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 毎日の目の前のことをこなしているうちに、一年が押し詰まってきた。

 今年は、若者と交流する機会が多かった。八月に香川県琴平町で、日本神経学会サマーキャンプに講師として参加した。医学部の四、五、六年生と研修医を全国から集めて、神経内科を専攻してもらうための催しだった。ぼく以外の講師は大学教授ばかりで、ぼくは四国の匂いを感じてもらう役割だった。

 ぼくの出番は二日目の最初で、講演を終えるとすぐに高松に移動。例年の高松赤十字病院看護部の新人研修会で講演した。「初めてのことは誰にもできない」「業務の金縛りにあわないように」「疲れたら優しくなれない」など、舞台を降りないでやってゆこうと、新人たちへの応援メッセージを送った。

 高校生がぼくの訪問診療を見たいと言ってきたのも、同じ八月の終わりのこと。訪問看護師を目指す、笑顔の爽やかな女子高校生は往診車の助手席に座り、ぼくと半日訪問を続けた。

 移動の車中で、ぼくに質問があった。「訪問診療のやりがいって何ですか」と、ずばっと聞かれた。「もう一つ聞いてもいいですか」が何回もあった。ノートを広げながら用意した質問が飛んでくる。一車線の道を走りながら、緊張しつつぼくが答える。

 「患者さんに寄り添う看護を目指そうと思っているのですが、どう思いますか」と、真剣な話になった。「寄り添う気持ちって、本当にその通り。ただ、思いだけでなくて、技術的なことや判断することも寄り添うことになるから、現場で経験しながら進化してゆくことが大事じゃないかなあ。今のあなたの患者さんに寄り添うという気持ちを初心にして、どう深めてゆくか広がってゆくか、五年、十年の単位で確認してゆくことを大切にしたら」と、おじさん口調で話したことだった。

 最後に、もうすぐ百五歳になる患者さんを訪ねた。家族を交えて、話が弾んだ。「ありがとうございました」との帰り際の高校生のあいさつに、患者さんは顔を起こして「ありがとう」と、大きく優しく答えた。「十八歳に ありがとうと言う 百五歳」とぼくが一句。そこでみんなで大笑い。

 六時半すぎに診療所に戻った。「あっという間で、楽しかったです」と、母親の迎えを待つ高校生は、待合室の椅子に腰をかけて言った。

 翌日、手紙が届いた。「今回同行させてもらって、在宅医療の素晴らしさや面白さが身にしみてわかりました。そして何より人間の素晴らしさ、生きることの力強さを感じた実習になりました。一生忘れられないよき思い出となりました。出会えて、話ができ、とてもよかったです」と、ぼくの気持ちを受け取ってくれた文面だった。

 若者の感性がうれしい。

 

<アピタル:診療所の窓辺から>

http://www.asahi.com/apital/column/shimanto/(アピタル・小笠原望)

アピタル・小笠原望

アピタル・小笠原望(おがさわら・のぞみ) 大野内科医師

1951年高知県土佐市生まれ。76年弘前大学医学部卒。高松赤十字病院などを経て97年大野内科(四万十市<旧中村市>)。2000年同院長。18年12月から同医師。在宅医療、神経難病などの分野で活躍中。最新の著書は「診療所の窓辺から」(ナカニシヤ出版)。