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 1年間で最も山がにぎわう、本格的な夏山シーズンを迎えました。街中と違って登山中は、山小屋の診療所を除いて近くに病院などの医療施設はありません。安全登山のため、夏山で起きやすい病気やけがについて、入山前に理解しておく必要があります。今回は、国際山岳医の千島康稔さん(56)に、夏山登山での病気やけがの予防や対処法について説明してもらいました。

 千島さんは15年前から、雪山や沢登りを含めた本格的な登山を始めました。2011年、日本登山医学会が立ち上げた認定山岳医制度の第1期生として、国際山岳医の資格を得ました。国際山岳医は、各国の登山医学会が講習や検定を行い、登山者の健康相談や山岳救助活動も取り組みます。また千島さんは、日本山岳ガイド協会のガイド資格も取得。安全登山の講演会などの講師を務め、「山のお医者さん」として知られています。

 千島さんは、「山では、街中と医療環境が大きく違うので、病気やけがの早期発見、早期対応が必要です」と力説します。けがや病気で動けなくなれば、ヘリコプターを使うなどしないと、街中の病院への搬送は困難となります。また、携帯電話の不通エリアでは、通信手段も確保出来ません。医薬品も薬局がないため、持参していかなければなりません。登山では、自身の体調管理も自己責任となります。

 夏山登山で最も注意しなければならないのは、熱中症です。登山のように、かなり体力を使うスポーツでは、体が産生する熱量と体外に出ていく熱量のバランスが崩れて、正常な体温を維持できなくなった状態になることがあります。つまり、汗をかいても身体の冷却機能が間に合わなくなり、異常な体温上昇をきたして、様々な症状が出て、登山が継続できなくなるのです。

 熱中症の症状は3段階に分かれます。最初の段階の「Ⅰ度」は、「手足がしびれる」「フラフラする。立ちくらみがある。気持ちが悪い」。続いて「Ⅱ度」は、「頭痛がする」「吐き気がある。吐く」「体がだるい。ボーッとする」。最も重症の「Ⅲ度」は、「話しかけると返事がおかしい。まっすぐ歩けない」「全身がけいれんする」などです。Ⅲ度だと、命にかかわる状況なので、すぐに病院に搬送する必要があります。登山中の医療環境や搬送の困難さを考えると、Ⅰ度、Ⅱ度でも早めにしっかり対応しないと命にかかわります。

 千島さんは、熱中症の予防対策の重要性を説きます。標高2千メートルを超す北アルプスなどの高峰でも、日差しは厳しく、無風に近いと、体感的にはかなりの高温となります。入山前に、暑さに体を慣らしておく必要があります。また、行動中は積極的に水分を摂取してください。

 必要水分量の目安は、次の計算式で割り出せます。この計算式は、鹿屋体大の山本正嘉教授(運動生理学)が提唱したものです。

 必要水分量=体重×行動時間×5ミリリットル(暑さが厳しい場合は、この係数を6~7に増加)。例えば、体重60キロの人が7時間行動した場合は、2100ミリリットル。この7~8割以上を行動中に飲みます。2リットルのペットボトル分の水分が必要です。できれば、スポーツドリンクのような電解質を含む飲料を薦めています。

 登山中にⅠ~Ⅲ度の熱中症の症状が見られた場合は、すぐに行動を中止して、涼しい場所に移動して衣服を緩めます。安静にして十分に水分を摂取。ここまでやっても、意識がもうろうとしていたり、自分で水が飲めなかったりしたりだと、救助を要請しなければならない状況といえます。

 千島さんは、熱中症になった場合の対応グッズとして「三種の神器」を挙げます。三つは①折りたたみ式の傘②うちわ③コールドスプレー―です。傘は、森林限界を超えた場所でも、直射日光を避けるため、手軽に日陰を作ることができます。うちわは、無風状態でも風を起こします。コールドスプレーは、ぬれたタオルに吹きかけ冷たいおしぼりを作ることができ、肌に当てれば、体温を下げる効果があります。いずれも、コンパクトでザックに入れてもかさばらないので、夏山の登山用具に加えてください。

 夏山登山では、転倒や滑落などでのけがのほか、ねんざや骨折の危険もあります。この場合、病院で行うちゃんとした治療ではなく、あくまでも山小屋や登山口など、安全な場所に退避できる簡易固定を覚えておくのも大切です。ザックに入るグッズで、素早く簡単に行える応急処置です。

 ねんざや骨折などでも、擦り傷や切り傷が伴う場合が多くあります。簡易治療でも、消毒のために洗浄が必要です。水筒の水でも構わないので、傷口を十分に洗って下さい。少ない水で勢いよく洗うには、ペットボトルのキャップに穴を開けて使います。千島さんは「この方法は、居酒屋にポン酢のキャップに穴があいていたのを見て思いついた」と教えてくれました。

 また、足首のねんざや手首の骨折では、新聞紙が威力を発揮します。簡易固定に必要なのは、新聞紙と弾性包帯の二つです。

 まず、新聞紙を細長く折ります。足首のねんざでは、両側のくるぶしを通るように新聞紙を当てます。この後、弾性包帯をくるぶしの上から巻き始めると、新聞紙の固定がよくなります。

 手首の骨折では、細く折った新聞紙を二つ用意します。まず腕から手のひらを下側から包み込むようにして覆います。2カ所で、位置をずらしてテープで仮止めします。この後、もう一つの新聞紙でひじから包み込むように覆います。弾性包帯を手先から順に巻いていきます。巻き終わった後、注意しなけばならないことは、30分~1時間に1度は、指先の色と感覚のチェックです。指先が赤紫色になってきたり、しびれてきたりした場合は、包帯を1度緩めて巻き直して下さい。

 夏山では、このほか、高山病や低体温症、ハチなどの虫刺されなど様々な危険が潜んでいます。いずれにしても、単独登山は避けた方がベストです。仲間がいないと、1人では対応できないケースもあるからです。

 千島さんが紹介する対処方は、あくまでも山小屋や登山口など安全な場所への、緊急避難のための最良の方法です。安全登山の心構えとして、熱中症対策の「三種の神器」などや骨折・ねんざ対策の新聞紙を登山用具に加えて入山して下さい。

<アピタル:近藤幸夫の山へ行こう・健康と安全>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/climb/(近藤幸夫)

近藤幸夫

近藤幸夫(こんどう・ゆきお) 朝日新聞山岳専門記者

1959年。岐阜市生まれ。信州大学農学部卒。86年、朝日新聞入社。初任地の富山支局で、北アルプスを中心に山岳取材をスタート。88年から運動部(現スポーツ部)に配属され、南極や北極、ヒマラヤで海外取材を多数経験。2012年から日本登山医学会の認定山岳医講習会の講師を務める。現松本支局長兼山岳専門記者。