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 前回、前々回と2回に渡り、介護施設での食事の場面を例に、自分の価値観と異なる状況に遭遇した時に怒りが生じるという考え方について説明してきました。価値観は、施設の理念のように大きな方向性を示すものだけでなく、個人の信条やちょっとしたこだわりのようなものもあります。

 そこで今回は、生活のなかで当たり前にやっていること、日頃から無意識にやっていることに着目してみます。

 施設の食堂での一場面です。

 どうやらウマの合わない職員がいます。食事の盛り付けが気にくわないともめています。

 食事を提供する際に、小規模の施設やグループホームなどでは職員が調理や盛り付けを行います。例えば、みかんを小皿に乗せる人もいればテーブルに直接置く人もいます。バナナもゆで卵も、おやつに出す小包装された菓子までも、職員それぞれに提供のやり方があり、自分のやり方と違うことが気になりだすと、細かなことがいちいち目について、険悪になってしまう。入所者の方々が気にも留めないようなことで、もめてしまうのだそうです。

 

 当人たちの言い分を聞いてみましょう。

 小皿に乗せたい人にとっては……

「食べ物をテーブルやトレーに直に置くのは不潔だ」

「丁寧さに欠ける」

「味気ない」

「入所者のためを思えば小皿に盛ることは当然のこと」

 

 テーブルに置く人はというと……

「皮がついている、殻がついているのだから直に置いても不潔ではない」

「お皿を出したら洗い物が増える」

「お皿にのせてもテーブルに置いても味は変わらない」

「非効率なことはやめて入所者のために時間を使ったほうがいい」

 

 価値観には、生活や経験のなかで育まれてきた物事の考え方も含まれます。日ごろ毎回無意識にやっていることに現れていたりして、施設の理念や職員の介護観などでは説明できないこともあります。自分では当たり前のことが、ほかの人から見たら不快に感じられることもあり、そのズレがイライラや怒りの原因となります。

 それが、入所者にとって大切なことならまだしも、介護する側は入所者のためと思っていても、入所者からしてみれば気にもしないことでもめていることもあります。そんなことでもめるぐらいなら、職員同士が良好な人間関係でいることのほうが入所者のためだと思います。ところが、当人たちは気になり出したら全てが気に入らないという悪循環に陥ってしまいます。

 自分には自分の、相手には相手の価値観があります。だから、引っかかることがあるときは、相手の意図を確認したり、自分の意見を伝えたりすれば歩み寄ることができます。しかし、何も考えずに毎日やっていることに理由をきかれても、当たり前のことなので自分の行動の理由など思いつかないということもあったりします。自分の価値観に気づかない、また相手も気づいていないような場合もあり、そうなると「自分はこう思うからこうして欲しい」などと相手にうまく伝えることは難しいのです。

 こうしたイライラには、小さなことは目をつぶる、「自分と違うやり方の人もいるのだな」と自分に言い聞かせるなどの方法を試してみると、おおらかに物事を受け止められるようになるでしょう。

 

 さてここでもう一つ食事の場面です。食堂で入所者が食べ始めるなか、職員がお茶の入った湯飲みを配っていました。1人の入所者のお膳の脇に湯飲みを置くと、その人が置かれた湯飲みを別の場所に置き直して、また食べ始めたと言うのです。ただそれだけのことです。

 私はその話をとても興味深く思いました。

 

 和食の配置はごはんを左に、そしてお椀を右に置くのが配膳のマナーとして知られていますが、それに比べるとお茶を置く位置を意識している人はどれくらいいるでしょう。その職員は、お茶をお膳の左に置いていきました。それを入所者が右に置き直したのを見て、「この人にとっては右側に置くとお茶を飲みやすいのだな」と気づいたというのです。

 実際のところ忙しいなかでの配膳では、トレーの空いているところに置いていたり、配膳する人の手の届くところに並べていったりすることが多く、高級料亭のように位置が決まっていることなどほとんどありません。個別にこだわりがあるような場合でなければ、職員も入所者も気にしていないのではないでしょうか。

 この場面でも、入所者が怒ったわけではなく、食べながら無意識に手に取りやすいところに置き直したという程度のことだと思います。その一瞬をとらえる視点をもっていることが、まさに何も言わなくとも、かゆいところに手が届くような介護を提供するために大切なことだと思いました。

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 このコラムでは、医療や介護の場面を取り上げながら、怒りやイライラといった感情との付き合い方を紹介しています。介護施設、介護サービスを提供する職員のアンガーマネジメントを考えます。

 

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◆編集部から

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<アピタル:医療・介護のためのアンガーマネジメント・コラム>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/anger/(アピタル・田辺有理子)

アピタル・田辺有理子

アピタル・田辺有理子(たなべ・ゆりこ) 精神看護専門看護師・保健師・精神保健福祉士

横浜市立大学医学部看護学科講師。大学病院勤務を経て2006年から看護基礎教育に携わる。アンガーマネジメントファシリテーターTMとして、医療・介護・福祉のイライラに対処するためのヒントを紹介する。著書に『イライラとうまく付き合う介護職になる!アンガーマネジメントのすすめ』(中央法規出版)がある。