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 急性心筋梗塞(こうそく)に対してはPCI(経皮的冠動脈形成術)の効果がゆるぎないものであることを、前回、取り上げました。PCIとは、詰まっている血管にカテーテルを入れて広げ、血液の流れを回復させる手術法です。では、ほかの心臓の病気に対する効果についてはどうでしょうか。専門家の間でも議論があります。

 安定狭心症という病気があります。「安静にしているとどうもないけれども、運動をすると胸が痛くなる」というのが典型的な症状です。心筋に酸素を送る冠動脈が狭くなってはいるものの、心筋が死ぬほどではなく、いますぐ心筋梗塞になる心配はありません。運動によって心筋が消費する酸素の量が増えると、それに見合っただけの血流が保てず酸素不足におちいりますが、運動を止めると心筋の酸素消費量も減り、症状はおさまります。

 安定狭心症に対して、狭くなっている冠動脈をPCIで広げても、心筋梗塞の発症や死亡は減らないことがこれまでの研究で明らかになっていました。ただし運動できる時間や生活の質は改善すると考えられてきました。冠動脈が狭くなって症状が生じているのですから、冠動脈を広げると症状が改善するだろうというのは当然のように思えます。

 しかしながら、当然だと思われていたものでも本当かどうか検証してみたら実はそうではないこともあるのが、医学です。運動時間や生活の質といった主観的な指標は、「治療を受けた」という心理的な影響でも改善します。「プラセボ効果」といいます。安定狭心症に対しPCIを行うと運動時間が伸びたとしても、PCIの真の効果なのか、それともプラセボ効果なのか、それだけではわかりません。

 検証する方法はこうです。安定狭心症の患者さんを二群に分け、一方はPCIを受け、もう一方は受けません。心理的な影響を受けないように、患者さん自身がPCIを受けたかどうかわからないようにします。また、患者さんと接したり、治療効果を判定したりする医療従事者もわからないようにします。患者さんと効果判定者の両方に治療を受けたかどうか伏せられることから「二重盲検法」と呼びます。薬の効果を二重盲検法で評価するのは広く行われています。通常は、プラセボ群では実薬の代わりに乳糖や生理食塩水を投与します。一方、PCIといった手技・手術で二重盲検法を行うのはたいへんです。

 安定狭心症に対するPCIの効果を、そのたいへんな二重盲検法で評価した研究が2018年のLancet誌に掲載されました。イギリスの5施設で安定狭心症の患者さん105人がPCIを、95人が「プラセボの処置」を受けました。PCI群もプラセボ処置群も患者さんは冠動脈造影検査は受けますが、その間は音楽を流しているヘッドホンを装着して術者らの言葉が聞こえないようにしました。その後、鎮静剤を投与され、プラセボ群では最低15分間はカテーテル台の上に寝かされました。PCIを行ったスタッフと術後ケアを行うスタッフは完全に分けられていました。

 6週間後に運動時間が測定されましたが、PCI群とプラセボ群で運動時間の改善に有意差はありませんでした。興味深いのはプラセボ群でも運動時間が改善したことです。これはプラセボ効果を観察していると考えられます。運動時間以外の自覚症状や生活の質も質問票で評価しましたが、有意差は認められませんでした。

 細かいことを言えば、この研究で有意差が見られなくても「安定狭心症にPCIは効果がない」とは断言できません。研究対象の数を増やしたり、観察期間を長くしたりしたら差が出るかもしれません。ただ、研究開始前に期待されていたほどはPCIの効果は大きくはないとは言えます。

 PCIは比較的侵襲性が小さいとは言え、合併症が起きることがありますし、お金だってかかります。効果が限定的であることがわかれば、今後は無駄なPCIを受けることで不利益を被る患者さんが減ります。臨床試験に参加してくださった患者さんのおかげです。

Al-Lamee R et al., Percutaneous coronary intervention in stable angina (ORBITA): a double-blind, randomised controlled trial., Lancet. 2018 Jan 6;391(10115):31-40.(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29103656別ウインドウで開きます

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(アピタル・酒井健司)

アピタル・酒井健司

アピタル・酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。

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