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 鉄が不足すると鉄欠乏性貧血になり、多すぎると肝臓や心臓に障害が生じます。建物や自動車の材料になる鉄が体に大切な成分でもあるのはちょっと不思議な気もします。鉄以外にも、少量だけれども体に必要な元素があって、医学や生物学の用語で「微量元素」と呼ばれています。

 厚生労働省の食事摂取基準では、鉄のほかに、クロム、モリブデン、マンガン、銅、亜鉛、セレン、ヨウ素が微量元素として、推奨量や耐用上限量が定められています。鉄と同じように他の微量元素も、不足したり過剰だったりすると体に障害が生じます。モリブデンやマンガンなんて、工業的に用いられることはあっても、人の体に関係しているとはあまり知られていないのではないでしょうか。

 閉経前の女性では鉄欠乏に陥りやすいですが、それ以外の微量元素については、健康な人が普通の食事をとっていさえすれば、そうたやすく不足したり、過剰になったりはしません。臨床の現場でよく問題になるのは、消化管の病気などで食事がとれず点滴を行っているケースです。

 必要なカロリーを点滴で投与する「高カロリー輸液」を長期間投与すると、微量元素が欠乏することがあります。私が医師になりたてのころは、欠乏症を防ぐため微量元素製剤を別に点滴に混ぜていました。現在でははじめから微量元素が配合された高カロリー輸液製剤が利用でき、手間が省けるばかりか、混ぜる時の汚染や入れ忘れがないようになっています。

 肝臓疾患を専門にしていると銅の過剰症を診る機会があります。10円玉の材料の、あの銅です。遺伝性の鉄過剰症があるのと同様に、遺伝性の銅過剰症もあります。正常であれば胆汁中に排泄(はいせつ)される過剰な銅が、遺伝子の異常で排泄されず体に蓄積されることで、肝臓をはじめとして、眼、脳、腎臓などに臓器障害を起こします。重症だったり、肝障害が進行して肝不全に陥ったりすれば、肝移植の適応になります。早期に診断、治療できれば症状も軽くて済みますが、診断にいたるまで時間がかかるときもあります。私は原因不明の肝障害を診たときには、必ず銅代謝関係の項目を検査するようにしています。電子カルテの検査セットに登録していれば検査のし忘れがありません。

 銅過剰症の治療は、銅と結合して排泄させるキレート剤や、銅の吸収を抑制する亜鉛製剤を使います。亜鉛が銅過剰症の治療になるのは意外ですが、体に吸収されるときに銅と競合するのです。亜鉛も体に必要な微量元素の一つで、亜鉛を豊富に含むサプリメントが売られています。しかし、サプリメントの大量摂取や極端な偏食で亜鉛を摂りすぎると銅欠乏症になり貧血や神経障害を起こすことが報告されています。何事も極端なのはよくありません。結局のところ、バランスのよい食事が一番良さそうです。

《酒井健司さんの連載が本になりました》

これまでの連載から80回分を収録「医心電信―よりよい医師患者関係のために」(医学と看護社、2138円)。https://goo.gl/WkBx2i別ウインドウで開きます

<アピタル:内科医・酒井健司の医心電信・その他>

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アピタル・酒井健司

アピタル・酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。

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