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 前回はがんの予防に役立つことを期待されたベータカロテンのサプリメントが、かえって喫煙者に肺がんを増やしたという研究をご紹介しました。食べ物からベータカロテンをたくさんとっている人はがんになりにくいし、ベータカロテンは有害な活性酸素を取り除く作用もあります。まさかベータカロテンのサプリメントが害になろうとは、臨床試験をやってみないとわかりませんでした。

 人体は複雑です。理論上は有効であると思われるようなものでも、実際に試してみて、検証しなければ本当に有効であるかどうかはわかりません。医学にはそういう例がたくさんあります。そういう教訓があるからこそ、ベータカロテンのランダム化比較試験が行われました。もしこの研究が行われていなければ、サプリメントが無駄に消費されていただけではなく、肺がんになったり、亡くなったりした人がもっといたことでしょう。

 神経芽細胞腫マススクリーニングも、そうした教訓となり得る実例の一つです。尿を郵送するという簡便で本人には負担のない検査でがんを早期発見できるのなら、利益があるはずだと理論上は思われます。しかし実際には検査による死亡率低下は認められず、症状を引き起こさないがんを見つけてしまうという害がありました。

 薬は臨床試験という実際に試す過程を経て承認されます。本庶佑先生がノーベル賞を取ってまた注目を集めたニボルマブ(商品名:オプジーボ)も、臨床試験で効果が認められたからこそ承認され、保険適応になっています。保険適応になって実際に使われるようになった後も、副作用や効果について検証が続けられます。理論的にいかに効きそうであっても、臨床試験で結果が出なければ保険適応にはなりません。

 さて、横須賀市で中学2年生にピロリ菌チェックをするというニュースがありました。ピロリ菌は胃がんの原因になりますので、ピロリ菌の感染の有無を調べ、除菌すれば、胃がんを減らせると「理論上は」思われます。

 しかし、私の知る限りでは、中学2年生という若年者に対して、ピロリ菌チェックおよび除菌を行い、胃がんが減るのかを「実際に試した研究」はありません。そもそも、なぜ中学2年生なのでしょうか。条例を可決した同市議会は、中学2年を対象にすれば若年層を網羅的に検査できるとしています。衛生状態が改善した現代日本の中学生はピロリ菌に感染している割合は小さく、また、よしんばピロリ菌に感染していたとしても胃がんを発症するのは何十年も先です。

 除菌には抗菌薬が使われますが、まれながら重篤な副作用が起きることもあります。中学生に対するピロリ菌チェックは、そうした害に見合うだけの利益があるでしょうか。横須賀市市長は「できればすべて公費でまかないたい」と述べたそうですが、公費でまかなうのであれば、相応の臨床的証拠が必要です。

 現時点では、中学生よりもずっとピロリ菌感染者の割合が高くて胃がんの発症率も高い成人に対してさえ、胃がん検診としてのピロリ菌チェックは証拠不十分として対策型検診としては勧められていません。任意型検診として実施されています。

 現在、30歳~74歳の男女を対象に、ピロリ菌チェックを含む胃がんリスク検診群と、従来の方法による胃がん検診群を比較するランダム化比較試験が進行中です(UMIN000005962)。実際に試して検証しているわけです。迂遠(うえん)なようですが、試しもせずに「理論上は有効」という理由で医療して失敗するよりは、ずっとましです。どのような結果が出ても、人々の役に立つ有用な研究だと思います。

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アピタル・酒井健司

アピタル・酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。