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【まとめて読む】患者を生きる・スポーツ「1型糖尿病」

 元Jリーガーの杉山新さん(38)は、23歳で突然「1型糖尿病」と診断されました。Jリーグデビューして4年目のことでした。一時は「戦力外通告」を受けましたが「病気に負けてたまるか」と奮起。注射するインスリンの量や食事量などを調整して血糖値を管理しながら、主力として活躍します。

23歳、突然の宣告 サッカー続けられるのか

 「こんなに重い風邪は初めてだな」。2003年11月ごろ、山梨県のJリーグチーム・ヴァンフォーレ甲府(J2)に所属していたサッカー選手の杉山新(すぎやまあらた)さん(38)は、全身がだるくのどが渇き、何度もトイレに行くようになった。1カ月前に左足を疲労骨折し、いつリハビリを始めるか考えていた頃だった。

 起き上がるのもつらく、クリニックを転々としたが「風邪」と診断された。「普通の風邪じゃない」と近くの病院で訴えると、採血検査をすることになった。結果は、血糖値が1デシリットルあたり1112ミリグラム。糖尿病診療ガイドライン(16年)では、空腹時126ミリグラム以上が診断される要素の一つだ。「県立病院に行った方がいい」と勧められた。

 すぐに山梨県立中央病院(甲府市)に入院した。主治医で現在は糖尿病内分泌内科部長の井上正晴(いのうえまさはる)さん(58)から「1型糖尿病です」と告げられた。仕事柄、人よりも運動し、食生活にも気をつけている。自分が糖尿病とは――。にわかにはのみ込めなかった。

 1型糖尿病は、体を守る免疫が自分の膵臓(すいぞう)の細胞を壊してしまい、糖の吸収に必要なインスリンが出なくなる。食生活や運動不足といった生活習慣が大きく影響する2型と違い、突然かかる。遺伝子や感染症が関わるとされるが、原因は分からず、予防できない。

 井上さんら医療スタッフからそんな説明を受け、思わず「治りますか」と尋ねた。「一生つきあっていく病気」だと言われた。足りないインスリンを補うため、注射をする日々が始まった。

 

 同じ病気の選手は、サッカーでは見あたらなかった。参考になればと病院の保健師が1988~89年にプロ野球・巨人でプレーした、ガリクソン投手の本を渡してくれた。

 サッカーを続けられるのか。入院中、そればかり頭に浮かんだ。柏レイソル(千葉)でJリーグデビューしてから約4年、甲府では移籍1年目。出場機会は多くなかったがまだ23歳だった。契約更改と重なる時期に受けた病気の宣告に、不安が募った。

 そんな中、チームから「戦力外通告」を言い渡された。

プレーへの復帰目指し、血糖値を記録

 23歳で1型糖尿病を発病したサッカー選手の杉山新さん(38)は2003年11月、所属していた山梨県のJ2ヴァンフォーレ甲府から戦力外通告を受けた。

 試合中に倒れたら困るだろうと、チームの判断は理解できたがショックだった。ただ、報酬のない「練習生」として3カ月間、練習に参加してもいいと言われた。

 後に、自分が山梨県立中央病院に入院中、当時の社長海野一幸(うみのかずゆき)さん(72)やトレーナーが、主治医の井上正晴さん(58)を訪ねて「彼はサッカーができますか」と尋ねていたと聞いた。井上さんは「正直、分からないけれど、チャンスはあげてほしい」と答えたという。

 入院中、井上さんに普段の食事、練習量、睡眠などを聞かれた。生活習慣に問題はなかった。「出来るだけ同じ生活を続け、どんな練習をしたらどれくらい血糖値が下がるのか、こまめに測って記録を」と助言された。血糖値が安定し、11月末に退院した。

 指先に針を刺して血糖値を調べ、食事前と寝る前、ペンのような形のインスリン注射をおなかに打つ。高血糖が慢性的に続けば、血管や腎臓がダメージを負う合併症を引き起こす。一方でインスリンを多く打ち過ぎると、「低血糖」に陥り、ふらふらして意識を失うリスクもある。

 プレーへの復帰を目指し、疲労…

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