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 これまで介護施設における介護の場面を例に、目の前の出来事をどのように捉えていくか、怒っている人にどう対応するのかといった事柄を考えてきました。日々の出来事や誰かの言動に怒りがわいたとき、うまく受け流して自分を保つことができれば良いという場合もあります。でも、お互いの今後のために、あえて怒るという選択をすることもあるでしょう。

 今回から、上司と部下、あるいは同僚やチームのコミュニケーションをスムーズにするために、また利用者とのより良い関係をつくるために、必要なときに上手に怒る、感情を伝えるとはどういうことか、考えてみます。

 普段よりも一段と忙しい夜勤で、入所者の対応に追われて仮眠も取れずに朝を迎えたAさん。日勤に引き継いで、やっと一息ついたその時、たまたま立ち寄った事務長にこう言われました。

 「あらAさん、無精ヒゲはダメよ。髪型も崩れているじゃない。職員としての自覚を持って清潔感のある身だしなみをしてちょうだい」

 Aさんは返答できないまま、事務長は去って行きましたが、後から怒りが込み上げてきたというのです。

 大変な夜勤を終えたことへの労いの言葉がほしい、夜勤明けで身だしなみも万全とはいかないことを理解してほしいという思いがありました。ところがたまたま立ち寄って見えた場面だけで、職員としての自覚が足りないと言われてしまったことへの戸惑いや落胆があったようです。

 怒りへの対処法として、一時的に嫌な思いをしても受け流して気分転換するという方法もあります。

 しかし、事務長の立場で考えると、発言に悪気はなく、施設の職員としての身だしなみを意識してほしいという考え方が背景にあるようです。

 Aさんが何も言わなければ勤務の大変さは相手には伝わらず、単に身だしなみの悪いスタッフと決めつけられてしまうかもしれません。また同じように言われてしまう可能性もあります。それはAさんにとって不本意です。ときには怒るという選択もあるのです。

 怒るというと、感情に任せて怒鳴り散らしたり、相手を攻撃したりするようなイメージを持つ人もいると思いますが、上手な怒り方はそうではありません。アンガーマネジメントでは、怒ることは自分の感情を言葉で伝え、相手にこうしてほしい、これはやめてほしいとリクエストすることをいいます。相手の人格を否定したり、「あなたが悪い」と一方的に攻撃したりせず、「私はこう思う」というように「私」を主語にして、自分の気持ちや要望を伝えます。

 この時のAさんの気持ちとしては、「(私は)忙しい夜勤でヘトヘトでした」「そこで無精ヒゲと言われて(私は)傷つきました」などがありそうです。要望としては、「仮眠どころか短時間の休憩も取れなかった現場の状況を理解してほしい」「男性に対しても外見に関する言動には配慮してほしい」などでしょう。

 Aさんは夜勤のときにヒゲが伸びてしまうことを気にしていて、普段なら休憩時間に身なりを整えているのに、この日は忙しく、そんな時間すらなかったようです。外見上のことを指摘されれば男性も傷つきます。女性に不用意な発言をすればセクハラだと言われてしまうと認識していても、男性に対する配慮は意識されにくい場合もあるのかもしれません。

 今回Aさんは、事務長の言葉に戸惑いながらもその場では何も言えないままでした。伝える言葉が見つからないと言葉の代わりに表情や不機嫌な態度で表出してしまうことがあります。表情や態度だけでは、本来伝えたいことが伝わらずに態度の悪い職員だというレッテルを貼られてしまう危険性もあります。

 言葉で伝えるためには、あらかじめ「それは不本意です」「誤解があるかもしれません」などのセリフを準備したり、「私は」を主語にした言い回しを練習したりしておくことが、いざというときに役立ちます。

 もし誰かの意見や言動に納得できないと思えば、上手に怒ってみれば良いと思います。しかし、こちらの意見に相手が賛同するとは限りません。そのうえで、相手に伝わるように練習していきましょう。

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 このコラムでは、医療や介護の場面を取り上げながら、怒りやイライラといった感情との付き合い方を紹介しています。

 

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◆編集部から

<田辺さんの本が出版されました>

 タイトルは『ナースのためのアンガーマネジメント 怒りに支配されない自分をつくる7つの視点』(メヂカルフレンド社)です。(詳しくは https://www.medical-friend.co.jp/biblioDetail.php?b_id=1100別ウインドウで開きます

 

<アピタル:医療・介護のためのアンガーマネジメント・コラム>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/anger/(アピタル・田辺有理子)

アピタル・田辺有理子

アピタル・田辺有理子(たなべ・ゆりこ) 精神看護専門看護師・保健師・精神保健福祉士

横浜市立大学医学部看護学科講師。大学病院勤務を経て2006年から看護基礎教育に携わる。アンガーマネジメントファシリテーターTMとして、医療・介護・福祉のイライラに対処するためのヒントを紹介する。著書に『イライラとうまく付き合う介護職になる!アンガーマネジメントのすすめ』(中央法規出版)がある。