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 このコラムでは、ADHDに悩む30代女性、リョウさんのお話を続けています。(リョウさんは架空の人物です)

 前回までにリョウさんは、彼と一緒に結婚の報告のため、実家を訪れました。そしてマイペースな妹の姿を目の当たりにして、自分が知らないうちにいつも背負っていた役割に気づき、どんな役割もとり得ることや幅のあることを実感したのですね。また、彼がリョウさんをまるごと肯定してくれたことで、リョウさんは心から安心できたのでした。

 リョウさんと彼は、めでたく婚姻届けを出しました。そして、一緒に暮らし始めました。今回からは、リョウさん(30代女性・夫と二人暮らし)の結婚生活について考えて行きます。

 リョウさんが、生まれ育った実家の家族以外の人と暮らすのはこれが初めてです。

 「新婚生活」に憧れのあったリョウさん。正直、これまで自炊はほとんどしてきませんでしたが、できれば彼にあたたかい手料理を準備して、「おかえり」と言って家で迎えたいと思っていました。ちょっと古典的ですが、それがリョウさんの思い描く結婚の姿でした。

 しかし、現実はなかなか厳しいものでした。

 リョウさんが夕食の準備を終えて、ようやくふたりでご飯を食べるのは、なんと夜の11時だったのです。新婚のふたりはすぐに寝不足、胃もたれに見舞われました。そして、次第に疲弊して、イライラするようになりました。

 いったいどうして夜ごはんが夜の11時からになってしまうのでしょう。

 一人暮らしの長かったリョウさんにとって、1人で気ままに「今日は外食」「今日はコンビニでいいや」とすませていたときと違って、毎日コンスタントに夕食を準備するのは思ったよりもハードなものでした。

 リョウさんの夕方は決まってこんなふうでした。 

 リョウさんの仕事は遅くとも夕方6時には終わります。それからすぐにスーパーに寄って、夕食の材料を買い出します。

 リョウ 「今日はイワシが安いんだ。へえー、でもイワシで何作ればいいかわからないな。え、(商品のパッケージに)バター焼きで美味しいって書いてある。そっか、バターか」

 魚売り場からバターのある乳製品売り場へ移動します。

 リョウ 「これでメインは決まったけど、副菜なんにも思いつかないなあ」

 そういいながら野菜売り場に行くと、ほうれん草が目につきます。これでほうれん草のゴマあえを思いついたリョウさんは、ゴマを探しにまた別の売り場へ。そうしてうろちょろする途中に、「見切り品!50%OFF」のワゴンが目に入ります。思わず立ち止まり、何かお買い得なものはないかと探し始めるリョウさん。

 こんな具合で、リョウさんの買い物はあっという間に1時間に及びます。

 

 帰宅する頃には夜7時半。

 リョウさんは、重い荷物を床に下ろすと、クタクタでちょっとだけ横になります。ひとりの家は寂しいからか、リョウさんは帰宅するとすぐにとりあえずテレビをつけるという癖があります。

 夜7時半のテレビは、ニュースも終わって、面白いものがたくさんあります。ちょっと一息つきながら、テレビを見始めると、なかなかやめられません。午後8時になってテレビが終わると、今度はリョウさんは眠くなってしまいます。いつのまにかうたたねをしてしまうのでした。

 

写真・図版 

 布団もかけずに、スーパーで買って来た食材も出したままで、リョウさんは午後9時半まで寝ていました。あまりの寒さに目を覚ますと、夕食がまだできていない現実にぞっとします。

 ちょうど彼からメールがきました。もうすぐ帰宅するとのことです。

 リョウさんは慌てて、台所に立ちました。

 

 イワシを焼いてみたものの、焼き終えてから、今度はほうれん草をゆでるお湯をわかします。そんな風に、リョウさんは、1度に1つの料理を作ることが精一杯です。せっかくの3口コンロもいつも一カ所しか使えません。こうした並行作業のできなさは、ご飯の炊き忘れ、ご飯を作りながらお風呂を入れることができないことなどにつながります。

 料理中に彼が帰宅しましたが、リョウさんは悲壮な顔をして、台所で慌てていて、「おかえりなさい」と笑顔で迎えるにはほど遠いかんじでした。

 リョウさんが夕食を完成させたのは、午後10時半でした。焦りと疲れと、自分に対する嫌悪感でいっぱいのリョウさん。結婚前は、そんなリョウさんを丸ごと受け止めてくれていた彼でしたが、毎日こんなにあたふたしているリョウさんでは、お互い疲弊していまいそうです。

 

 ついに空腹でイライラした彼がこういいました。

 彼 「もう、いろいろ凝ったの作らなくていいし。てゆうかそんなに毎日作ろうとしなくてもいいのに。作るなら普通のでいいのに、なんでできないの?」

 リョウさんは、彼に今さらそんなこと言われなくても、なんどもそのセリフを自分に投げかけてきたのです。なのに、最愛の理解者の彼までが「普通にできないの?」という残酷なセリフをつきつけてきたのです。それはなによりショックでした。

 

 新婚生活が始まってからずっと、リョウさんなりに気を遣ってきたし、努力をしてきたつもりでした。彼からも見放されてしまうんだろうか、と考えると、辛くてしょうがありませんでした。リョウさんは、何も言い返すことができず、とっさに家を出ました。

 

 やっと最近はうまくいっていたふたりなのに、この先どうなるのでしょうか。リョウさんほどでなくても、家事がうまくはかどらないことで、ひそかに悩んでいる人は多いかもしれません。リョウさんのようにADHDの特性を持つ人にも、世間でよく言われる「家事なんてそのうち慣れるわよ」「普通にみんなできることだから大丈夫」といった月並みな励ましが効くのでしょうか? このお話は次回も続きます。

 

<お知らせ> ネットでさまざまなお悩みを相談できます

 このコラムの筆者の中島が、北九州市にある精神科クリニック「かなめクリニック」にて、今年3月からオンライン診療を担当しています。診断の有無にかかわらず、インターネットを用いて認知行動療法などのカウンセリングを行います。ご相談内容は、ADHDに限らず、気分が落ち込んで引きずってしまう、不安でたまらない、食べ過ぎや飲み過ぎ、薬に依存してしまう、性犯罪に関するものでも幅広くお引き受けします。ご家族からの相談も受け付けます。みなさまのご相談をお待ちしております。

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<アピタル:上手に悩むとラクになる・生きるのがつらい女性のADHD>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/nayamu/

(アピタル・中島美鈴)

アピタル・中島美鈴

アピタル・中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。他に、福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。