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 風邪に抗菌薬(抗生物質)は効きません。それでもインターネットによる調査では風邪で医療機関を受診したときに約3割の人が抗菌薬を希望するのだそうです。

 その背景には、風邪やインフルエンザに抗菌薬が有用であるという誤解があるようです。患者さんが誤解するのは仕方がないですが、専門家である医師が風邪に抗菌薬を処方することがあります。

 学会の調査によると、風邪の患者さんやご家族が抗菌薬を希望した場合、「希望通り処方」が12.7%、「説明しても納得しなければ処方」が50.4%で、計約6割を占めたそうです。医師の中にも勉強不足で抗菌薬が風邪に効かないことを知らない人も少数はいるでしょうが、多くの医師はわかった上で処方しているのだと思います。

 効かないとわかっていながら抗菌薬を処方するのはけしからんとお考えでしょうか。ただ、医師が効かない薬を処方してしまう理由は単純ではありません。原則として、患者さんは自らが受ける治療を選択する自己決定権があります。その昔、医師が良かれと考えた治療を患者さんに十分な説明もせずに行ってきたことの反省から、現在ではインフォームド・コンセントという考え方が当たり前になってきています。

 抗菌薬の副作用や効果について患者さんが十分に説明を受け、その上で抗菌薬の処方を希望した場合、その希望を拒否することは自己決定権の侵害にはなりはしないでしょうか。患者さんが希望する治療が、ものすごく高価であるとか、ものすごく害があるとかならば、これは拒否してもいいでしょう。しかし、抗菌薬はそれほど高価なものではなく、重篤な副作用が起こることはありますがまれです。だったら、患者さんの意思を尊重すべきという考え方もできます。必要性に乏しいCT検査や点滴を患者さんが希望したときに医師はどのように対応すべきかという問題にも通じます。

 医師が効かない薬を処方する理由はこれだけではありません。「あの先生は薬を出してくれない」という評判が広がると診療所に受診する患者さんが減ってしまうとか、ご納得いただけるまで説明する時間が足りないとか、処方を拒否して後で病状が悪化したら訴訟になるかもしれないとか、抗菌薬の処方を拒否しても別の診療所でもらうだけだからとか、他にもさまざまな理由もあるでしょう。

 いずれにせよ、風邪に対する抗菌薬処方は耐性菌や医療費の問題だけでなく、患者さんの不利益にもつながりますので、できるだけ少ない方が望ましいです。「風邪に抗菌薬は効かない」と言い続けているせいか、私の外来で抗菌薬を希望する風邪の患者さんはだいぶ減りました。地道に「風邪に抗菌薬は効かない」ことを周知していくのが結局のところ有効なのではないかと個人的には思います。

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アピタル・酒井健司

アピタル・酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。