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苦しみ続けた体の不調 卓球引退後にジストニアと判明
【まとめて読む】患者を生きる・スポーツ「ジストニア」
元卓球選手の佐藤進さんは、プレー中に原因不明の足やのど、首の不調に長年苦しみました。ようやく判明した原因は「ジストニア」。筋肉や骨自体には異常がないのに、体がねじれたり固まったりして、自分の思い通りに動けなくなる病気でした。自らの体験を語ることで、病気の認知度を高めたいと願っています。
東京都江戸川区に住む元卓球選手、佐藤進(さとうすすむ)さん(52)は7月16日、川崎市立多摩病院の講堂でマイクを握った。患者と家族らでつくる「ジストニア友の会」の交流会で自らの闘病体験を明かした。
人前でジストニアについて語るのは初めてだった。「何度も何度も病院に行きましたが、ずっと病名にたどりつけませんでした」
ジストニアは筋肉や骨自体に異常がないのに、体がねじれたり固まったりして、思い通りに動けなくなる病気だ。体の動きをコントロールする脳に関係があるとされるが、原因は不明な点が多い。
スポーツでは、これまで何度も繰り返してきたプレーが急にできなくなる「イップス」という現象がある。精神的な原因もあるが、一部はジストニアだと考えられている。日常生活には異常がなくても、スポーツ選手には深刻だ。
佐藤さんは中高や大学、実業団チームで活躍した。現役中には自分が病気だとわからず、長年この病気に苦しめられ続けてきた。「笑われ、恥ずかしい思いを何度もしました」
9歳で卓球を始めた。都内の自宅そばにあった卓球クラブに通い始めると、めきめきと力をつけた。全国中学卓球大会のシングルスでベスト8に進出するなど、実績を上げた。
全国高校総体(インターハイ)を何度も制覇していた埼玉県立熊谷商業高校に進学した。練習は厳しかったが、卓球をするのがただただ楽しかった。インターハイにも1年生から出場した。
ところが、1年生の秋ごろ、突然不調に見舞われた。「何かおかしいな」。対戦相手のサーブをレシーブする動作のときに、右足が突っ張る感じがして、踏み込むことができなかった。1歩目が出せなくなってしまった。
すぐ元に戻ると思っていたが、意識すればするほど右足は動かなくなっていった。どこかを痛めたのかと思い、近くの病院を受診した。だが、卓球でレシーブをするとき以外は足はふつうに動き、異常は見つからなかった。
それが約30年間にもわたる長い苦しみの始まりだったとは、そのときは思いもしなかった。
次は声が、誤解に悔しさ
実業団の卓球選手として活躍した、東京都江戸川区の佐藤進さん(52)は高校1年生のとき、日常生活では問題がないのにレシーブのときだけ右足がうまく動かせなくなった。複数の医療機関を受診したが、そのたびに医師からは「問題ありません」と言われた。
不調の原因はわからないままだった。レシーブのとき、右足をそれまでより少し前に出すことで徐々に足が動くようになり、レシーブが打てるようになった。一時は克服できたかと思われた。
ところが、2年生になると今度は卓球の練習や試合で声がうまく出なくなるという、別の症状に見舞われた。
右足の場合と一緒で、授業のときなど普段の生活では問題がないのに、卓球をしているときに限って声が出ない。準備体操の号令、監督や先輩へのあいさつや返事のたび、必死で声を出そうとした。
だが、無理やり声を出すと裏返って高い音になり、恥ずかしい思いをした。後に声が出しにくいこともジストニアの症状の一つだとわかるが、当時は原因がわからずにつらかった。
「卓球で声を出さないのは、甘えているだけなのではないか」と周囲に思われ、苦しさをわかってもらえなかった。仲間にばかにされたり、笑われたりすることで、選手としても自信を失いかけた。
だが、佐藤さんには練習で身につけた、バックハンドのサービスという得意技があった。ボールに回転をかけないナックルサーブと、打ち方の見た目はそっくりだが異なる回転をするサーブを組み合わせ、相手を惑わせてレシーブでミスを誘うことができた。
声や足の不調にも波があった。思うように動けたり声が出せたりするときもあり、佐藤さんは試合で勝ち星を増やしていった。
佐藤さんがいた埼玉県立熊谷商業高校は在籍中の1983年、84年のインターハイの学校対抗で優勝。佐藤さんは84年に男子ダブルスでも優勝した。進学した専修大学でも卓球部に入った。
ただ、不調はつきまとった。大学1年生のとき、かけ声をうまく出せず監督に叱られた。「連帯責任だ」と同級生と一緒にウサギ跳びを強いられた。申し訳なさと悔しさがこみあげた。
「病名、ついに見つけた」
東京都江戸川区の元実業団卓球選手、佐藤進さん(52)は高校時代、プレー中に突然思い通りに足を動かせなくなったり声を出せなくなったりした。大学でも不自然な動きや声を周囲に笑われてつらかったが、「今やめたら、自分から逃げることになる」。くやしい思いをしながらプレーを続けた。
得意のサービスを武器にインターハイで2度優勝し、全日本大学選手権でも6位になった。卒業後は実業団チームに加わった。ただ、不調が完全に消えることはなかった。思うような成績を残せぬまま、1994年の全日本選手権を最後に引退した。
妻則子(のりこ)さん(52)と97年に結婚。卓球をしているときに起きる不調のことを話した。則子さんは佐藤さんのプレーを見たことがあったが、半信半疑だった。
現役を引退後、症状が出ることはなかった。だが、佐藤さんがコーチやアマチュアチームの一員として卓球に再びかかわり始めたとき、またしても異変が起きた。
今度は首の筋肉がこわばり、自分の意識と関係なく、右側に曲がるようになってしまった。後にわかるが「痙性斜頸(けいせいしゃけい)」というジストニアの症状の一つだった。則子さんは「こんなことってあるのか」と驚いた。
首のこわばりを治そうと整形外科や接骨院、針治療などに通い、月15万円以上費やしたこともあった。改善がみられず悩んでいると、当時参加していたアマチュア卓球チームの代表、菊池優(きくちまさる)さん(65)から声をかけられた。
「スポーツ選手が急に思い通りに動けなくなる『イップス』なんじゃないか」。菊池さんも急にサービスが入らなくなって試合を休んだことがあった。
「イップスって何だ」。佐藤さんは自宅のパソコンでネットを検索してみた。すると、イップスに関係ある病気としてジストニアという病名が目に飛び込んできた。「これだ。ついに見つけた」。説明を読んでいると、目に涙があふれてきた。
病気を解説していたのは「ジストニア友の会」のホームページだった。佐藤さんは2014年4月、会の代表を務める川崎市立多摩病院の堀内正浩(ほりうちまさひろ)・神経内科部長(56)を訪ねた。
薬が効き、治まった症状
元実業団卓球選手の佐藤進さん(52)は2014年4月、川崎市立多摩病院の堀内正浩・神経内科部長(56)の診断を受けた。
卓球のプレーで、首がこわばって曲がってしまったり、のどがうまく動かず声が出しづらくなったりする症状について伝えた。
自身は、ネット検索で見つけた「ジストニア」という、筋肉がねじれたりゆがんだりして自分の思い通りに体が動かせなくなる病気ではないかと思っていた。
それまで病院をいくつも回ったが病名がわからず、最初は不安だった。「でも、堀内さんは気さくに話をしてくれて安心できた」
堀内さんは、「ジストニア友の会」を患者や家族と一緒に2005年に立ち上げるなど、診断や治療に詳しかった。
佐藤さんの自分の意思と関係なく首が曲がる「痙性斜頸(けいせいしゃけい)」や、声が出にくくなる症状はジストニアの症状とよく一致していた。体の不調は脳梗塞(こうそく)などで起きることもある。だが、頭部の磁気共鳴断層撮影(MRI)検査で脳に異常は見つからなかった。
ジストニアは、病気の範囲でいくつかのタイプに分類される。体の1カ所に症状がある場合が「局所性ジストニア」といい、体で隣り合う二つ以上の部位で症状が出ている場合が「分節性ジストニア」という。佐藤さんは首やのど、足に症状があり、分節性ジストニアと診断された。
原因ははっきりはしていないが、運動をつかさどる脳の働きに関係があるとされる。そこで、堀内さんは筋肉がこわばるパーキンソン病の症状を抑えるときなどに使われる薬を処方した。分節性ジストニアにも有効だとの報告があるからだ。幸い、薬がよく効き、症状は治まっている。
佐藤さんは今、卓球を離れている。「現役時代に病気がわかっていたら、もっと早く治療してプレーを長く続けられたかも」と思う一方、「病気のことを明かせただろうか」とも思う。競争相手が多く、病気とわかればベンチ入りできない可能性もあったからだ。
「監督やコーチにも、ジストニアのことを知ってほしい。自分と同じ境遇の患者の助けになりたい」。そう願っている。
情報編 認知度低く、未受診多い
連載に登場した元実業団卓球選手の佐藤進さん(52)のように、トップレベルのスポーツ選手がこれまで自然に繰り返していたプレーを急にできなくなってしまうことを「イップス」と呼ぶ。
ゴルフでごく短い距離のパターが決められない、野球で投手がストライクがとれない、アーチェリーで的に当てられない例などがある。次第に知られるようになり、今年発売された「広辞苑」第7版にも初めて収録された。
精神的な問題の場合もあるが、一部はジストニアが原因と考えられている。筋肉や骨自体に異常がないのに、脳の働きに何らかの異常が起き、全身や体の一部がねじれたり固まったりして思い通りに動かなくなる病気だ。
ジストニアには様々なタイプがある。スポーツ選手や音楽家などがなる場合を、「動作特異性ジストニア」という。幼い頃から長い間、競技や演奏で特定の動作を繰り返すうちに、何らかの原因で思い通りに筋肉が動かせなくなってしまう。
スポーツ医学が専門の大阪大学の中田研(なかたけん)教授(57)、神経内科学が専門の望月秀樹(もちづきひでき)教授(58)らの研究チームは、これまでゴルフ選手2600人以上にアンケートし、36%にイップスの経験があると突き止めた。一部はジストニアが原因とみられ、脳波計や筋電計などで選手の脳の働きとの関係を調べている。
中田教授は「トップレベルの選手や演奏家ほど長年細かい動作を繰り返す。やればやるほど症状が悪化する場合がある」と話す。
症状の一つ、目が開けていられない「眼瞼痙攣(がんけんけいれん)」、首が曲がる「痙性斜頸(けいせいしゃけい)」の治療には、筋肉の一部をまひさせるボツリヌス注射や手術がある。体の複数の部位に症状が出る場合はのみ薬で治療する。診断や治療について専門の医師とよく相談することが重要だ。
望月教授はジストニアの認知度が低く、「病気だと思わなかったり病気を隠したがったりして、患者が病院を受診していない場合も多い」と指摘する。
患者や家族らでつくる「ジストニア友の会」はホームページ(http://www.geocities.jp/dystonia2005/)などで病気の情報を発信している。
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