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 長野県では、中学を中心に多くの学校で集団登山が行われています。大町岳陽高校(長野県大町市)は、全国の高校でも珍しい全校登山を実施しています。猛暑の今夏、標高の高い北アルプスでも、熱中症にかかる恐れがあります。生徒たちを引率する学校登山では、安全対策は欠かせません。7月26、27日の2日間、北アルプスの燕岳(2763メートル)に挑んだ生徒たちに同行し、集団登山を体験してみました。

 大町岳陽高校の全校登山は、前身の大町南高校が昭和23(1948)年に第1回を実施して以降、毎夏、全校挙げて取り組んでいます。今夏も、燕岳や唐松岳、鹿島槍ケ岳など北アルプスの8コースに分かれ、1、2年生は全員、3年生は希望者で計約430人が参加しました。

 燕岳コースは生徒91人、教師7人、OB5人の計103人が参加しました。8コースの中では、中級といえるコースです。26日午前9時過ぎ、男女が19班に分かれ、登山口の中房温泉から出発。登山ルートは「北アルプス三大急登」と呼ばれる合戦尾根です。

 合戦尾根は、中腹まで急傾斜の登山道ですが、途中、第1ベンチ、第2ベンチ、第3ベンチ、富士見ベンチといった休憩ポイントが設けられています。尾根上の平坦地に木製のベンチが設置され、登山者は30~1時間ごとに休憩を取って体調を整えながら、稜線を目指しました。

 この日は、快晴で風もほとんどなく、樹林帯の登山ルートを登ると、汗がしたたり落ちます。私は、非常に汗かきで、ザックに収納して吸引チューブから水が飲める水筒(ハイドレーション)に1キロの氷と1リットルのお茶を入れ、凍らせたスポーツドリンクのペットボトル(500ml)1本を持っていきました。暑さのため、歩行中も水分補給を続けたところ、標高約2400メートルの合戦小屋の手前で、お茶もスポーツドリンクも、ほとんどなくなりました。

水分足りず、足がつり始める

 体調の変化を感じたのは、水分補給が出来なくなってからです。太ももからひざにかけての筋肉がつり始め、足が上がらなくなりました。「いけない、熱中症だ!」。前回、「夏山での熱中症予防」で紹介しましたが、熱中症の症状として、「Ⅰ度」では「手足がしびれる。手足がつる」があります。対策としては、「運動を中止する」「涼しい場所に移動して衣服を緩める」となっています。

 合戦小屋に行けば、ペットボトルなどを売っています。小屋までは生徒たちについていけそうにありませんが、ゆっくり登って行きました。合戦小屋では、名物のスイカを食べ、ペットボトルのお茶2本を買いました。合戦小屋から上部は低木が茂る亜高山帯になり、稜線に続きます。お茶を飲んでも、足のつりは改善せず、休み休みのペースで登り続けました。

 下山後、前回登場した国際山岳医の千島康稔さんに相談したところ、「合戦小屋では、お茶でなくスポーツドリンクを買うべきでしたね。脱水症では、水分だけでなく、体内から塩分なども排出されるので、電解質を含むスポーツドリンクを買うべきでした」とアドバイスされました。

 今回の失敗は、水分量の計算を誤ったことでした。私のハイドレーションは4リットル分の水が入ります。「行動中は、冷たいお茶を飲みたい」と考え、コンビニで市販されている砕いた氷1キロを入れ、お茶1リットルを入れました。途中で氷が溶け、計2リットルの水分を補給できると考えました。しかし、ハイドレーションは保温性が高く、ほとんど氷が溶けなかったようで結局、ハイドレーションからの水分補給は1リットル強だったと思われます。また、第1ベンチから合戦小屋まで水場がなく、水の補給が出来ませんでした。ハイドレーションは、ザックの中に収容でき、吸引チューブがあるので、行動中もザックを背負ったまま、給水できます。脱水症状を防ぐ点でも熱中症対策にうってつけの登山用具です。しかし、使い方を誤ると、その効力を発揮できないことがわかりました。

安全対策実り、生徒全員が山頂へ

 一方、生徒たちは順調に登山を続けました。今夏、長野県内は猛暑に見舞われ、登山中に熱中症にかかる危険が予想されました。全校登山の中止も検討されたそうです。学校側は安全対策として、事前のトレーニングで猛暑になる前の5月、6月の体育の授業での長距離走(1回約3キロ)を数回や、登山前日から水分補給を心掛けるなどして臨みました。また、登山中は、休憩以外でもこまめに水分補給や行動食のアメを食べるなどの対策を取りました。水や行動食は、ザックの中であらかじめ取り出しやすい場所に収納し、早めに摂取するよう事前に指示していました。こうした対策のおかげで、炎天下にもかかわらず、燕岳ルートでは1人の脱落者もなく、生徒91人全員が無事に登頂を果たしました。

 10班のリーダーで陸上部の2年生、塩島和弥さん(17)は「中学1年の学校登山は悪天のため、燕岳山頂まで行けませんでしたが、今回は快晴になり、リベンジできました」と笑顔。11班のリーダーでバレー部の2年、徳永有羽さん(16)は「燕岳山頂からの景色は素晴らしかった」と感動していました。

 燕岳は学校登山の人気コースとして有名です。生徒たちが宿泊した燕山荘のオーナーの赤沼健至さん(67)によると、最盛期の1960年代後半から80年代前半は、1シーズンで6千~7千人の中学校の集団登山があったそうです。しかし、現在は500人程度と激減。こんな事情もあり、大町岳陽高校の全校登山について、赤沼さんは「感性豊かな高校生たちが、自然と触れ合う全校登山を続けているのは素晴らしいこと」と喜んでいました。

 大町岳陽高校の全校登山の目的は、①「郷土の山を知ること」②「困苦・欠乏に耐えて克己心の涵養」③「共同生活の体験」です。燕岳コースの隊長を務めた山本丈治教諭(51)は、「生徒たちは、互いに励まし合って厳しい登りを克服し、全員で頂上を踏むことができた」と学校登山の成果を語ってくれました。

減る集団登山、手軽な山が人気

 長野県山岳総合センター(長野県大町市)によると、かつては長野県内のほぼ全ての中学校でも集団登山が実施されていました。しかし、その割合は75%まで減っています。2011年度前後に90%を割り込み、その後は毎年減り続けています。

 長野県の山岳関係者によると、学校登山が減少した理由として、「遭難など事故の際、学校側に責任問題が発生する」「引率教師の負担が大きい」などを挙げています。

 また、山域も大きく変化しています。燕岳は1992年調査で31校もありましたが、急な登りが長時間続くことなどが敬遠されて激減。逆に92年調査で1校だった北アルプスの唐松岳(2696メートル)は、八方尾根のゴンドラやリフトが利用できる手軽さが受けて急増しています。標高2700メートルまでバスで行ける乗鞍岳(3026メートル)も年々増えています。

 同センターの企画担当で長野県山岳協会普及指導部ジュニア委員長も務める傘木靖さんは「体力のある子も、ない子も、みんなで行ける登山に変更する方が、学校登山をやめてしまうより絶対にいい。1度やめてしまうと、復活は難しいから」と言います。

 子供たちが、集団で困難に挑む学校登山は、大人になっても一生の思い出として残ると思います。今後も、大町岳陽高校は、全校登山を続けてほしいと願っています。

<アピタル:近藤幸夫の山へ行こう・健康と安全>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/climb/(近藤幸夫)

近藤幸夫

近藤幸夫(こんどう・ゆきお) 朝日新聞山岳専門記者

1959年。岐阜市生まれ。信州大学農学部卒。86年、朝日新聞入社。初任地の富山支局で、北アルプスを中心に山岳取材をスタート。88年から運動部(現スポーツ部)に配属され、南極や北極、ヒマラヤで海外取材を多数経験。2012年から日本登山医学会の認定山岳医講習会の講師を務める。現松本支局長兼山岳専門記者。