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 このコラムでは、仕事でも友人や恋人との関係においても行き詰まりを感じてきたADHDの女性・リョウさん(30代前半・独り暮らし)のお話を続けています。

 前回までにリョウさんは実家の母親と5年ぶりに再会したにもかかわらず、大喧嘩をしてしまいました。そんな矢先に彼からの突然のプロポーズがありました。(リョウさんは架空の人物です)

 

 母親との喧嘩でモヤモヤの渦の中にいたリョウさんは、まだぶつけようのないイライラと、罪悪感のようなものでひどい気分でした。

 そんな矢先に、突然彼から飛び出した「結婚」の二文字。リョウさんは、とっさにこう言いました。

 リョウ 「え? 突然どうしたの?」

 うれしい気持ちももちろんありました。やっと他の女性との関係を清算して、リョウさんに心を向けた彼なのです。真剣につき合っている相手ですし、リョウさんには結婚願望もありました。

 しかしそれ以上に、その日のリョウさんを支配していたのはこんな考えでした。

 「お母さんは、やっぱり私のことが嫌いなんだ。病院で喧嘩なんかしちゃって、お父さんや妹にも迷惑かけちゃったし。私ってほんと、ダメな奴」

 

 リョウさんが新幹線の中でビールを飲んでごまかしたのは、母親へのイライラだけではなく、こんな罪悪感でした。リョウさんは母親ともめた時にはいつもこうなります。すごくひどいことをしたような、そしてすごく寂しい気持ちになるのです。

 こんなときには、これまでの自分のしてきたことがなにもかも間違いだったような気持ちにさえなります。なので、恋愛に関しても、急に「この恋愛もひょっとしたら間違いだったんじゃないか」とか「そのうち、彼も私に愛想を尽かしてしまうのではないか」「彼もいつか私のことを捨てて他の女性にいくのではないか」「そうしたら、私はひとりぼっちになる。家族は誰もいなくなる」などネガティブな考えしか浮かんでこなくなるのです。

 そんなとき、彼が口にした「結婚」という言葉は、「君を見捨てないよ」という何より嬉しいメッセージにも聞こえましたが、「この人と家族になっても、私はいつか母親にそうされたように、彼からも愛想を尽かされてしまうのではないか」という不安を喚起するものにもなったのです。

 

 リョウさんは言葉を失っている自分にはっと気づいて、慌てて言葉をつなぎました。

 リョウ 「でも、私って家庭向きじゃないから。大丈夫かな」

 彼は、てっきりリョウさんが泣いて喜んでくれると思っていたのに、全くの期待はずれな反応に深く傷ついていました。リョウさんはなんて浮かない表情をするのでしょう。彼には全くその理由がわかりませんでした。せっかくのプロポーズを踏みつぶされたようで、ショックでした。そして、怒って帰宅してしまいました。

 リョウさんが「しまった!」と気づいた時には、もう後の祭りでした。リョウさんは疲れきった身体で、静まりきった独り暮らしの部屋にポツンといました。

 リョウ 「あーあ、やっぱり・・・こうなるよね。私が恋愛なんて身の程知らずだったんだ」

 そして、気分はどん底でした。

 

 リョウさんに何が起こっていたのでしょうか?

 これはADHDの特性というよりも、人が幼少期から持っている「自分ってこういう人間なんだ」という思い込みのせいで生じた悲しいすれ違いでした。心理学の言葉でいうと、「信念」とか「スキーマ」と呼ばれるものです。

 リョウさんは、母親との衝突の多い関係の中で、「母親に好かれないダメな子ども」という思いを抱いて育って来たようです。おとなしくて母親とは衝突しなかった妹と自分を比べて「やっぱり自分はだめなんだ。妹みたいにおとなしくできたらいいのに」と思ったこともありました。

 こうした自分に対するネガティブな思い込みを一旦身に付けると、私たちはさほど意識せずに、いつもどんな場面に対してもその思い込みを発動させます。「母親に好かれない自分はダメだ」を根っことして、学齢期には「先生に好かれない私はだめだ」と形を変えるかもしれません。思春期には「恋人に好かれない私はだめなんだ」、結婚してからは「お姑(しゅうとめ)に好かれない私はだめなんだ」かもしれません。こんなふうに本人も気づかないうちに、ずっと私たちの心の奥底にあって、影響を与え続けます。

 

 このように、最初は母親との関係の中で築き上げられた思い込みが、友人や恋人との関係にも影響していくことはよくあります。そして、関連しているからこそ、根底である母親との関係がぐらついて不安定になると、その上に乗っている友人関係への自信も、そのまた上に乗っている恋人関係への自信も、同じようにぐらついてしまうのです。

 私たちの自尊心は、身近な人との関係によって形づくられています。ですから、母親と大げんかしてしまった今日のリョウさんは、自尊心が基盤から打ち砕かれ、どん底の気分だったのです。

 そこに、彼からの結婚の申し出。

 平常心のリョウさんなら素直に喜ぶこともできたかもしれません。でも、「母親に好かれないだめな自分」という思い込みが刺激されて、帰りの新幹線の中でさんざんネガティブな思い込みの嵐に巻き込まれていたリョウさんにとって、この瞬間、恋愛も結婚も「いずれ私は好かれなくなる」という恐ろしいものにしか思えなくなっていたのです。

 

写真・図版 

 読者のみなさんの中には、「私はなんだかんだ、人に好かれる」というポジティブな思い込みをお持ちの方々も多くいらっしゃるかもしれません。そんな方には、リョウさんの一連の流れは全く不可解にうつるかもしれません。

 もう少しリョウさんの気持ちを想像しやすくするために、別の例えをしましょう。

 たとえば、道を歩いていると、急に後ろから自転車が猛スピードで追突してきて、骨折するほどの大けがをしたとします。けがが治って、やっと歩けるようになった後に、その事故に遭った道をまた以前と同じように歩けますか?

 また自転車が突っ込んでくるのではないかと怖くなって、何度も後ろを振り返ってしまうかもしれません。いえ、もしかすると、その道路を避けるようになってしまうかもしれません。しばらくは道を歩くのも怖くなって、誰かに送り迎えをお願いするかもしれません。

 こんなふうに、一度痛い思いをすると、私たちは「また傷つきたくない」と思って、自分なりの防御策をいろいろ講じるわけです。人間が生き抜くためのシステムです。

 

 リョウさんは、母親にあまりかまってもらえず、「好かれなかった」という思いを抱いて大きくなりました。この傷つきから、「私はどうせ人から好かれない」と思い込むクセがついていました。そうすることで、誰かを信用して、愛情を期待して、それが実らなかったときに傷つくという事態を避けることができていました。

 

 現にリョウさんは、大人数でわいわい騒ぐのは得意でしたが、もう一歩踏み込んだ1対1の関係を深めるのには臆病でした。親密になることを避け、心の底からは信頼できずにいました。異性と恋に落ちることに抵抗はありませんでしたが、しっかり向き合って本音をぶつけるのは怖かったのです。

 それでも、リョウさんは彼に本音をぶつけて向き合い、時間をかけて信頼関係を育ててきました。それなのに、彼との関係は、これで終わってしまうのでしょうか? 彼から出た結婚話について考えていく上でも、リョウさんは母親への怒りについてもう少し向き合って、解決していく必要がありそうです。

 このお話は次回に続きます。

 

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アピタル・中島美鈴

アピタル・中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。他に、福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。