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 前回のコラムで妊婦加算制度について書きましたが、その後、制度を停止するというニュースが飛び込んできました。

 妊娠中の女性の自己負担が増えることなどに批判が集まっていたため、「民意が響いた」と与党は言っていますが、本当にくんでほしい民意は妊婦加算の凍結ではありません。改善すべきなのは、妊娠中の女性が受診を断られたり、薬を処方してもらえなかったりといった現状です。こんなにも簡単に、対案もなく妊婦加算がなくなれば、「やはりよくわからないから妊婦にはよそを受診してもらいたい」と考える医者が増え、ますます女性が困らないでしょうか。

 そう考えるには理由があります。前回のコラムには、ツイッター上などで様々な反響がありました。なかでも多かったのが、妊娠中の薬の使用に関するものでした。「皮膚科で『妊婦に出せる薬なんかない』と言われた」「副鼻腔炎で顔面が痛いのに、耳鼻科で鎮痛剤をもらえなかった。別の内科で処方してもらった」などというものもありました。誤解に基づいた対応をされ、困っている女性たちがいるのです。

妊娠中でも処方できる薬も

 妊娠すると一切の薬を飲んではいけないと思っている医師がいますが、本当はそんなことはありません。

 特に、慢性疾患で治療中の女性は、主治医の判断なしに内服を止めることで、本人にも赤ちゃんにもよくない場合もあります。必ず、薬を処方している医師に確認しましょう。

 多くの薬の添付文書に「妊婦または妊娠している可能性のある婦人には治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること」と書いてあるので、よく知らない医師や薬剤師はそれだけで、怖いものだと感じてしまうようです。しかし、これは十分なデータがない場合の、紋切り型の定型文です。

 アメリカのFDA(食品医薬品局)やオーストラリアのADEC(医薬品評価委員会)は妊婦(胎児)への薬のリスクを評価し、公表しています。この二つの組織の示す評価は、医療機関ならまずどこにでも置いてある本、「今日の治療薬」に記載されています。また、日本産婦人科医会が、妊娠の時期による赤ちゃんへの影響や、薬について書いているサイトがあるので参考にして下さい(妊婦の薬物服用 http://www.jaog.or.jp/sep2012/JAPANESE/jigyo/SENTEN/kouhou/kusuri.htm別ウインドウで開きます

 特に服用する機会が多いのが解熱鎮痛薬ですが、アセトアミノフェンは安心して使える薬と考えられ、処方されることが多いです。市販薬でも手に入るものがあります。抗菌薬(抗生物質)も妊娠中に飲むべきではない一部を除き、処方できます。また、皮膚科で出される軟膏やクリームはほとんど皮膚にしか効きません。点眼・点鼻薬も局所的に使うものなので、ほとんどが問題ありません。一方で、湿布・貼付薬の一部は、吸収されて胎児に影響のあるものがあります。医師・薬剤師にご相談下さい。

妊娠中のワクチンは?

 前回のコラムへの反響の中には、妊娠中のインフルエンザワクチンを断られたという声もありました。

 ワクチンには、ウイルスや細菌の病原性を極力弱めた「生ワクチン」と、病原性を完全になくし免疫を作るのに必要な成分だけを残した「不活化ワクチン」があります。妊娠中に生ワクチン(麻疹・風疹ワクチン、みずぼうそうワクチン、おたふく風邪ワクチン、BCGなど)は受けることができませんが、不活化ワクチンは受けることができます。不活化ワクチンであるインフルエンザワクチンは、妊娠中の女性が受けることで新生児が守られます。

 以前は、インフルエンザワクチンを妊娠後期の女性しか受けてはいけないと言われた時期がありましたが、現在では初期・中期・後期とどの段階の女性でも受けた方がいいと考えられています。WHOのサイトでは、優先的にインフルエンザワクチンを受けるべき人に、生後6カ月から5歳未満の子ども、高齢者、慢性疾患を持っている人、医療関係者と書いてあります。妊娠中の女性は最も優先的にインフルエンザワクチンを受けるべき人としています(インフルエンザワクチンの使用 https://www.who.int/influenza/vaccines/use/en/別ウインドウで開きます)。ちょうど、インフルエンザが流行する季節なので、迷っている妊娠中の女性はぜひ受けましょう。

授乳中の薬の服用は

 薬の処方が難しいと思われがちなのは、妊娠中の女性だけではありません。

 母乳をあげている人も、薬はまったく飲んではいけないと思う人がいたり、処方してはいけないと思う医師・薬剤師がいたりします。お母さんが体に取り入れたものが、そのまま母乳に出るというイメージが強いようです。飲んだものや食べたものが消化吸収されて、分解されたものが血中に入り、血液から母乳ができます。

 薬がどのくらい母乳に移行するかは、種類によって違います。薬の分子量、脂溶性かどうか、たんぱく結合率、pHなどで決まります。動物実験による母乳への移行データをもとに添付文書に記載があることもありますが、日本では情報不足のためやはり紋切り型の文章が書いてあることがあります。

 薬を服用する際に、断乳を薦められることがあると思います。母乳を分泌するホルモンは、授乳のたびに分泌量が増え、時間経過と共に低下します。母乳を吸わせたり搾乳したりしないままでいると、ホルモンが低下し、母乳の分泌量が減ってしまいます。長期間にわたると出なくなってしまうこともあるので、医療関係者には安易に「断乳してください」とか「薬を飲むなら母乳をやめてください」などと言ってほしくないと思います。

 海外では、ヒトの母乳移行薬物と乳児への影響のデータを蓄積している国もあります。こちらはアメリカの国立衛生研究所のページで、英語ですが、スマホやPCのブラウザーソフトの翻訳機能で日本語にして読むことができます(LactMed https://toxnet.nlm.nih.gov/newtoxnet/lactmed.htm別ウインドウで開きます)。日本では国立成育医療研究センターのページなどが、参考になります(https://www.ncchd.go.jp/kusuri/lactation/druglist_aiu.html別ウインドウで開きます)。前述の「今日の治療薬」には授乳中の薬の評価も載っています。

 つらい症状があって受診した際に、薬を出してもらえなかったり、安易に断乳を薦められたりするようなことがあれば、こうした情報も参考に相談してみてください。

 妊娠中や授乳中の薬の服用については十分に知られていないことが多く、そのために妊婦さんが医療機関の受診を断られたり、授乳中であるために治療薬を渋られたりすることが横行しています。こうしたことをする医師にはもっと勉強してほしいと思いますし、国は少子化対策をうたうなら、妊婦加算をいきなり凍結するのではなく、 妊娠した女性が罰を受けるかのようなこの状況をこそ、改善しなくてはいけないと考えます。まずは、妊産婦と薬に関する情報を充実させ、それがきちんと行き届くような努力をしてほしいと願います。

<アピタル:小児科医ママの大丈夫!子育て>

http://www.asahi.com/apital/column/daijobu/(アピタル・森戸やすみ)

アピタル・森戸やすみ

アピタル・森戸やすみ(もりと・やすみ) 小児科医

小児科専門医。1971年東京生まれ。1996年私立大学医学部卒。NICU勤務などを経て、現在はさくらが丘小児科クリニックに勤務。2人の女の子の母。著書に『小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』(内外出版)、共著に『赤ちゃんのしぐさ』(洋泉社)などがある。医療と育児をつなぐ活動をしている。