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 怒りの引き金は、その人がもっている価値観だといわれます。自分の価値観と異なる状況に遭遇した時に、怒りが生じるという考え方です。

 前回は介護施設で働くうえで中核となる価値観として施設の理念があることをお伝えしました。すべてのケアは、施設の理念に従って提供されるといえます。

 しかし、この怒りの引き金となる価値観は、施設の理念のように大きな方向性を示しているものだけでなく、個人の信条やちょっとしたこだわりのようなものの場合もあります。幼少期から家族のなかで受け継がれ、生活や経験のなかで育まれてきた物事の考え方も含まれており、人それぞれに異なる部分があり、すべてが完全に一致する人はいません。その少しのズレが、介護施設では職員同士の物の考え方の違いとしてケアに表れます。この小さな違いが、イライラや怒りの原因となります。

 

 例えば施設の食堂での一場面です。

 こちらのテーブルで利用者が食事をしている向こうで職員が食事の終わったテーブルを片付けています。「ゆっくり食べてくださね」と声をかけながらテーブルを拭いていきます。

 職員のAさんは、食後の片付けをしている同僚に対して、不快感を持ちました。

 Aさんは、まだ食べている利用者がいるときは片付けをしないほうがよいと思っていました。テーブルが拭き上げられていくと、食べている利用者がせかされているような気持ちになるのではないかと心配していました。

 別の職員のBさんは、この場面を不快に感じません。近くで片付けの作業をしながら、利用者に声をかけ、食事を見守ることが介護の仕事と考えていました。

 さらにCさんは、終わったところから速やかに片付けたいと考えています。業務の効率を重視して利用者を中心に考えていないと思うかもしれませんが、決まった業務を効率的に進めることで、あとで利用者とゆっくりかかわる時間を作り、急な依頼にも対応できるように備える、すなわちこれもまた利用者のためと考えていました。

 

 食事をしている人がいるのに周りを片付けるべきではない、利用者を見守りながら片付けるべき、あるいは速やかに片付けるべきだなど、ひとつの場面をみても、職員個々の行動や背後の価値観は少しずつ異なっています。

 こうした価値観の違いは、日頃の仕事のなかにたくさんあります。同僚の行動に苛立ちを感じたら、それはあなたの価値観と異なる行動だからでしょう。

 そんなときは、その苛立ちの背後にある自分自身の価値観を見つめてみてください。突然「自分の価値観を見つめる」と言われても難しいかもしれませんが、それはつまり、「自分は何を大事にしたいのか」を考えてみることです。その上で、他の人は何を大事にしているのかにも、思いをめぐらせてみるのです。

 見方を変えれば自分では当たり前で何も考えずに毎日やっていることが、ほかの人から見たら不快に感じられる場合もあるものです。全体の中での自分の立ち位置が分かれば、いらだちを少し鎮めることができるかもしれません。それでもやっぱり譲れない怒りであれば、どのように相手に伝えていくかを考えるのです。伝え方については、また別の機会に紹介します。

 自分の価値観が万人に通じることはありません。相手には相手の価値観があります。だから、相手に確認したり、自分の意見を伝えたりして、歩み寄ることが必要なのです。そのための第一歩として、まずは自分の価値観を見つめてみませんか。

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 このコラムでは、医療や介護に関する場面を取り上げながら、怒りやイライラといった感情との付き合い方を紹介しています。介護施設、介護サービスを提供する職員に目を向けてアンガーマネジメントを考えていきたいと思います。

 

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◆編集部から

<田辺さんの新しい本が出版されました>

 タイトルは『ナースのためのアンガーマネジメント 怒りに支配されない自分をつくる7つの視点』(メヂカルフレンド社)です。(詳しくは https://www.medical-friend.co.jp/biblioDetail.php?b_id=1100別ウインドウで開きます

 

<アピタル:医療・介護のためのアンガーマネジメント・コラム>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/anger/(アピタル・田辺有理子)

アピタル・田辺有理子

アピタル・田辺有理子(たなべ・ゆりこ) 精神看護専門看護師・保健師・精神保健福祉士

横浜市立大学医学部看護学科講師。大学病院勤務を経て2006年から看護基礎教育に携わる。アンガーマネジメントファシリテーターTMとして、医療・介護・福祉のイライラに対処するためのヒントを紹介する。著書に『イライラとうまく付き合う介護職になる!アンガーマネジメントのすすめ』(中央法規出版)がある。