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【まとめて読む】患者を生きる・スポーツ「肩の脱臼」

 ボルダリング選手の杉本怜(すぎもとれい)さん(26)は、競技中のけがが原因で2014年に左肩を脱臼。繰り返される症状を克服するため、世界トップレベルの選手では珍しいとされる手術を受けました。復帰直後の岩場からの転落事故も乗り越え、今年6月には5年ぶりにワールドカップの大会で優勝しました。

 2014年5月、スイスで開かれたボルダリングのワールドカップ(W杯)第3戦。プロクライマーの杉本怜さん(26)は、準決勝に進んだ。壁に取り付けられた突起物「ホールド」に飛びついた。左手でつかんだ瞬間、左肩から「ゴリゴリッ」という音が聞こえた。右手はほぼホールドから離れ、左腕だけで体重を支えていた。

 痛みはなかった。次の壁によじ登った時も左肩で「ゴリッ」という音がした。決勝は肩にテーピングをして臨んだ。4位だった。

 ボルダリングはスポーツクライミングの種目の一つで、いくつもの壁を制限時間内に登る。課題をいくつクリアしたかなどを競う。種目にはほかに、登る速さを競う「スピード」や、ロープを装着した状態でどこまで登れるかを競う「リード」がある。

 北海道で生まれ育った杉本さんは小学3年の時、スポーツクライミングを始めた。高校2年生だった09年2月、ボルダリング日本一を決める「ボルダリングジャパン杯」に初出場し、3位になった。

 その後国際大会に挑んだが歯が立たず、早稲田大に進み応用物理学を専攻した。学業と両立しながらボルダリングを続けていたら、大会で好成績をおさめた。大学を休学し、専念して臨んだ12年シーズンは年間の世界ランキングが7位になった。13年、ドイツでのW杯最終戦で初優勝。「まだまだ上を目指せるかな」と感じ、プロへの転向を考えるようになった。

 そんな気持ちで臨んだのが、14年5月のスイス大会だった。帰国後の検査で「脱臼の形跡がある」と診断された。リハビリをへて3カ月ほどで復帰。それから半年ほどは肩の調子が良く、完治したと思っていた。15年2月のボルダリングジャパン杯では優勝した。

 しかし、傾斜が手前に傾く壁で、のけぞるような体勢になると、肩が外れそうになる亜脱臼を繰り返すようになった。「この程度の動きで亜脱臼になってしまうのか」と思うと、思い切った動きができなくなっていた。どの大会でも決勝に進めなかった。

 国立スポーツ科学センター(東京都北区)の医師に「肩に不安がある」と相談すると、千葉県内の病院を紹介された。

シーズン途中の手術決断

 2014年に左肩を脱臼したプロクライマーの杉本怜さん(26)は16年4月、船橋整形外科病院(千葉県船橋市)を受診した。

 スポーツ医学・関節センター長の菅谷啓之(すがやひろゆき)さん(58)は、「反復性肩関節亜脱臼」と診断した。球状の腕の骨の先端と、その受け皿となる肩の骨の周辺にある靱帯(じんたい)が傷つき、腕の骨が受け皿から外れそうになっては元に戻るのを繰り返す状態だ。

 菅谷さんは「日常生活には問題ないが、肩を安定させたいなら手術をした方がいい」と話した。杉本さんが知る限り、W杯レベルの選手で肩の脱臼の手術を受けて競技に復帰した人はいなかった。

 「手術で肩が安定しても、動かせる範囲が制限されるんじゃないか」。暗い気持ちになった。

 菅谷さんに「手術後半年ほどで復帰できる。また活躍できるよ」と励まされた。「先生を信じるしかない。16年のシーズンが終わったらすぐ秋に手術を受けよう」

 その直後、埼玉県で開かれたW杯第2戦で、5年ぶりに予選を通過できなかった。肩に不安を感じ思い切って試合に臨めなかったのが原因だった。来年のW杯の出場権の確保さえ厳しいと実感した。

 「肩の不安を抱えながら残りのシーズンを戦うより、早く手術して来シーズンに賭けよう」。予選に落ちた日の夜、菅谷さんに連絡し、「できるだけ早く手術して下さい」と頼んだ。

 5月、「バンカート法」という手術を受けた。肩にあけた約1センチの穴に関節鏡などを入れ、傷ついた靱帯を糸付きの小さなネジで受け皿に縫いつけた。

 手術後の痛みはなかった。翌日に退院し、術後4日目から肩は安静にしながら、手やひじを曲げ伸ばしするリハビリを始めた。

 術後2週間ほどで介助なしで左腕を動かせるようになった。理学療法士の鈴木智(すずきさとし)さん(40)が痛みの有無や関節の硬さ、力の入り方を細かく確認。まもなく肩から腕につけた装具が外れ、腕に少しずつ負荷をかけるリハビリをした。

 8月半ば、左腕が自由に動くようになった。9月初めには、ホールドをつかんでぶら下がる練習を再開した。「予想以上に筋力が落ちているな」と落ち込んだ。

手術と事故乗り越え復活

 プロクライマーの杉本怜さん(26)は2016年5月、左肩の「反復性肩関節亜脱臼」を治す手術を受けた。その年の9月初めには練習を再開。傾斜が緩やかな壁を登ったり、片手で壁にぶら下がったりした。

 船橋整形外科クリニック(千葉県船橋市)で、理学療法士の鈴木智さん(40)に相談しながらリハビリを続け、肩にかかる負荷を少しずつ上げていった。肩に痛みを感じることもあったが、年末には10段階で「0か1くらい」と言えるまでに和らいだ。

 17年1月のボルダリングジャパン杯では4位になった。「最低ラインの成績は残せたが、思うように回復できていない」と悔しかった。だが、「焦らずにやるしかない」と自分に言い聞かせた。6月、インドでのW杯第6戦で準優勝し、ようやく自信がついた。「1年間、リハビリとトレーニングを地道にやってきてよかった」

 その直後、気分転換を兼ねて長野県の岩場で友人とクライミングをした。岩の割れ目に留めた器具が外れ、高さ10メートルから落下した。

 幸いかすり傷程度で大きな痛みはなく、歩くこともできた。念のため病院で検査を受けると、首の第7頸椎(けいつい)棘(きょく)突起が折れていた。医師は「骨折の場所が少しずれていれば半身不随になっていてもおかしくなかった」と話した。

 装具で首を固定し、約1カ月、自宅で安静にしていた。8月のW杯最終戦や9月の国際試合、10月の国体には出場できなかった。

 「気が緩んでいたせいだ」と自分を責めた。モチベーションが下がらないように、メンタルトレーナーの勧めで毎日の練習や食事、睡眠時間、疲労度、心の状態を記録し、定期的に振り返った。

 18年6月、東京都八王子市で開かれたW杯第5戦で3位になった。米国でのW杯第6戦では優勝した。「手術後も現役を続けられることを証明できた」

 20年の東京五輪でスポーツクライミングが初めて正式種目に採用される。ボルダリング以外の種目も出場しなければならず、新しい挑戦になる。「楽しみたいし、競技の裾野が広がれば」と思う。そして、「『杉本はまだいたのか』と言われるまで現役を続けたい」

情報編 靱帯を縫いつけ再発防ぐ

 肩関節は他の関節に比べて動かせる範囲が大きい。その分、腕の骨の先端にある球状の部分「上腕骨頭」と、肩関節側の受け皿部分の接触面積が小さい。衝撃で靱帯(じんたい)が伸びるなどして、この骨頭が受け皿から外れるのが脱臼だ。

 「反復性肩関節脱臼」は、けがが原因で脱臼した後に何度も繰り返すことだ。連載で紹介したプロクライマーの杉本怜さん(26)のように、脱臼しそうになっては元に戻る「亜脱臼」を繰り返す場合も含まれる。

 杉本さんの主治医、船橋整形外科病院(千葉県船橋市)スポーツ医学・関節センター長の菅谷啓之さん(58)は「反復性と診断されても、日常生活は問題ないことが多い。だが、競技のパフォーマンスは落ちるので、スポーツ選手には手術を勧める」と話す。

 代表的な手術法が杉本さんも受けた「バンカート法」だ。肩に約1センチの穴を3カ所ほどあけ、光ファイバーと高性能カメラが入った関節鏡などを挿入。傷ついた靱帯を糸付きの小さなネジ3、4本で肩関節の受け皿に縫いつける。

写真・図版

 菅谷さんは1999年からバンカート法を採り入れ、これまでに約3千例の手術をした。術後の再脱臼率は、スポーツの種類や病院などで異なるが、同院では3%ほどで、ほぼ全ての選手が競技に復帰したという。

 東京医科歯科大非常勤講師で、玉川病院整形外科(東京都世田谷区)の望月智之医師(47)は、ラグビーのように肩への衝撃を受けやすいスポーツの場合、「術後5年の再脱臼率が約20%になる」と話す。肩甲骨の骨の一部を切って、受け皿部分にネジで固定する手術「烏口(うこう)突起移行法」を同時にすると、再脱臼率は約1~2%に抑えられるという。

 ラグビー以外にも柔道やアメリカンフットボール、アイスホッケー、レスリングなど、他の選手と接触する競技で肩の脱臼が起きやすいという。

 自身も高校、大学でラグビー選手で、両肩の脱臼や手術を経験した望月さんは「ラグビーの経験が浅い選手は腕だけでタックルする傾向がある。相手に密着して体ごとタックルする、トップレベルの選手に比べて脱臼しやすい」と注意を呼びかける。

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<アピタル:患者を生きる・スポーツ>

(南宏美)