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【まとめて読む】患者を生きる・スポーツ「ペースメーカー」

 60歳代から80歳代まで、110人もの選手が集うシニアサッカーチーム「ACちば」。楽しそうにボールを追う片伯部延弘(かたかべのぶひろ)さん(77)の胸には、心臓の脈拍を一定に保つ「ペースメーカー」が入っています。13年前に心臓発作を起こし、植え込み手術を受けました。一時はサッカーを諦めたこともあったそうです。

 サッカーボールを追う、千葉市に住む片伯部延弘(かたかべのぶひろ)さん(77)の胸にはペースメーカーが入っている。かつては実業団のサッカーチームのゴールキーパーとして活躍し、今はシニアチーム「ACちば」でプレーしている。

 2005年5月、自宅で突然心臓発作で倒れた。家族と夕食を済ませ、一人で2階へ上がって休んでいた。間もなく「気分が悪い」と下りてくると、居間にいた長女(44)が声を上げた。

 「お父さん、顔が真っ白よ」

 ソファにうつぶせになると、やがて息も絶え絶えになった。長女は「救急車!」と叫び、119番をした。駆けつけた救急隊員は、2人がかりで体重100キロを超す片伯部さんの巨体をストレッチャーに乗せ、千葉県救急医療センター(千葉市美浜区)に運んだ。

 集中治療室に入った。「すぐに帰れると思って、靴を持っていったのに、脈も血圧も測れないと言われて……」と、妻由美子(ゆみこ)さん(72)は振り返る。一命をとりとめたが、「あと5分遅れたら、危なかった」と医師に言われた。

 検査で異常が見つかり、「徐脈性不整脈」との診断を受けた。健康な状態よりも脈拍数が極端に減る病気だ。高齢化や肥満、高血圧によって引き起こされる。

 不調は以前から感じていた。倒れる前年まで、日立製作所グループの建設設計会社に勤めていた。早朝、千葉市内から東京都内まで電車で通勤していたが、途中駅での乗り換えで、息切れするようになった。血圧も高かった。

 救急搬送されて1週間後、ペースメーカーを胸元に入れる手術を受けた。ペースメーカーは不整脈が起きた時に心臓の脈を一定に保つ装置だ。直径5センチほどの円盤状で中に電池と電子回路が入っており、伸びた電線を心臓の心房や心室につないで電流で刺激する。

 「これでもう、サッカーは無理だな」。そう思い込み、すっかり諦めていた。ところが退院して数週間後、ACちばのメンバーで整形外科医の鍋島和夫(なべしまかずお)さん(79)に「なぜ練習に来ないのか」と言われた。経緯を説明すると怒られた。「何を言っているの。サッカーはやめなくていいんだよ」

2カ月でサッカー再開

 千葉市に住む片伯部(かたかべ)延弘さん(77)は2005年5月、不整脈が原因による心臓発作で倒れ、ペースメーカーを入れた。地元のシニアチーム「ACちば」でサッカーを楽しんできたが、もうできなくなったと諦めていた。

 ところが、チームの仲間で整形外科医の鍋島和夫さん(79)にむしろ健康増進のため積極的に運動した方がいいと励まされた。

 ペースメーカーを入れたら運動はできないというのは、よくある誤解だ。「順調に体調が回復すれば、同年代の方がしているほとんどのスポーツができる」と専門医らは指摘する。ただ、埋め込み位置に近い方の腕を連続して動かしたり、身体がはげしくぶつかったりする競技は避けた方がよい。

 片伯部さんは鍋島さんが院長を務める「鍋島整形外科」(千葉市中央区)に通い、リハビリテーションを始めた。自転車型の運動機器などを使い、心拍数を測りながら汗を流した。運動の後にはマッサージを受けた。衰えてきた筋力を回復させ、体の柔軟性も保つプログラムで、転倒予防にもなる。今も週1回続けている。

 広いリハビリ室で、みんなで一緒に活動している。会話や笑いが絶えない。「おかげで元気をもらえた」と片伯部さん。鍋島さんは「私の仕事は病気の治療ではない。より健康になるお手伝いをすることだ」という。

 心臓発作で倒れて2カ月後、片伯部さんはサッカーを再開した。ただし、実業団で活躍していたころから長年定位置だったゴールキーパーからは引退し、フィールドプレーヤーになった。胸でボールを受ける危険性があり、心臓や埋め込んだペースメーカーに影響が出ると考えたからだ。

 「でもこれが楽しい発見になった」という。ゴールキーパーをしていた昔は、勝敗にこだわりすぎていた。点を取られて負ければ、相手のシュートを防げなかった自分を責めた。「今はのびのび楽しむサッカーができる」と話す。

 毎週日曜と木曜の朝9時から、20分ずつ3回、試合形式で練習している。猛暑だったこの夏も休まず続けた。激しい接触プレーなどを起こさないように、注意してボールを追っている。

77歳の今も「現役」

 不整脈による心臓発作で倒れた片伯部(かたかべ)延弘さん(77)は、ペースメーカーを入れながらサッカーを楽しむ。かつては、日本代表のゴールキーパーとして海外遠征にも参加した名選手だった。宮崎の県立高校から中央大学へ進み、大学選手権や天皇杯で優勝。卒業後は日立製作所でプレーした。

 片伯部さんの口元にはかすかに傷痕がある。1967年、ヤンマーディーゼルとの試合で釜本邦茂(かまもとくにしげ)さん(74)と接触し、10針を縫った時のものという。

 1964年の東京五輪では代表候補になったが、前年夏の試合中に大けがをして補欠になった。ゴール前のもみあいのなかで、大きくジャンプしてシュートを防いだ直後、相手選手のひざが右脇腹に入って腎臓が破裂。血尿が2週間も続いた。4年後のメキシコ五輪の出場を目指したが、またもや前年、試合中に左足のアキレス腱(けん)を切って諦めた。

 日立製作所での選手生活は70年に引退。その後は営業マンとして勤務しながら、大学サッカー部のコーチをした。最後はグループ会社の役員も務め、退職後は自宅がある千葉市の地元シニアチーム「ACちば」でプレーしている。

 今は無理のないプレーを心がけている。それでも、時折けがをすることもある。ソックスをめくると、右ふくらはぎが真っ青ではれていた。血管がつまる塞栓(そくせん)症の予防薬「ワーファリン」を飲んでおり、内出血を起こすと止まりにくいためという。

 「ACちば」には、60歳を超えるメンバーが110人もいる。十分に準備運動はするものの、ほかのメンバーもけがは少なくない。だが、メンバーに外科医、救急救命医、がん専門医といった医師も多く所属する。「おかげで安心してプレーできる」と片伯部さん。

 メンバー向けに定期的に心肺蘇生の講習会を開く。3年前、試合中に相手チームの選手が心臓発作で倒れた。メンバーらが適切な心臓マッサージをして回復し、人命救助表彰を受けたこともある。

 片伯部さんは糖尿病や高血圧症なども抱えている。たばこをやめ、体重も10キロ落とした。

 「これからもサッカーで健康を保ちながら、存分にプレーを楽しみます」

情報編 強い電磁波の家電に注意

 心臓は通常、一定の間隔で1分間に50~100回の拍動をしている。この脈拍数が大幅に少なくなってしまうのが「徐脈性不整脈」という病気だ。脈が減る原因としては、心臓を動かす神経の刺激が正しく起きなくなる「洞不全症候群」や、刺激が伝わらなくなる「房室ブロック」がある。加齢や肥満、高血圧によって引き起こされる。

 この病気を治療するための医療機器がペースメーカーだ。直径5センチ前後の薄い円盤状をしたチタン合金製で、内部には電子回路や電池が入っている。ここから適切なタイミングで電気の刺激を送ることで、心臓を一定の脈拍で動かしてくれる。

 使用するには手術を受け、右か左の鎖骨の下あたりに埋めこみ、細いリード線を心臓につなげる。手術は部分麻酔で1時間ほどで終わる。最近は小さなカプセル型をしてリード線がなく、心臓のなかに入れて使うタイプもある。

写真・図版

 携帯電話の電波が影響することを心配する人もいるが、東京女子医大と信州大で特任教授を務める庄田守男(しょうだもりお)さん(59)は「これまで健康被害を起こすような誤作動をした事例はない。性能は向上しており、高い安全性を備えている」と話す。スポーツができなくなる、という誤解もまだ多い。「身体を激しくぶつけるような競技は避けるべきだが、通常の運動であれば問題ない」と庄田さん。

 むしろ気をつけなければならないのは、大きな電流が流れている機械からの感電や、位置やタイミングによって強い電磁波を受ける新タイプの家電製品だ。一部のIH調理器やマッサージチェア、電気自動車の充電器、変電所や溶接工場内の機械などがある。日本不整脈デバイス工業会は「車の充電中や調理器の加熱中は近づかないようにしてほしい」と注意を呼びかける。

 最近のペースメーカーは体温や呼吸の変化、体の動きなどを感知して適切な心拍数に保つなど、高性能化している。スマートフォンでこうしたデータや電池の残量を表示できるものも開発され、医薬品医療機器法の承認を待っている段階だ。庄田さんは「今後はより総合的な健康管理デバイスになる」という。

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<アピタル:患者を生きる・スポーツ>

http://www.asahi.com/apital/special/ikiru/

(伊藤隆太郎)