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 もしあなたが介護施設に入所している人の家族だったら、その施設の理念を知っていますか。

 もしあなたが介護施設にお勤めの職員だったら、あなたの施設の理念をいえますか。

 もしあなたが介護施設の管理者だったら、職員や入所者やその家族に施設の理念を伝えていますか。

 このコラムでは、医療や介護に関する場面で経験しやすい怒りやイライラといった感情との付き合い方を紹介しています。今回は、組織の理念に目を向けて、介護の現場でのアンガーマネジメントを考えていきたいと思います。

 

 先日、ある介護施設に伺ったときのことです。施設で提供される夕食をいただいたところ、その食事が本当に美味しく、介護施設の食事という想像を超えていました。その日のメニューは焼き魚と小鉢とご飯に味噌汁と言うシンプルなものでしたが、焼き魚は小骨がきれいに処理され、焼き色も良く、上品に盛り付けられていました。

 管理者に聞いてみると、この施設では食事の質を重視しているとのこと。入所者のなかには、次第に外に出る機会が減り、毎日の楽しみは食事だけという人もいます。施設が終(つい)のすみかとなることもあります。だから美味しい食事を提供したい。調理の人手や手間がかかっても、冷凍食材やカット野菜を使わず、新鮮な食材を形がしっかりわかるように調理をして提供しているのだそうです。

 また、あるグループホームでは、少ない職員ながらとてもなごやかな雰囲気で食事をしている様子を見学させていただきました。こちらの施設では、食事の準備にはできるだけ時間をかけず、カット野菜などを使って効率的に調理する一方で、職員が食事の介助にゆっくりと時間が取れるようにと考えていました。

 食事ひとつとっても、施設によって様々なやり方がありますが、それぞれに大事にしている介護の価値観があり、それは施設の理念に通じているのだと思います。

 

 介護施設の理念というのは、「尊厳を守る」「正義」「誠実」など、抽象的に感じるものもあるかもしれませんが、いわば施設の基本姿勢を示すようなものです。これは介護施設に限りませんが、こうした法人や組織の理念が、すべての職員に浸透しているか否かは、日頃の仕事に表れます。

 しかし残念ながら、こうした理念が職員間で共有できていない施設もあるようです。介護の現場は、人手が少なく忙しいのが現状です。忙しい中で理念を見失うと、そのしわ寄せは介護を受ける利用者に向かいます。

 食事を味わう時間もなく職員のペースで次々と口元に運んでしまったり、食材の色や形が分からないような「ごちゃまぜどんぶり飯」になってしまったり、時間をかければ自力で食べられる人にも介助してしまったり。職員に悪意はなくても、利用者の尊厳が守られない結果になることもあります。不適切なケアを経験したり、目にしたりすると、利用者や家族は憤りを感じてしまうこともあるでしょう。こうした不満がまた職員のストレスとなって、悪循環となり、最悪の場合虐待や暴力といった形で表面化してしまう場合もあるのです。

 

 理念は、できれば目に見えるところに掲示したり、ミーティングのたびに声に出したりして、確認をするとよいでしょう。職員や入所者やその家族に対してこの理念をいかにしめしていくかは、管理者に問われる責任だと思います。

 職員の対応が悪いと怒っている管理者の中には、職員にどのような介護をして欲しいのかを伝えていないという場合があります。伝えていないから、その職員は同じやり方を繰り返して、また管理者を怒らせるという悪循環に陥ります。

 アンガーマネジメントの観点でみると、怒りは自分の価値観と外れた現実に対峙したときの感情です。虐待や不適切なケアが発生したら、管理者も同僚も利用者も家族も怒るでしょう。「人の尊厳を大切にしたい」という価値観から外れたから怒るのです。

 虐待や不適切なケアが発生してから、利用者の尊厳を守ることが大切だと言っても遅いのです。そうならないために、大切にしたい価値観は先回りして伝えていく、職員に浸透するまで何度でも伝えていく必要があります。

 

 職員にとって、理念は自分が働く上での行動指針になるものです。組織の中では、さまざまな考えを持った人が働いていますが、理念を共有できていれば、みなが同じ目的に向かって業務を行うことができます。忙しい毎日の中でも、「誠意を尽くす」といった施設の理念に立ち返って考えると、一つひとつのケアにおける振る舞い方が定まるのではないでしょうか。

 

 施設の理念は、利用者や家族の立場からも積極的に確認しておきたいものです。何よりも、利用者自身や大切な家族が安全を脅かされるようなことは避けたいものです。そうならないように、入所施設を決めるときや面会の際には、施設の理念が明確に示されているか、その理念に沿って職員が介護しているかを確認しましょう。

 

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◆編集部から

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<アピタル:医療・介護のためのアンガーマネジメント・コラム>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/anger/(アピタル・田辺有理子)

アピタル・田辺有理子

アピタル・田辺有理子(たなべ・ゆりこ) 精神看護専門看護師・保健師・精神保健福祉士

横浜市立大学医学部看護学科講師。大学病院勤務を経て2006年から看護基礎教育に携わる。アンガーマネジメントファシリテーターTMとして、医療・介護・福祉のイライラに対処するためのヒントを紹介する。著書に『イライラとうまく付き合う介護職になる!アンガーマネジメントのすすめ』(中央法規出版)がある。