このコラムでは、仕事でも友人や恋人との関係においても行き詰まりを感じてきたADHDの女性・リョウさん(30代前半・独り暮らし)のお話を続けています。
前回までにリョウさんは、二番目の女として甘んじてきた彼との関係を再構築し、お互いが向き合える関係になったところでした。今回は、リョウさんの育った家庭に目を向けます。(リョウさんは架空の人物です)
リョウさんは現在独り暮らしをしていますが、もう長い間実家に帰ることはありませんでした。なぜなら、両親との折り合いがあまりよくないからです。昔から母親とぶつかることが多く、父親は育児に無関心で遠い存在のように感じていました。そのため、実家に帰っても、全く安らげず、どんどん足が遠のいていたのです。
リョウさんの母親は、保険の外交員をしていました。性格はとても明るくて、知らない人ともすぐに仲良くなれる、社交的な人でした。反面、家の中のことはなおざりで、夕食はたいてい買ってきたお総菜。リョウさんには母親にたくさんかまってもらった記憶が少ないのです。小学生の頃も、忘れ物はないかとか、宿題をしたかどうかなどを確認されたことはありませんし、よそのお母さんのように夏休みの工作を手伝ってくれたことなど、一度もありません。当時は、それが普通だろうと育って来たリョウさんでしたが、その後よその家庭のことを聞いて驚き、「私ってもしかしたら母親から愛されていなかったのかな」と愕然(がくぜん)としたといいます。
一方で、母親は全く家庭を顧みなかったわけではなく、毎年のように、大晦日になると突然おせち料理の準備を始めるのですが、正月までに準備が整わず、バタバタ、イライラしていました。そんな様子を端から見ているとリョウさんもイライラしてきて、些細なことをきっかけに二人はイライラを爆発させてしまい、大げんかに発展してしまうといったパターンが常態化していました。
5年前の大晦日にはそれまでにないほど強い母親との衝突がありました。それ以来、リョウさんは実家に帰っていません。
そんなある日、リョウさんのもとに実家の妹から連絡がありました。父親が事故に遭ったというのです。リョウさんは慌てて5年ぶりに帰省し、病院へかけつけました。
慌ててかけつけた病院では、リョウさんの妹がひとりで父親に付き添っていました。
父親の命に別条はありませんでしたが、右足を負傷してしまい、しばらく入院するということでした。母親はというと、携帯電話を家に忘れたまま営業先を回っているため、朝から連絡がとれず、先ほどようやく連絡がついて、今こちらに向かっている最中だとのことでした。リョウさんは母親に対して腹立たしい気持ちになりました。
リョウ 「どうして肝心な時に、連絡がとれないの!」
いつもいつもそうでした。母親はおっちょこちょいで、いつも自分のことで精一杯。肝心な時に、何かが抜けているのです。
しばらくして母親はかけつけてきました。汗びっしょりで、気が動転している様子でした。営業先から必死でかけつけたようで、髪の毛はボサボサで、息は上がっています。久しぶりに会ったリョウさんには目もくれず、「よかった、よかった、無事で!ごめんね、ごめんね」と涙ぐみながら父親に駆け寄りました。
リョウさんは気持ちがおさまらず、母親にこういいました。
リョウ 「ねえ、いつも携帯ちゃんと持って行ってって言ってるじゃない!こんなこともあるんだから、いざってときに全然連絡つかないじゃない!」
職場でも友達との間でも見せないような、感情的なリョウさんがそこにはいました。母親が相手だと、どうにも我慢ができなくなるのです。
母親もリョウさんの怒りに触れて、同じようにカッとなったようです。
母親 「全然家に帰ってこないくせに!いつも気楽な一人暮らししているあんたにはわからないのよ!」
この後ふたりが感情を爆発させ、やりとりがエスカレートしてしまったのは想像に難く有りません。リョウさんは5年ぶりに再会した母親とまたもや大喧嘩してしまったのです。
実家に泊まる予定だったのを急きょとりやめて、また自分の家へ戻る夜の新幹線の中で、リョウさんはいろんなことを考えました。
どうしていつも、あんなふうなんだろう。母親にはいつもイライラさせられる。さっきの言い方だってまるで子どもみたいし……。
リョウさんは新幹線の窓の外が真っ暗になって、鏡のように映っている自分の顔を見ながらこう思いました。
リョウ 「私ももう大人の顔だな。お母さんが私を生んだ年齢だもんね」
そう考えてから、ふと、リョウさんがもし今結婚していて、母親のように仕事をしながら、子育てしていたらどんなかんじだろうと想像してみました。
リョウ 「無理、無理、無理。私は絶対無理。自分が遅刻せず仕事に行くだけで精一杯だもん。お母さんは、要は欲張りなのよ。できもしない家庭と仕事の両立なんて目指すから、いつもバタバタで余裕がなくて。私ならそんな無理は最初からしないのに。ほんとに嫌い」
切り捨てるようにそうつぶやいてから、新幹線で缶ビールを飲み干しました。
◇
リョウさんが家に着くと、家で彼が待っていてくれました。そして、おもむろにこう言ったのです。
彼 「そろそろ結婚とか考えてみない?」
リョウさんは、あまりの驚きと想定外のタイミングに言葉を失いました。
このお話は次回に続きます。
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1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。他に、福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。
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