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 年末になってくると、餅をのどに詰まらせないよう注意喚起が行われます。それなのに、年が明けると餅の窒息事故の報道があります。餅の窒息のリスクは広く知られていますが、なぜ事故はなくならないのでしょうか。今回は、人のリスク認識のバイアス(偏り)について考えてみたいと思います。

◯×クイズ: 65歳以上の高齢者が、窒息や誤飲で救急搬送された原因で一番多いのは「餅」である。
(※答えは、本文中にあります)

▼バイアス(偏り・先入観・思い込み)は、人間であれば誰しも避けて通れない

▼バイアスによってリスクに対する解釈や判断の仕方が異なってくる

▼「なじみのないもの」など対象によってリスクを過大視しやすいケースがある

餅の窒息リスクはどれくらいなのか?

 皆さん、餅や飴(あめ)、こんにゃくゼリーでは、どちらの方が窒息のリスクが高いと思いますか?

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 「餅」や「飴」より「こんにゃくゼリー」の方が、窒息のリスクが高いと思った読者の方もいるかもしれません。実際にはどうなのでしょうか。

 食品安全委員会が公表した資料(※1)によると、1億人がその食品を一口、口に入れたときに窒息事故がおこる頻度を一定の方式で算出すると、次のようになります。(単位:×10のマイナス8乗)

(1) 餅:6.8~7.6

(2) 飴:1.0~2.7

(3) こんにゃくゼリー:0.16~0.33(内閣府データ)、0.14~0.28(消費者庁データ)

(4) パン:0.11~0.25

 実は、数字だけでみると、「餅」や「飴」の方が「こんにゃくゼリー」より窒息のリスクがかなり高いことが分かります。

 このクイズは大学の講義や講演会などで出していますが、「こんにゃくゼリーの方が窒息のリスクが高い」と回答する人が多くいます。そのような思い込みが生じてしまっている原因の一つとして、2007~08年ごろに起きた、こんにゃくゼリー窒息事故の影響があるかもしれません。

 当時、子供や高齢者がこんにゃくゼリーで窒息事故になってしまったことをきっかけに、連日、メディアで大々的に報道されました。なお、一部のメディアは、食品安全委員会が公表した資料を紹介していましたが、こんにゃくゼリーに対する非難の声は、メーカーが製造中止に追い込まれるまでおさまらない状況がつづいていました。そんな状況から、多くの人が「こんにゃくゼリーは危険」と過大に認識してしまったのかもしれません。

 皆さん、「バイアス」という言葉を知っていますか? 統計学で用いるときには「偏り」を意味します。

 もう少し一般的な意味合いとしては、「先入観」「偏見」「思い込み」などと説明したほうが分かりやすいかもしれません。先ほど説明した「こんにゃくゼリーの方が危険」という思い込みが一例です。

 人はバイアスを排除して情報を受け取ることができるのか、さらに決断・行動の意思決定ができるのでしょうか。

餅より危険な食品がある?

 皆さんも「餅は危険だ」と改めて認識したのではないかと思います。

 では、この餅よりも気をつけなければならない危険な食品があると聞いたら、どう思いますか?

 東京消防庁が公開している資料(※2)によると、65歳以上の人が窒息あるいは誤飲が原因で救急搬送された原因を製品別にグラフにしたものが次になります。

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 実は、餅よりも「おかゆ類」の方が、救急搬送された原因として件数が多いことが分かります。

 ですから、冒頭の◯×クイズの答えは「×」になります。

クイズの答え:高齢者(65歳以上)で窒息や誤飲で救急搬送された原因で一番多いのは「おかゆ類」である
(※2017年東京消防庁管内のデータ)

 ただ、このクイズはひっかけ問題です。性急に「おかゆは餅より危険だ」と考えるのも注意が必要です。

 一般的にリスクは「発生確率」と「影響の大きさ」の掛け算(乗法)で評価されます。

 そして、「発生確率」は、危険事象が起こる確率のほかに、危険源への暴露の頻度や時間、回避または制限できる可能性なども考慮して総合的に判断します。

 食べる「頻度」を考えてみると、餅は年末年始に食べる人がほとんどですが、おかゆ類やご飯は毎日食べている人がほとんどだと思います。

 さらに「おかゆ類」を主食としている高齢者ならば、そもそも食べ物を飲み込む機能が低下していて、窒息や誤飲をおこしやすい人である可能性もあります。また、そんな高齢者は、餅を食べることを禁止されているかもしれませんから、リスクのある食品をとる頻度は制限されているかもしれません。

 だまし討ちのようなクイズを出してまで気がついてほしかったのは、人は誰しも先入観や思い込みに陥りやすいということです。そして、仮に正確な数値でリスクを示されても、個人個人がその対象に抱いている先入観や思い込みなどによって、リスクに対する人の認知(解釈や判断の仕方)が異なってくる可能性があることを意味しています。

人がリスクを過大視しやすいケースは?

 人は誰しもバイアスに陥りやすく、ときにリスクを過大視してしまうケースがあります。リスクコミュニケーション分野における教科書である「Risk Communication and Public Health(Oxford University Press)」に具体的な事例が挙げられているので紹介します。

写真・図版

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 リスクを過大視してしまう条件がそろうと、必要以上にリスクを恐れてしまう事態に陥る可能性があることを意味しています。

 「食品添加物」「食器からの溶出物質」「ダイオキシン」「農薬の残留」「遺伝子組み換え食品」などと聞くと、何となく危険なものと感じてしまう人が多いのではないでしょうか。その背景には、リスクを過大視してしまうバイアスの影響が考えられます。

 前述の「こんにゃくゼリー」もあてはまりそうです。報道機関や消費者はリスクを過大視ししてしまい、過剰に反応してしまったことも考えられます。逆に伝統的に食されていてなじみのある「餅」はリスクを過小評価してしまっていた可能性もあったかもしれません。

 世の中や身の回りのリスクについて考えるとき、自分自身の解釈や判断が、もしかしたら、今回ご紹介した11の項目にあてはまっていないかどうか、そして、リスクを過大視あるいは過小視していないか、ちょっと立ち止まって考えてみてはいかがでしょうか。

【参考資料】

1)食品安全委員会:「食品による窒息事故についてのリスク評価を行いました」食品安全 Vol.24, p2-3, 2010年10月(http://www.fsc.go.jp/sonota/kikansi/24gou/24gou_1_8.pdf別ウインドウで開きます

2)東京消防庁:STOP!高齢者の「窒息・誤飲」事故(http://www.tfd.metro.tokyo.jp/lfe/topics/stop/stop-old03.html別ウインドウで開きます

<アピタル:これって効きますか?・その他>http://www.asahi.com/apital/healthguide/kiku/(アピタル・大野智)

アピタル・大野智

アピタル・大野智(おおの・さとし) 島根大学・教授

島根大学医学部附属病院臨床研究センター・教授。1971年浜松市生まれ。98年島根医科大学(現・島根大学医学部)卒。同大学第二外科(消化器外科)入局。補完代替医療や健康食品に詳しく、厚生労働省「『統合医療』情報発信サイト」の作成に取り組むほか、内閣府消費者委員会専門委員(特定保健用食品の審査)も務める。