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 このコラムでは、ADHDの30代女性・リョウさんのお話を続けています。

 これまで、夕食の支度、家計の問題などを、友達の手も借りながら、次々に夫婦で解決してきたリョウさん。なんとか生活も落ち着いた頃、リョウさんに女の子が生まれました。「リョウさん、母になる」です。

 これから数回は、ADHDの方に限らず、多くの新米ママやパパが直面しがちな子育ての悩みについて、認知行動療法の視点で考えていきます。(リョウさんは架空の人物です)

 いろいろ考えたリョウさんでしたが、これまでの母親との幾度となく繰り返された確執を思うと、心をかき乱されそうだったので、実家に里帰りはせずに、自宅マンションで子育てをスタートすることにしました。

 「夫婦ふたりで協力して私たちの家族を作るんだ」

 妊娠中はそんな意気込みのあったリョウさんでしたが、いざ赤ちゃんとの生活が始まると、なかなか難しいことも多くありました。

 

 リョウさんの最大の悩みは、赤ちゃんがなかなか夜寝てくれず、長時間抱っこしてあやしても、泣き続けることでした。

 耳をつんざくような我が子の泣き声をきくと、まるで「育児下手くそな母親!」と言われているようでした。リョウさんは育児書もネットも参考にして、ありとあらゆる方法で我が子をあやしましたが、どれも奏功しませんでした。

 たった3キロほどの我が子でも、何時間も抱っこすると、肩も腰も腕も痛くてたまりませんでした。泣き叫ぶ我が子を抱っこして何時間もウロウロするので、当然眠れません。

 夫は、はじめは一緒に寝て、泣き叫んで寝ない我が子に対して抱っこしたり、あやしたり、おむつを替えたりしていました。しかし何をしても何時間も泣き続けるので、次第に無力感を募らせていきました。そしてついに、仕事に差し支えるからと、別の部屋で眠るようになりました。

 リョウさんも、それは仕方がないと思っていましたが、夜中はとても孤独でした。たった一人の眠れない夜が3日も続くと、リョウさんから笑顔は消えました。

 

写真・図版 

 また、マンション暮らしのリョウさんは赤ちゃんの泣き声で近所から苦情がこないかと心配で、それもさらにストレスを増やしていました。

 近所に泣き声が漏れることを気にして、リョウさんは我が子を寝かせるのを午前0時にしました。まだ0歳の子どもを夜中に寝かしつけるなんて、非常識だと思われる方もいらっしゃることでしょう。リョウさんも以前は午後8時には我が子を寝かせていたのですが、我が子の睡眠パターンに気づいたのです。それは、寝始めてから4~6時間ぐらいは比較的泣かずに寝てくれるのですが、その後真夜中から明け方にかけて何時間も大泣きしてしまうというパターンでした。

 さすがに真夜中に泣かれては近所迷惑だからと、リョウさんは子どもを午前0時に寝かせることにしたのです。そうすれば、大泣きし始める時間が午前4~6時からであると考えたのです。大泣きが始まると、リョウさんは抱っこをしてあやします。ようやく我が子が再び眠りにつくのと同時にリョウさんも力尽きてまた寝ます。それが1~2時間おきに繰り返されるので、リョウさんはなかなか続けて寝られず、多くの時間横にはなっているのですが、疲れがとれません。ですから、母子がきちんと起きて活動をし始めるのは、だいたい昼前ぐらいの時間でした。

 夫はリョウさんを刺激しないようにそっと家を出て行くので、朝顔を合わせることはありませんでした。夫婦はすれ違いの生活となっていきました。

 

 そんな生活が半年続いた頃には、リョウさんの顔は土気色になっていました。

 子どもは生後6カ月になりましたが、相変わらず夜泣きが続いていましたし、昼夜を問わずとにかくよく泣く子どもで、全く休まる時がありません。

 街中で、ベビーカーにごきげんで乗っている赤ちゃんを見ると、リョウさんはうらやましくて仕方ありませんでした。美しく着飾った若いママ達が、ベビーカーを押しながら楽しそうに会話したり、カフェでくつろいだり……。そんなこと、今のリョウさんにはできませんでした。子どもが生まれてから美容室には一度も行けていないし、リョウさんの子どもはベビーカーにのせたとたん泣き出す子どもでしたから、カフェなんて静かな空間に行くことは当然無理でした。

 そんな感じなので、友達とはもうずっと会うことができず、誰とも会話しない日々が続いていました。

 

 夫は仕事が忙しいからと帰宅はだいたい深夜でした。その時間帯はリョウさんがちょうど子どもを寝かせる頃でしたから、夫と会話する時間も気力もありませんでした。いえ、そんな気分には到底なれませんでした。夜泣きする我が子に、なんにも手を貸してくれない夫は、戦力外どころか、洗濯物を増やすお荷物のようにしか思えなかったのです。

 そんなある日、やっとの思いで我が子を寝かしつけた頃に、お酒の臭いをぷんぷんさせながら帰宅した夫がリビングでつけたテレビの大きな音に、リョウさんの怒りは頂点に達しました。

 リョウさんは、リビングのソファでうたた寝している夫に駆け寄りました。

 リョウ「ちょっと!! いい加減にしてよ!!」

 酔っぱらった夫は、寝ぼけた顔でふてくされます。

 リョウ「子育て手伝わないだけじゃなく、邪魔までしてくるわけ!? はっきり言ってあなたなんて必要ないから!!」

 リョウさんの大きな声に、寝室から我が子の泣き声が聞こえてきました。私たち、夫婦喧嘩も自由にできないんだ……。まだぶつけ足りない怒りを抱えながらリョウさんは寝室に向かいました。

 リョウ「どうしてこうなるの、どうして私だけが!」

 世の中のイクメンブームなんて一体どこで起こっているのでしょうか。リョウさんはこんな生活を続けていくのはもう限界に近づいていました。夫婦ふたりの子どもなのに、夫はどこか他人事。子どもが生まれてから、残業や休日出勤が前より増えている気もします。

 このままではリョウさんもリョウさん一家も行き詰まってしまいます。一体どうしたらいいのでしょう? このお話は次回も続きます。

 

<お知らせ> ネットでさまざまなお悩みを相談できます

 このコラムの筆者の中島が、北九州市にある精神科クリニック「かなめクリニック」にて、昨年3月からオンライン診療を担当しています。診断の有無にかかわらず、インターネットを用いて認知行動療法などのカウンセリングを行います。ご相談内容は、ADHDに限らず、気分が落ち込んで引きずってしまう、不安でたまらない、食べ過ぎや飲み過ぎ、薬に依存してしまう、性犯罪に関するものでも幅広くお引き受けします。ご家族からの相談も受け付けます。みなさまのご相談をお待ちしております。

 ※要予約・有料で、自費診療となります。すでに医療機関にかかっていて、主治医や担当カウンセラーのいる方は、許可を得た上でお申し込みください。

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<アピタル:上手に悩むとラクになる・生きるのがつらい女性のADHD>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/nayamu/(アピタル・中島美鈴)

アピタル・中島美鈴

アピタル・中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。他に、福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。