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 このコラムでは、仕事でミスばかりつづき、友人や恋人との関係もうまくいかず、「生きるのがつらい」と感じている架空の女性・リョウさん(30代前半・独り暮らし)のお話を続けています。

 前回リョウさんは、他にも女性の影があってあまり自分を大事にしてくれない男性とつきあっていることについて女友達に相談しました。すると、リョウさんのどっちつかずの態度に女友達はイライラしてしまい後味の悪い結果に。そして、リョウさん自身も、この一件から、自分が白黒はっきりさせたいほど、この恋愛に消耗していることを悟ったのでした。

 それほど恋愛に疲れながらも、失敗続きで自尊心の低いリョウさんは、ずるずるとここまできたのです。イライラしてしまった友人の感じていた怒りは、本来ならば、リョウさんがもつべき怒りでした。恋人に対して、「もっと私を大事にしてよ」と怒るべき場面で、リョウさんは「私は欠陥人間なんだから、粗末に扱われて当然だ」と思っていたのです。そんなリョウさんの代わりに怒ってくれた女友達こそ、リョウさんのことを大事にしてくれている人なのでしょう。そして、リョウさんも同じように、自分を大事にできるようになると、もっと幸せになれるのでしょう。

 そんなある日、あるハプニングが起こりました。

 リョウさんは彼と夏休みに旅行にいくことになりました。リョウさんは初めてふたりで旅行にいくことがうれしくてたまらず、ありとあらゆる観光コースや宿泊先を調べ上げました。彼が喜んでくれるにはどんなところへ行けばいいだろう、どんな料理が好みかな?和室が好きかな、洋室かな。無数に広がる選択肢に頭を悩ませながら、ネットで情報を集めました。彼に好みを聞いたり、いろんなコースを提案するものの、彼は「なんでもいい」としか言いませんでした。

 旅行当日、宿泊先に到着したときに彼がぼそっとこんなことを口にしました。

 彼 「え、ここ?」

 たしかにリョウさんも、ネットで見た写真より旅館が古く「ちょっと違うのでは?」と感じていたのは事実です。昔のリョウさんなら、「ごめんね、私がこんなところ予約したから」とあやまってしまっていたところですが、その日のリョウさんはちょっと違いました。なんにも企画しなかった彼が露骨に不快感を出すのは違うだろうと思えたのです。

 リョウ 「え、ここだけど」

 リョウさんが彼の立場なら、これだけ旅行の企画をまかせた相手に対して、絶対に文句などいいません。喜ぶのがマナーだと思うのです。こうして、最近のリョウさんは、立場を替えて物事を見る癖がついていました。そうすることで、自己犠牲を繰り返すことを防ごうとしていたのです。

 でも今日はそれ以上のことが口をついて出てきました。

 リョウ 「あ、いやなら帰る?」

 

 自分でもびっくりしたリョウさん。少しずつですが、リョウさんの中に、「この関係を続けていても、自分の望む関係にはならない。変えていかなければ」という考えが根付いてきていたようです。

 ポンと飛び出した言葉。自分のどこにそんな強気な自分がいたのでしょう。

 でもそのあともっと驚いた結果になりました。

 彼 「(笑)!ごめんって!」

 彼はこれまでにない笑顔でした。それが転機となり、リョウさんは、まるで兄妹のように、彼に本音をぶつけられるようになりました。これまでは、自分の気持ちを我慢して、気に入られようと振る舞ってきました。その方が、彼の心をつなぎとめられると思ったのです。しかし、本音をぶつけたリョウさんに対して、彼はこう言ったのです。

 彼 「正直これまで、おまえが何考えてるかわかんなかった。だからそのくらい言ってくれた方がつきあいやすい」

 リョウさんには何をしても怒らないというイメージがあったそうです。だから、すごく甘えてしまっていた。悪いなあと思いながらも、どうせ許してくれるか、リョウだから、と思っていたというのです。出張先に呼びつけたり、誕生日に靴下を脱ぎ捨てて眠りこけたり……。自分では悪いとわかりながらも、どこまでやったら怒るんだろうと、試すような気持ちにもなっていたのだといいます。

 ここまでやったら、さすがのリョウも怒るんだとか、こういうことして欲しいんだというのがわかると、安心してつきあえるというのです。

 リョウさんも、今は彼の気持ちがわかる気がしました。何を考えているかわからない、ポーカーフェースの女友達より、多少ぶつかってでも本音を言ってくれる女友達の方がつきあいやすいからです。彼からみると、リョウさんこそ、どんなにひどい扱いをしてもポーカーフェースのつかみどころのない女性だったのかもしれません。

 リョウさんは初めて彼の心がここにあることを感じました。

 やっと自分をみてくれたような確信がありました。

 

 恋愛のうまくいかない時期には、なにもかも複雑なパズルのように感じるものですが、今のリョウさんには、どうして今まで気づかなかったのだろうと思えるほど、恋愛は単純ではっきりしたもののように思えました。

 リョウさんはずっと、彼の「二番目の女」としてつきあっていました。それでも、つきあい始めた当初は楽しくて、冗談も言い合える仲だったのです。ところが、彼の心がいつもここにないように感じてからは、もう出口の見えない迷路にはまったような気がして、ずっと疑心暗鬼になっていました。本音を言えず、傷つくのが怖くていつもグレーにしてごまかしていました。そして、気付けばあまり笑えなくなっていました。

 そんなリョウさんの態度に呼応するように、彼もいつしか本音を言わなくなっていました。これだけ雑なつき合い方をして、もうリョウさんがずいぶん怒りや不安などを溜め込んでいるかもしれないことに、薄々気づきながらも、さわらぬよう無難に振る舞って、向き合うことを避けていました。

 このように、対人関係は双方向で影響し合います。もうこうなると、どちらが先に不自然になったのかよくわからなくなります。自分が人との関係で感じている感覚って、どこまでが自分が招いたもので、どこからが相手の態度によるものなのでしょう。リョウさんの場合には、本音をいうことをお互いに避けていました。だからこそ、誤解し合って、緊張した関係になっていたようです。

 

 彼の「一番目の女」はどうなったのでしょう。リョウさんは、彼にそのことを確かめたことはありませんが、リョウさんが本音をぶつけるようになってからは、明らかに彼の態度はリラックスして、リョウさんに愛情を向けていることがわかるようになりました。もしかしたら、こっそり別れたのかもしれません。もしかしたら、はじめからリョウさんの思い込みだったのかもしれません。でも確実にいえることは、それ以降の彼の心は確実にリョウさんに向くようになったということです。そしていつの間にかリョウさんは、他の女性の影を意識することがなくなっていました。

 

 リョウさんの打開策は、荒業ではありましたが、功を奏したようです。勇気のいる行動でしたが、二人の関係に風穴を開けたことは間違いありません。人間関係で行き詰まったときには、避けている側面に思い切って向き合うのが解決への近道になることもあります。

 さて、彼との関係にようやく安心感を持てるようになったリョウさん。でも、彼が突然心を開いて優しくなったことに、違和感を抱いた読者もいらっしゃるでしょう。リョウさんはこのまま幸せになれるのでしょうか。このお話は次回に続きます。

 

<お知らせ> ネットでさまざまなお悩みを相談できます

 このコラムの筆者の中島が、北九州市にある精神科クリニック「かなめクリニック」にて、今年3月からオンライン診療を担当しています。診断の有無にかかわらず、インターネットを用いて認知行動療法などのカウンセリングを行います。ご相談内容は、ADHDに限らず、気分が落ち込んで引きずってしまう、不安でたまらない、食べ過ぎや飲み過ぎ、薬に依存してしまう、性犯罪に関するものでも幅広くお引き受けします。ご家族からの相談も受け付けます。みなさまのご相談をお待ちしております。

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<アピタル:上手に悩むとラクになる・生きるのがつらい女性のADHD>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/nayamu/(アピタル・中島美鈴)

アピタル・中島美鈴

アピタル・中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。他に、福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。