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 このコラムでは、ADHDに悩む30代女性・リョウさんのお話を続けています。前回のリョウさんは、夫を喜ばせたい余りに浪費を重ね、ついにクレジットカードが使えなくなってしまったところで話が終わっていました。

 今回は、このお金の問題に切り込んでいきます。(リョウさんは架空の人物です)

金銭管理に失敗したワケ

 リョウさんのように、大人のADHDの方には金銭管理が苦手であるという悩みが広く見られます。家計簿をつけるような細かい数字を追うことが面倒だからでしょうか。家計簿をつけるのが続かないので、収支がわからないのでしょうか。もちろんそれも金銭管理のできない原因でしょう。

 しかし、もっと重大な問題がありました。それは、リョウさんが、支出のほとんどを「クレジットカード」で決済していたことです。ここには二つの「失敗の原因」が隠れています。

 一つは、ADHDの人の多くが、「数字」がとても苦手ということです。

 どういうメカニズムであるのかはまだはっきりしていません。数学が苦手という意味でもありません。これは、たとえば「1万円支払った」という事実があったときに、それが「実感」もしくは「体感」できにくいということです。

 「1万円が、今月使えるお金のうちどのくらいのインパクトがある金額か」という実感であったり、「支払った結果、今月はあとどのくらいのお金でやりくりしなくてはいけないか」という感覚が持ちづらいことを指しています。

 お金だけでなく、時間にまつわる数字でも同じことが言われています。8:00に出発しなければならない朝の仕度の時間に、デジタル時計で「7:45」と表示されているのを見ても、緊迫感がいまいち実感できない方が多いようです。それよりは、アナログ時計の針と針の間の角度で、残り時間を実感できるという感想を多く耳にします。

 こんなふうに、数字をレジで聞いただけで、あるいはクレジットカードの控えや、デジタル時計の表記を見ただけでは、数字が意味する量的なイメージが湧きづらく、実感につながっていないのかもしれません。

 

 もうひとつは、記憶力の問題です。一般的なADHDの特性は不注意、衝動性、多動性ですが、この不注意の現れ方のひとつに「忘れっぽい」という記憶力の問題があることが知られています。「約束した日時を忘れてしまう」とか、「ひき肉を買うつもりでスーパーに向かったものの、何を買うつもりだったか忘れてしまい、関係のない買い物をして帰ってきた」などがその例です。

 お金があといくら残っているかをおよそでも把握していることも、時間があとどのくらいかを把握していることも、どちらも連続する数字に関する記憶力が必要となります。もちろん、この数字を記憶しながら時系列で追って行く力には、記憶力の問題だけでなく、集中力の問題が関係します。

 例えば、「今月、あといくらくらい使える?」といま質問をされて、答えられないという方はいらっしゃいますか? あるいは「今日、朝からいくら使った?」という質問はいかがでしょう。正確に答えられる方はそう多くないと思いますが、数万円単位、数千円単位で、まったく見当もつかないということはまれだと思います。でも、ADHDの人の多くはこうした質問にうまく答えることができません。いくら使ったかが分からなければ、残高を知ることもできませんね。

 私たちが生きて行く中には、日々覚えていなければならないことや、集中して取り組まなければならないことがたくさんあるものです。リョウさんは仕事に、始まったばかりの新婚生活に、家事にと必死なわけです。そんな最中、いつも頭の片隅に「金銭管理」のことを覚えておいて、コツコツと残高を気にしながら家計をやりくりすることはとても難しいことなのかもしれません。

 まとめると、クレジットカードの決済では数字からお金の実感が湧きづらいこと、いくら使ったかを覚えていられないため、今月使えるお金の残高もわからないことが敗因であったと思われます。

クレジットカードから現金管理へ

 こうした敗因がわかれば、そこに対処策を講じることができます。リョウさん!今回は私がアドバイスします。(え、そんなのあり?)

 リョウさんには「現金主義」になってもらいました。そうです。ADHDの人の多くが、デジタル時計でなくアナログ時計の方が時間の感覚を持ちやすいのと同じように、クレジットカードというデジタルな金銭管理をやめて、1カ月分の現金を手元におくというアナログな金銭管理に移行することで成功しているのです。

 この方法は、「無駄遣いを減らす家計術」や「貯金をふやす裏技」などとして、テレビや雑誌でもよく取り上げられる方法です。家計をやりくりするための一般的な方法の一つですが、ADHDの方には素晴らしく効果があるのです。試してみてください。

 1カ月分をいきなり始めるのはお勧めしません。まずは1日単位、慣れて来たら3日単位、そして1週間単位・・・と管理する期間を延ばしていきます。その期間に使えるお金だけを財布に入れるのです。

 具体的には、家賃や光熱費、通信料など1カ月単位で引き落とされるものを差し引いた金額を口座から引き出してきて、手元におきます。それを、週数で割って1週間ごとに使える金額を割り出すとよいでしょう。できれば、それをさらに食費、交際費などと用途ごとに封筒に分けて入れておくことをお勧めします。そうすると、その封筒からお金を使うたびに、「あ、あとこのくらいの残高なんだな」と厚みや重みでわかります。

 カードと違って予算より使いすぎることもありません。記憶力に自信がなくても、現金が手元にあるのですから、買い物にしても外食にしても封筒の中身を気にしながら計画を立てることができるでしょう。

 

写真・図版 

 リョウさんは、早速実践してみました。リョウさんは、自分の通帳を見ることさえ、正直怖くて仕方ありませんでした。お金に関する数々の失敗から、「私はお金の管理なんて苦手だ。怖い!」と思うようになっていたからです。「いつかしなくちゃ」と思いながらもずっと先延ばしにしてきたのがお金のことでした。でも「カードが使えない!」という衝撃の事実がリョウさんを追いつめてくれました。「もう『いつか』とか言ってられないんだ」と覚悟ができたのです。

 リョウさんがこの方法に取り組んでみて最も変わったのは、買い物の仕方でした。レジでお金が足りなくなってはいけないので、必死に値札と財布の中身を確認しますし、不要な物を買わなくなりましたし、予定外の思いつきの出費もなくなりました。

 しかし、最も大きな変化は、リョウさんが「外食費」とマジックで書いた封筒を夫に見せることができたことです。

 リョウ 「今月の外食費はここから出していこう」

 夫もまた、ADHDの傾向のある男性でした。この現金を前に二人で家計のことを共有できたことは大きな一歩だったそうです。

 夫 「そうだよね。ちゃんとこういうのしてくれてありがとう。贅沢しすぎてたかな」

 夫は自分でも苦手な金銭管理をリョウさんがリードしてくれたことに、尊敬の念を抱いたようです。リョウさんとしても、ひとりで家計を管理するプレッシャーだけでなく、夕食を手抜きする申し訳なさから解放されることになりました。身の丈に合わない贅沢な買い物の代わりに、夫とふたりで「じゃあ、今日はコスパのいい店でB級グルメを楽しもうか!」と家計を意識しながら楽しめるようになったそうです。

 後日談ですが、旅行先でリョウさんのカードが使えなかった理由は、その月も限度額を超えていたことが原因だったそうです。それを電話して確かめてほっとしたリョウさんでしたが、もう当分はクレジットカードの使用を控えるそうです。

 リョウさんのお話は次回も続きます。

<お知らせ> ネットでさまざまなお悩みを相談できます

 このコラムの筆者の中島が、北九州市にある精神科クリニック「かなめクリニック」にて、今年3月からオンライン診療を担当しています。診断の有無にかかわらず、インターネットを用いて認知行動療法などのカウンセリングを行います。ご相談内容は、ADHDに限らず、気分が落ち込んで引きずってしまう、不安でたまらない、食べ過ぎや飲み過ぎ、薬に依存してしまう、性犯罪に関するものでも幅広くお引き受けします。ご家族からの相談も受け付けます。みなさまのご相談をお待ちしております。

 ※要予約・有料で、自費診療となります。すでに医療機関にかかっていて、主治医や担当カウンセラーのいる方は、許可を得た上でお申し込みください。

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<アピタル:上手に悩むとラクになる・生きるのがつらい女性のADHD>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/nayamu/(アピタル・中島美鈴)

アピタル・中島美鈴

アピタル・中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。他に、福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。