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電動車いすユーザーの自動車選び(下)

 福祉車両と言えば、足腰が悪くなったおじいちゃん・おばあちゃんのためというシチュエーションを連想しがちです。自立した障害者を思い浮かべる人は少ないのではないでしょうか。私は電動車いすユーザーですが、自分で運転をして、自分で車いすを積んで、ひとりで外出をすることができます。このことによって、行動範囲はぐんと広がりました。「電動車いすユーザーが運転・積み込みをひとりで行える自動車」にたどり着くまでをまとめる後編です。今回は難航した車載装置造りの一連から見えてきた問題点をまとめます。

製作スタート、しかし暗雲・・・。

 2017年8月、福祉車両の架装会社が車載装置の製作にとりかかりました。車いすを自動車に積み降ろすための装置はさまざまありますが、既製品では私のニーズを満たせず、オリジナルを造ることになったのです。製作にあたって、外せない要件は改めて、次の三つです。

1.重さ35キログラムの電動車いすを開いたまま収納できること

2.運転席のリクライニング機能を妨げないもの(適宜、腰を休めるために必要)

3.すべての操作をひとりで行える仕様に限る

 これらを踏まえたうえで構想としては、ホンダ・オデッセイの1列目と2列目の間に、運転席側から助手席側へ引き込んで収納するような形をイメージしています。製作に要する期間は1カ月、9月中には完成する予定でした。

 けれども、完成の知らせが来る気配もなく、時間だけが過ぎていきました。結局のところは技術不足でお手上げ状態となり、放棄されたのが12月上旬のことです。もちろん、黙って待っていたわけではありません。やりとりを重ねる中で、完成が危ぶまれる時期がありました。しかし、今まで使っていた車載装置のときと同様、既製品以外は受けられないとどこも断られた末に行き着いたのが今回の架装会社なのです。この人に頑張ってもらわないと後がない、そんな状況でもありました。

 ただ、すでに2カ月も超過しています。時間的ロスを最小限に抑えるためには、ダメだったときに備えて「次のめど」を立てておく必要があります。福祉から離れた視点で、造ってくれそうなところを探しはじめました。そこで目をつけたのが、リフトやアームなどと関わりの深い「特殊車両」です。その技術を応用すれば、車いすを収納する車載装置も実現可能なのではないかと考えました。大手トラック会社や特装車の販売・整備会社などのツテも借りながら、町工場から大手企業まで、いくつかの会社に相談を持ちかけていきますが、なかなか良い返事は得られません。

 唯一、国内有数の特殊車両会社が話を聞いてくれることになりましたが、実際のところは既成パーツを組み合わせるのが主でゼロから造る技術は持ち合わせていないということでした。すがる思いで一時は断られた福祉系大手にも再度アプローチしてみたけれど、「ウチもこの手の製品造りには苦労している。今、着手している業者が完成させるのを待つのが一番早い」と言われてしまいました。そして、困り果て、読者の皆様のお力添えをいただきたいと情報を求む記事を掲載したのが、昨年の12月というわけです。

救いの手・・・。

 最終的には、半導体製造装置などを製作している会社が引き受けてくれました。福祉車両とは無縁の、まったくの異業種です。はじめてのことで引き受けるのも勇気のいる決断だったのではないかと思うと、感謝してもしきれません。全体の構想は当初と変わらず、1列目と2列目の間に収納するイメージです。工期は、約2カ月。2月から図面を描きはじめて、3月から製作に入り、予定通り4月はじめに完成しました。

 今回の車載装置を造るうえでポイントとなる箇所は、二つありました。一つめは、「運転席のリクライニング機能を損なわない仕様」にしなければならないという点です。腰が悪いため、適宜、骨盤から負荷を逃がせるよう、座席が倒せるというのは必須機能でした。車いすを助手席側まで目いっぱい引き込んだ位置に収納するためには、車載装置のアームなどを車いすの後輪間で背もたれと左ドア間15センチメートルほどの狭い空間に収まるよう設計する必要があります。これによって、車載装置の構造にいろいろと縛りが出てくることになりました。

 それが影響してくるのが、「車いすの向きを自分で変えられない」という二つ目のポイントです。自動車に乗り込むシーンを想像してみてください。まず、車いすに乗った状態で運転席に横付けします。身体だけ運転席へ移乗し、空になった車いすを車内に引き込むわけですが、このとき、運転席側から助手席側へまっすぐ引き込むことは比較的簡単らしいのです。しかし、そのためには、車両に対して平行にある車いすを約90度回転し垂直方向へ向け直す必要があります。この動作を私が手動で行えれば何てことないのですが、駐車するのは必ずしも平地とは限らないし傾斜がないとも限りません。35キロもある電動車いすの向きを座ったまま片手で変えることは、私には出来ませんでした。

 解消する手段としては、首振り機構を付けるなど車載装置側に工夫を施す方法と車いす側に対策を講じる方法の2通りが考えられます。しかしながら、前者の場合、かさばる構造となるため「助手席側まで引き込める構造」とは両立し得ませんでした。よって、首振り機構は断念し、車いすに向きを変える工夫を施すことになったのです。

 このとき、車いすが手動ではなく電動だったことが功を奏しました。もともと電動車いすには動力が搭載されているので、遠隔操作ができれば手っ取り早いというわけです。本当ならブルートゥースでスマホや自動車とつないで無線遠隔操作ができれば理想だったのですが、無線化は断念せざるを得ませんでした。電動車いすの電気信号がブルートゥース化に適した速度ではないらしく、回路図を入手できないかと動いてはみたけれど、やはり機密情報と明かしてはくれません。無線がダメなら有線ということで、ジョイスティックのコードを長~くすること最大約3メートル、これで無事に有線での遠隔操作が可能になりました。

 完成したところを見ると、左ドアと車載装置の隙間は1センチもないし、車いすの端と運転席リクライニング時の間隔も2、3ミリと、数分の狂いも許されないシビアな条件です。車いすの背中とドアの狭い空間にピタッとアームなどが収まっていく様子は、見ていて飽きないくらい芸術的でした。スライドドア開口部の幅も高さも余白数ミリなので、うまく通すための軌道や構造も含めてミリ単位の精巧さで設計されているのだろうなあと、ただただ感心するばかりです。

 とにもかくにも、無事にクルマが出来上がりました。こじれにこじれていたのがうそみたいに最後はスムーズに完成したことが、にわかに信じられず、じわじわとうれしさが染み渡ってくる、そんな心境です。1年ぶりに1人で車に乗れたときは、思わず涙がこぼれてきました。

ユーザーと企業、ともに歩み寄って

 車載装置を完成させる一連のやりとりの中で、ユーザーと企業の複雑な事情が見えてきました。ここまで苦戦を強いられた要因のひとつに、どこも引き受けてくれなかったという現状があります。主に福祉系架装会社など単純に技術が及ばず「造れない」と言うところもたくさんあったと思いますが、自動車メーカー・特殊車両系の企業などは経営的な観点から「あえて」造れないと言ったところもありました。

 企業も慈善事業ではありません。造る技術は持っていたとしても採算がとれなければ引き受けられないというのは、当然のことです。しかし、需要があるにもかかわらず、それが認知されていないがために「採算がとれない」と判断されたのだとしたら、話は変わってきます。私が実際に相談した先々でも、そういうニーズがあることを知らなかったという方が多くいました。次に出る言葉は「需要があるなら製品化を見据えることもできるが・・・」といった具合で、経済性が伴ってこその新規開発なのだと実感させられます。

 また、ニーズが浸透していない一方で、私と同じように困っている人が意外とたくさんいることも知りました。昨年12月に情報を求む記事を掲載したとき、「私も、こんなものが欲しかったんです!」や「今まで諦めていた」など、共感の声を寄せてくださる方もたくさんいました。クルマに乗りたいという願いが独りよがりのものではないことを確信したと同時に、頑張って探さなきゃ! と力をいただいた思いです。

 今の福祉車両は、あまりにも「介助者がいる前提で造られた仕様」に偏っています。高齢者ばかりに目が向いて、自立する障害当事者の存在がおざなりになっているのが現状です。前回の記事では、企業側に「ユーザーへ届く情報発信をしてほしい」と訴えましたが、私たち当事者も「自分たちのニーズをきちんと伝える」努力をする必要があるのかもしれません。私たちのニーズが利益につながることを知ってもらえれば、win-winです。企業は現行製品や提供できる技術を積極的に発信し当事者の声に耳を傾ける、私たちも欲しいものは自ら採りに行くくらいの心持ちで行動する――。双方が歩み寄ることで福祉車両市場はもっと豊かになっていくのではないでしょうか。

 自動車の買い替えを検討しはじめた昨年3月末から、丸々1年が経ちました。最初の福祉系架装会社のごたごたにかかった5カ月がなければ昨秋には完成したのか・・・と思うと複雑な心境ですが、それでも無事に完成し「新たな足」を獲得したのです。1年間徒歩圏内に止まっていた私も、再び行動の自由を得ることができました。この一件が同じように困っている方々の一助になれば、これほどうれしいことはありません。

<アピタル:彩夏の〝みんなに笑顔を〟>

http://www.asahi.com/apital/column/ayaka/(アピタル・樋口彩夏)

アピタル・樋口彩夏

アピタル・樋口彩夏(ひぐち・あやか)

1989年、東京生まれ。中学2年の時、骨盤にユーイング肉腫(小児がん)を発症。抗がん剤、重粒子線などの治療を経て、車いすでの生活に。「いつ、誰が、どんな病気や障害をもっても、笑顔で暮らせる日本にしたい!」を目標に日々、奮闘中。当事者の視点から建設的に伝えることをモットーに執筆・講演も行っている。