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 このコラムでは、仕事でも友人や恋人との関係においても行き詰まりを感じてきた、ADHDに悩む女性・リョウさん(30代前半・独り暮らし)のお話を続けています。

 前回までにリョウさんは、段取りの悪さで見えにくくなっていた母親の家族への愛情を感じとることができ、母親もまた自分と同じようにADHDの傾向をもつことに気づきました。そして、それらをすべて理解してくれている彼とよりを戻したところでした。(リョウさんは架空の人物です)

 リョウさんと彼は結婚の話を前に進めることにしました。

 彼はリョウさんの両親に会いにいきたいと言いました。彼はリョウさんがどうしてそこまで母親とぶつかってしまうのか、そしてそのことで混乱してしまうのか、その理由がいまいちわからなかったのです。少しでも会えたら、そうした謎がとけるのではないか、そして、リョウさんが母親との関係で一喜一憂するのではなく、もう少し楽になってくれるのではと思っていたのです。

 先日帰省したときのように、母娘でもめることがあるたびに、リョウさんが「自分は母親とだってうまくいかないのだから、誰ともうまくいかない」などとネガティブに考えて、彼自身との関係も左右されてしまうのはたまらない……。そう思ったこともあるでしょう。

 

 彼は言いました。

 彼 「リョウの母娘のことはなんとなくわかった。ぶつかるんだよね。でもよくわからないのが、どうして、お母さんと喧嘩すると他のことにまで自信を失うかなんだ。それにリョウはお母さんにものすごく気を遣いすぎてるみたい」

 リョウさんは彼の言うことがピンときませんでした。

 こんなに苦しい気持ちをなぜ彼はわからないんだろう。普通こんなにもめたら誰だって何もかも嫌になるものなのに。彼って自分の親ともめてもぜんぜん気にならないような、親との結びつきの薄い、冷たい奴なんでしょうか?

 そんなもやもやした気持ちはありましたが、やっと手にした結婚の約束をした相手との未来をこれ以上母親がらみで失うのはごめんだと考え、リョウさんはもやもやをぐっと飲み込んで、とにかく彼と一緒に実家に挨拶に向かうことにしました。

 

 「結婚したい人がいる」。リョウさんからの突然の連絡に、リョウさんの父親は、大喜びしました。先日の喧嘩などなかったかのように、母親も喜んでくれました。

 しかし、彼と一緒に実家に帰るとなると、リョウさんの中には心配しかありませんでした。

 いつも余裕のない母親のことです。ちゃんと部屋は片づいているんだろうか、料理は用意できているんだろうか。これまでの母親を考えると、きっと彼が家に到着してもずっと料理に追われてキッチンにこもってしまうのではないか。到着するやいなやまだ整わない準備をバタバタと手伝わされるのではないか。いや、ひどくすると、家に到着しても私と彼は家の前で終わらない準備を待つ羽目になるのではないか・・・・。

 日頃、人の面倒を見ることなどまずないリョウさんでも、自分以上に計画性のない母親に対しては、嫌でもこちらが心配する役割を引き受けてしまうことになります。気になってしょうがないので、訪問日の何日も前から何度も実家に電話しました。そして、リョウさんは、当日の料理の足しになるようにと巻き寿司やお茶うけになりそうなお菓子まで用意して持参することにしたのです。

 

 彼を実家に連れて行く当日。

 時間通りに到着して家のチャイムを鳴らしましたが、誰も出てきません。3度ほどならしたところで、妹が出ました。案の定、母親はまだ料理が終わらないからとキッチンに立っているといいます。父親は母が買い忘れた果物を近所のスーパーまで買い足しに行ったといいます。

リョウさんは、大きくため息をついてうんざりしてこう思いました。

 リョウ (ああ、あれだけ事前に打ち合わせをしていたのに、娘の結婚の挨拶の当日ですら、こんな調子なんだ)

 リョウさんは彼を座敷に案内し、そそくさとお茶の準備をしようとしました。リョウさんはこんなに段取りの悪い家族のことが恥ずかしくて、情けなくて、彼に申し訳なくて仕方ありませんでした。

 そんな気持ちを察したかのように彼はこういいました。

 彼 「大丈夫だから。リョウばっかりがんばらなくていいから」

 持っていたペットボトルのお茶を一口飲んで、さらに小声でこう付け足しました。

 彼 「ね、妹さんってさ、今何してると思う?」

 リョウ 「え?」

 意表を突く質問に、リョウさんは目を丸くしながらも、そういえば・・・と家の中を見渡しました。妹はてっきりキッチンで母親を手伝っているとばかり思っていましたが、自分の部屋にいました。実家暮らしの妹は、前々からこの日のことを知っていましたが、こんなにバタバタしている姉が結婚の挨拶に来た時でさえ、準備を手伝うこともなく、部屋で音楽を聴いてくつろいでいたのです。そうです。妹は昔からマイペースです。

 

写真・図版 

 リョウさんにとっては驚くことではありませんでしたが、彼にこう言われてはっとしました。

 彼 「同じ家に生まれて育ちながら、リョウと妹さんって全く正反対なんだね」

 そうなんです。昔からそうでした。リョウさんは母親とぶつかりがちだったのに対して、妹は家族の誰ともぶつからず、積極的に手伝うわけでもないのに叱られることもなく、過剰な期待もされないからかいつも自由でいられるのです。スルー上手で、リョウさんより器用なタイプなのです。

 リョウ 「昔から正反対っていわれる。妹みたいな性格だったら、母とあんなにぶつかることもなかっただろうけどね」

 自責的な言い方のリョウさんに、彼はこういいました。

 彼 「どっちが正解ってないよ、たぶん。リョウのまっすぐなところが俺をこじ開けたわけだし。でもリョウががんばりすぎて、辛くなるのは見ていられない。俺には気を遣わなくていいから。ゆっくり待とう」

 リョウ 「ありがとう…」

 リョウさんはこれまでの生き方を肯定してもらえたような安心感でいっぱいでした。一方で慣れないけれど、妹のような生き方もあるんだと視野の広がったような気持ちでした。いつだって自分はこの場をなんとかしなくちゃとがんばっていたけど、あんなふうに流れに身を委ねたり、マイペースでいることもありなんだと。

 姉妹でありながらこんなにも両極な性格というのも興味深いところです。

 実は家族という集団の中では、こうした正反対の性格の人がいることはよくみられます。集団の中で相対的に担う役割が決まって来るというのです。働きバチと怠けるハチが一定の割合で存在するというのもこれに似ているかもしれません。神経質に悩んで対策を立てようとする役割をとる人がいれば、大丈夫よ、心配ないわと安心してくつろぐ役割の人もいるものです。物事を変えなければと立ち上がり新しい動きをする人がいれば、必ず保守的になる人もいるものです。誰かが主導権をとれば、誰かは従う役割をとる。このように集団内では互いが補い合って役割を担っているものです。

 リョウさんも、日頃段取りに気を配るタイプでなくても、もっと段取りの苦手な母親の前では段取りを心配する役割を担うことになっていましたね。そんなしっかり者の姉がいるので、妹は安心してマイペースなのでしょう。

 

 こうした集団内の役割は自然とそうなっていくものですが、見方を変えて「あえて役割を変えてみる」と、相手との関係も変わっていくものなのです。つまり、しっかり者で段取りを心配する役割を降りてみると、相手との関係が少し変わってくる可能性があるというのです。これは家族内に限らず、友達関係でも職場でも学校でも、集団という社会のあるところではどこでも言えることです。

 リョウさんは彼に言われて、「心配する」役割だけがすべてではないことに気づきました。そして、妹のようにゆっくり待ってみることにしました。これまでの「心配する」役割というパターンをあえて崩し、役割を変えてみたのです。

 これまでとはちょっと違った視点で家族のことをみることができそうですね。

 このお話は次回も続きます。

 

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http://www.asahi.com/apital/healthguide/nayamu/(アピタル・中島美鈴)

アピタル・中島美鈴

アピタル・中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。他に、福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。