテーマになる、そう感じた5日間でした。

<アピタル:がん、そして働く>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/cancer/

(アピタル・桜井なおみ)

アピタル・桜井なおみ

アピタル・桜井なおみ(さくらい・なおみ) 一般社団法人CSRプロジェクト代表理事

東京生まれ。大学で都市計画を学んだ後、卒業後はコンサルティング会社にて、まちづくりや環境学習などに従事。2004年、30代で乳がん罹患後は、働き盛りで罹患した自らのがん経験や社会経験を活かし、小児がん経験者を含めた患者・家族の支援活動を開始、現在に至る。社会福祉士、技術士(建設部門)、産業カウンセラー。