[PR]

 夏の間、標準時を1~2時間早めるサマータイムの導入を政府が検討するという報道がありました。なんでも、オリンピックでの酷暑対策が目的の一つで、たとえばマラソンの開始時間が午前7時であるのが、サマータイム導入で実質午前5時になって涼しいうちに競技を終えることが見込めるのだそうです。

 だったら別に日本全国を巻き込まなくても、「マラソンは午前5時からスタート」と決めてしまえばいいような気がします。午前5時だと公共交通機関が動いていないのが問題のようですが、オリンピックの間だけ、臨時電車やバスを動かすというのはどうでしょうか。それはそれでたいへんでしょうが、サマータイム導入のほうがもっとずっとたいへんでしょう。

 サマータイムは省エネや夜の余暇時間増加による経済効果も期待できるとされています。一方でそれは疑わしいという議論もあります。その辺は私は専門外なのでわかりません。ただしサマータイムには健康への影響があるという話もあって、これは医学に関連があります。日本睡眠学会が2012年に発行した「サマータイム―健康に与える影響―」によれば、サマータイムは生体リズムや睡眠の質・量を通じて健康障害を与える可能性があります。強制的に睡眠時間をずらすのですから体に悪影響があっても不思議ではありません。

 悪影響は、単に「昼間眠くなる」とかに限らず、心筋梗塞(こうそく)のリスクが上がるのだそうです。私も自分で論文を調べてみましたが、確かに、サマータイム("Daylight Saving Time")と心筋梗塞の発症の関連を示した 報告が複数あります。2012年以降もサマータイムが心筋梗塞の発症リスクを増やすことを示す研究が発表されています。クロアチアでは3月の最後の日曜日からはじまって、10月の最後の日曜日で終わるのですが、2412人の急性心筋梗塞患者を解析した結果、3月のサマータイム開始後の最初の平日の4日間では心筋梗塞の発症が1.29倍に、10月のサマータイム終了後では1.44倍になることが示されました。

 他の研究でも、特に春のサマータイム開始時には同様の傾向があり、サマータイムで睡眠時間がずれることで、数日間は心筋梗塞の発症が何割かは増えると言っていいと思います。1年間のうちリスクが高くなるのはほんの数日間で、相対リスクも何倍とかではなく何割増しぐらいなので、個人のリスクとしては大きくはありません。しかし、制度としてサマータイムを導入するとほぼ全国民が影響を受け、分母が大きくなるぶんだけ影響も大きいと言えます。しかも、他国の研究は1時間ずらした影響を見てますので、もし2時間ずらすとなると悪影響も大きくなるでしょう。

 サマータイム導入となれば、日本全国が影響を受けます。「私は嫌だから参加しません」ということが通じません。早寝早起きが良いと思う人は自分で早く起きればいいのです。サマータイム導入はまだ検討段階で決定ではありません。社会的、経済的な影響に加え、医学的な影響も考慮に入れて検討していただくことを望みます。

 ※参考「日本睡眠学会, サマータイム―健康に与える影響―」(http://www.jssr.jp/data/pdf/summertime_20120315.pdf別ウインドウで開きます

《酒井健司さんの連載が本になりました》

これまでの連載から80回分を収録「医心電信―よりよい医師患者関係のために」(医学と看護社、2138円)。https://goo.gl/WkBx2i別ウインドウで開きます

<アピタル:内科医・酒井健司の医心電信・その他>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/sakai/(アピタル・酒井健司)

アピタル・酒井健司

アピタル・酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。