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 前回までは遺族ケアなど、認知症をみとった家族のお話を中心に紹介しましたが、今回から少し視点を変えて、介護を支える人のことにも言及したいと思います。介護保険制度が始まった2000年(平成12年)のことは、今でも忘れられない思い出です。それまでの「措置(福祉の観点から必要とみなされた場合に国のお金で支える)」というものの見方から、みんなで財源を出し合って保険の制度を作り、そこから介護が必要な人に介護保険として費用を賄うという見方に変わりました。これは医療保険制度とならんで国の根幹をなす制度改革でした。

 それから18年が過ぎ、いくつもの課題はありましたが、介護保険は今日まで介護の世界を支えてきました。当初は認知症に対する認識が低く、動けるけれど認知症があって見守りが大変重要になる人の要介護度の評価が低く出過ぎて、私たちも大慌てで修整することもありました。さまざまな思い出が詰まっている制度です。私事ながら1999年に受験準備をして第1回のケアマネジャー試験を受けたのも今では懐かしい思い出です。

 しかし一方で、ケアマネジャーやホームヘルパー、介護福祉士など介護の仕事に就く人たちの負担は大きく、せっかく苦労して資格を手にしたのに、その後の仕事の負担からやめてしまう人が大勢いました。医師ながらケアマネジャーとして同じ時期に資格を取った人が介護の世界からやめていくのを何度も目にしました。

もの盗られ妄想

 介護の世界でも特に認知症を特別扱いするつもりはありません。しかし認知症という病気は、ものを忘れるだけでなく、時にメンタル面の混乱が伴うという面から、介護家族だけではなく介護職に大きな負担をかけます。たとえば施設に入所した認知症の人をいつも支えてくれた身近な存在の介護福祉士に、病気のために「もの盗られ妄想」を向けてしまう人もいます。

 もの盗られ妄想については以前もこのコラムで書きました。

https://www.asahi.com/articles/SDI201711066782.html

 家族でも介護職でも、最も長くその人と接している人に疑いの気持ちが向けられることがあります。わかっていても介護職はショックを受けるでしょう。だってその人は誰かの役に立つことを願った介護職なのですから。

 アルツハイマー型認知症になって3年、鈴木正幸さん(仮名)という男性(81歳)は妻とともに在宅でケアを受けています。妻が60代から腰を痛めて外出もままならない状態でしたが、これまでホームヘルパーの支援を受けながら二人は在宅療養を続けてきました。ケアマネジャーの理解もあってこのまま在宅での生活が続くと思っていたこの夏に、事態は急変しました。

 ある日、介護の仕事2年目を迎えるホームヘルパーが鈴木さんを訪ねたところ、いつもは笑顔で迎えてくれる彼の表情が優れません。気にしたホームヘルパーが「鈴木さん、今日はご機嫌斜めですね」と笑いかけながら言ったときのことでした。「あんた、僕の財布からお金を抜いているんじゃないか」と鈴木さんが大声をあげました。一瞬の出来事で、その時には笑顔を繕って事なきを得ましたが、ホームヘルパーは事業所に戻って泣き崩れてしまいました。「あれほど親しくしていた鈴木さんが、まさか私に疑いの気持ちを持っていたなんて」と彼女は思いました。かかりつけ医も「これから被害感が出るかもしれない」と言っていました。しかし、彼女は「親子のような関係を続けてきた私に、疑いの気持ちを向けることはない」と自負していたのでした。

 彼女は決して努力が足りないホームヘルパーではありません。経験2年目ですが、これまでにもたくさんの利用者を支えてきました。認知症がある場合には被害感が出ることも教科書で知っています。「そんなことはわかっていたのに」、と彼女は思いつつ「まさか、鈴木さんに限っては私に疑いをかけることはない」と確信していただけにショックが大きかったのです。

 介護職や福祉、医療に携わるものは誰でも経験すると思いますが、自分にとって「特に親しい」利用者、患者さんがいるものです。本当は誰にも平等であるべきですが、そこは生身の人間です。そんな人から疑いの気持ちを向けられることで、むなしさからふさぎ込んでしまいました。

介護職の「巻き込まれ」

 彼女はダメなホームヘルパーでしょうか。とんでもない、むしろ利用者のことを考えて仕事をする熱心な介護職です。しかし、その情熱は時として、介護職の立場以上に相手に感情が入り込む「巻き込まれ過ぎ」を起こし、認知症の人の被害感が、病気の影響かどうか見極める目が曇ってしまうことがあります。

 ここまで書けば読者のみなさんは気づかれるでしょう。そのこころの動きは介護家族と同じです。もちろん、家族の巻き込まれ過ぎと他人である介護職の巻き込まれる心理状態が同じとは言いません。しかし特別な気持ちを持っていると他人の間にもいつの間にか「この人なら大丈夫」と思う、一種の期待(安堵感)の感覚が起きてしまいます。

 介護職が熱心で人のことを思いやる性格であるほど、実は利用者に感情的な巻き込まれ過ぎの状況を作りやすくなります。それをあえて意識しながら仕事に取り組むことが大切です。言いかえれば、自分がどういった心理状態で当事者である認知症の人や家族を支援しようとしているか、常に自分の内面に向かう冷静な観察を忘れないようにしたいものです。

 次回は介護現場で起きている「人手不足」から悩むグループホーム職員について考えましょう。

<アピタル:認知症と生きるには・コラム>

http://www.asahi.com/apital/column/ninchisyou/

(アピタル・松本一生)

アピタル・松本一生

アピタル・松本一生(まつもと・いっしょう) 精神科医

松本診療所(ものわすれクリニック)院長、大阪市立大大学院客員教授。1956年大阪市生まれ。83年大阪歯科大卒。90年関西医科大卒。専門は老年精神医学、家族や支援職の心のケア。大阪市でカウンセリング中心の認知症診療にあたる。著書に「認知症ケアのストレス対処法」(中央法規出版)など