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 このコラムでは、ADHDに悩む30代女性・リョウさんのお話を続けています。(リョウさんは架空の人物です)

 前回までにリョウさんは彼との新婚生活をスタートさせました。しかし、夕食作りという難関がリョウさんを待っていました。リョウさんが不慣れなこともありますが、平日仕事を終えた後に夕食を作る手際が悪く、連日夜11時から夕食をスタートする羽目になっています。そのことで、彼に「普通のでいいのに!」と批判されて、家を出たのでした。

 リョウさんは親友ミズホさんの家を訪ねました。財布も持たずに飛び出したので、行く所が他になかったのです。ミズホさんの夫は夜中に突然訪れた妻の友人に驚きながらもあきれ顔でした。学生時代からの親友のミズホさんは特に驚きもせずに、リョウさんを家の中に入れてくれました。

 リョウさんが一部始終を話すと、ミズホさんは言いました。

 ミズホ 「私さ、リョウを昔から知ってるけど、学生時代あんたがお米炊いたところなんて一度も見たことないよ。そう考えたら、夜11時になったとしても、毎日ご飯作ってるなんて、よくやってるわよ」

 リョウ 「そうだよね。自分でもびっくりよ。こんなに大変なこと、みんなしてるのかな。信じられない。私にしてはよくやってるよね」

 ミズホ 「ご飯に限らずさ、リョウ、バイトだって長く続くタイプじゃなかったし、こう、毎日コツコツとかって、苦手じゃない?」

 リョウ 「おっしゃるとおりよ。ミズホからみてもやっぱそうよね。こういうだらしないところが、もうほんとに嫌になっちゃう」

 ミズホ 「だらしないのかな……。リョウの場合、めちゃくちゃ一生懸命やってはいるんだけど、なんかうまくいかないよね」

 リョウ 「そう!そうなのよ。決してサボってるわけじゃないんだけどなあ。でも毎日11時から夕ご飯なんて、やだよね」

 ミズホ 「よし。あんたをよく知る私が、新婚生活をサポートするよ! まかせろ!」

 

 ミズホさんほど、リョウさんの生活実態をよく知る人はいないでしょう。また、どういうことならリョウさんが興味を持ち、楽しめるのかもよく知っている人です。それに、ミズホさんは結婚生活の先輩でもあります。

 ミズホさんは、リョウさんに言いました。

 ミズホ 「夕食問題って、たった三つの秘訣(ひけつ)で解決するかも。ただし、条件があるの。もう空想上の完璧な新妻像を捨てること。それだけ」

 

 「たった三つの秘訣」という魔法のような言葉に惹かれながらも、「完璧な新妻像を捨てる」という言葉には引っかかりを感じて、怪訝(けげん)そうな顔をするリョウさん。

 リョウ 「私、やっと結婚できたんだから、ちょっとくらい夢みさせてよ」

 ミズホ 「大丈夫。最初が肝心なんだから」

 

 リョウさんは何が大丈夫なのか、何が肝心なのかさっぱりわからないまま、ミズホさんのいうことに耳を傾けました。

 ミズホさんがいうには、三つの秘訣とは以下のようなものでした。

 

秘訣①ネットスーパーの活用と週間献立の作成

 リョウさんは夕食のメニューを決めずに、仕事帰りにスーパーに立ち寄って買い物をしていました。さらに、メニューを思いつくままにあちこちの売り場を歩いていました。

 スーパーのような場所は、店内放送やセール用の広告物、さまざな商品、ほかの客など雑多な刺激にあふれています。移動距離が長くなると、その分ワゴンセールなどの誘惑も増えます。

 ADHDの症状の中でも「不注意」が強ければ強い人ほど、こうした環境の中で、メニューを頭の中に浮かべて、それらに必要な野菜や肉といった材料を挙げていき、売り場を無駄なく動いて買い物をするという作業は難しくなります。

 そこで、こうしたADHDの方には、余計な刺激の少ないネットスーパーで買い物をする方法がお勧めです。ネットスーパーで買い物する前には、あらかじめ献立を1週間分決めてしまい、買い物するものをリストアップしておくとよいでしょう。インターネット上の品物に次々目移りして、余計な買い物をしてしまうことを防ぎます。

 また、料理をほとんどしたことのないリョウさんが、毎日スーパーの特売品に応じてメニューを考えて、慣れない手順で未経験の料理を作るというのは、あまりにハードルの高い挑戦です。作り慣れた料理を作るときと違って、時間もずいぶんとかかってしまうものです。思い切って、「平日には定番メニューしか作らない」と割り切ってしまうことができればよいでしょう。たとえばこんなかんじです。

 

写真・図版 

 彼が作る日も決めるのはどうでしょう。あえて「お総菜デイ」と称して、スーパーやデパ地下などでお総菜を買って来て楽しむ日をつくるのもよいでしょう。

 

秘訣②目先の一休みより、やるべきことを終えてゆっくりくつろぐ

 リョウさんがスーパーに立ち寄った場合、帰宅するのは夜7時半でしたね。さすがにこの時間まで仕事の荷物とスーパーの買い物袋を手に持って、ヒールで歩き続けたのでは、誰でもクタクタになることでしょう。

 ①でネットスーパーで1週間分の食材を買い出すことができていれば、帰宅はおそらくあと1時間は早くなるでしょう。通勤用の運動靴や身体に負担のかかりにくいバッグにするなどの工夫でも疲れを溜めにくくできそうです。

 

 ただ、疲れを少し軽減できたとしても、リョウさんにはもうひとつ困った癖がありました。それは、帰宅するとすぐにテレビをつけるというものでした。テレビが面白くて見続けてしまうことが、その後のうたたねにつながってしまうという点で課題でした。

 この「一度集中してしまうと、とことんやめられない」という現象を「過集中」といいます。このコラムでもこれまでに何度か登場してきました。ADHDの人には、ゲームやネット、ギャンブルなどに対する過集中も見られます。

 過集中への対処の最も楽な方法は、「最初からしない」ことです。元も子もない言い方ですが、「テレビをスタートすべき時間ではないのに、つけてしまった」ことに問題があるのです。テレビをつけなければ、そこに集中してしまって夕食作りを忘れてしまうことがないのです。一度見始めたものをやめるのはこの何倍もエネルギーを消費します。

 

 もしかするとみなさんは「ちょっとくらい休憩した方が、その後リフレッシュできてうまく家事ができるのでは」と思われたかもしれません。しかし、リョウさんのようにADHDの特性を持つ人は、「ちょっとのつもり」が「気づけば1時間」となってしまうことが多いのです。

 これは時間処理の障害と言われています。それよりは、やるべきことをやってから見るテレビの楽しさ、リラックス感を味わっておくのです。「目先の一休みよりも、あとからやることを終えて、ゆっくりくつろいで見るテレビはきっと最高だろうな」と考えるのです。ちょうど温泉から上がってすぐに「喉が渇いた。でも、ここで水は飲まずに、あとから生ビールを飲むぞ」と言い聞かせるかんじです。

 

 

秘訣③ルーチン家事をあらかじめセットにして同時にこなす

 思えば、毎日の家事ほどのルーチンはありません。夕食作り、風呂の準備、洗濯物の取り込み、郵便物の処理など。毎日やることはほぼ決まっていて、そこにいくつか増えたり減ったりするものです。

 そこで、「炊飯器のスイッチとお風呂のスイッチはいつも同時に押すとちょうどいい」とか、「帰宅と同時にお湯を湧かすと夕食を作りながらコーヒーが飲める」というように、ルーチンの家事をあらかじめ二つか三つずつセットにして、同じタイミングでスタートできるとよいでしょう。

 たとえば、次のように、一度自分が帰宅してから寝るまでの作業を洗い出し、いつ、何に、何分かけているのかを計測したり整理したりして、それに基づいてセットにできそうな活動を探してみるとよいでしょう。

 

 実はこの秘訣、ミズホさんも新婚時代に取り組んだそうです。さて、こうしてミズホさんから提案された三つの秘訣を踏まえて、リョウさんは夕食作りの危機を切り抜けることができるでしょうか?

 このお話は次回も続きます。

 

<お知らせ> ネットでさまざまなお悩みを相談できます

 このコラムの筆者の中島が、北九州市にある精神科クリニック「かなめクリニック」にて、今年3月からオンライン診療を担当しています。診断の有無にかかわらず、インターネットを用いて認知行動療法などのカウンセリングを行います。ご相談内容は、ADHDに限らず、気分が落ち込んで引きずってしまう、不安でたまらない、食べ過ぎや飲み過ぎ、薬に依存してしまう、性犯罪に関するものでも幅広くお引き受けします。ご家族からの相談も受け付けます。みなさまのご相談をお待ちしております。

 ※要予約・有料で、自費診療となります。すでに医療機関にかかっていて、主治医や担当カウンセラーのいる方は、許可を得た上でお申し込みください。

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<アピタル:上手に悩むとラクになる・生きるのがつらい女性のADHD>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/nayamu/(アピタル・中島美鈴)

アピタル・中島美鈴

アピタル・中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。他に、福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。