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 長野県山岳総合センターが昨年12月中旬、冬山登山の初心者向けの安全登山講座「冬山登山はじめの一歩 in 八ケ岳」(1泊2日)を実施しました。講座の目的は、安全登山の具体的な方法を学び、遭難防止につなげることです。八ケ岳は首都圏から近く、毎冬、年末年始などは大勢の冬山登山者でにぎわいます。安全登山を目指す講習について、「どんな内容なのか」と興味を持ち、現地で取材しました。

 受講生は、長野県内だけでなく東京都や大阪府などから19人が参加。年齢は30代~60代で、男性の平均年齢が50歳、女性は47歳です。日本スポーツ協会公認山岳指導者や同センター職員ら4人が、講師を務めました。講習場所は、八ケ岳の山小屋・黒百合ヒュッテや天狗岳周辺でした。

 夏山と冬山の大きな違いは、ピッケルやアイゼン、防寒具など特殊な装備です。夏山では軽登山靴で歩けた岩場も、氷雪をまとった冬山ではアイゼンがなければ滑落の危険が増し、安全に歩くことはできません。アイゼンを履いての歩行は、爪を衣類や岩場に引っかけて転倒するなど、正しい技術を学んでいないと遭難に直結します。

 また、夏山と違って冬山の稜線(りょうせん)は、強風が吹き荒れることが多く、しっかり防寒対策をしていないと低体温症の危険があるなど特殊な気象条件となります。

 講習では、「冬山が全く初めて」から「冬山の経験はある」などレベルに応じて受講生を四つに班分け。各班ごとに講師が1人つき、登山をしながら講習をしました。アイゼン歩行やピッケルの使い方、簡易テントをかぶって稜線の寒さに耐える方法など実践的な訓練をしました。

 八ケ岳の地元在住で山岳ガイドの村上周平さん(62)は経験者で構成する1班を指導。「ガイド登山と違い、講習では次のステップにつながる指導を心掛けています」

 1日目。午前10時半過ぎ、登山口の渋御殿湯で開講式後、まずアイゼンの着脱やピッケルの使い方の基本を学びました。登山口から尾根伝いの樹林帯は、積雪10センチほど。アイゼンを履くには積雪が少なく、最初は雪道を登山靴だけで歩きました。しかし、所々、岩や木の根が露出していて、バランスよく歩かないと転倒につながります。

 積雪量が20センチほどになった平らな場所で、アイゼンを履きました。村上さんは、「アイゼンは地面にフラットにおくことを心掛けてください。爪をズボンなどにひっかけると、転倒するので注意して歩いてください」と受講生たちに指示をしていました。

 午後3時過ぎ、宿泊地の黒百合ヒュッテに到着しました。標高約2400メートルにあり、冬場でも宿泊できる通年営業の山小屋として、週末は首都圏などからの大勢の登山客でにぎわいます。この日も、宿泊する登山者で混雑していました。小屋のストーブの上には、ハンガーがつるされていてぬれた手袋やウェアなどが干されていました。

 冬山では、ぬれは厳禁です。ぬれたままの手袋をはめて行動すると凍傷の原因にもなります。夏山と違って、より細かな配慮をしないと遭難につながりかねません。夜に、小屋の前の温度計をチェックすると零下13度まで下がっていました。積雪は50センチくらいでした。

 2日目。快晴に恵まれ、各班ごとに行動を開始。白銀の天狗岳が間近に望めました。天狗岳は、複数のピークが連なる八ケ岳のほぼ中央に位置します。東天狗岳(2640メートル)と西天狗岳(2646メートル)の二つのピークがある双耳峰です。1班のみが、村上さんの引率で東天狗岳を目指しました。他の班は、稜線で冬山訓練をしました。

 黒百合ヒュッテから樹林帯を経て、約20分で稜線に出ると、冬山特有の寒風が吹いていました。雪は締まり、アイゼンの爪が雪面によく刺さり、快適に高度を上げます。高度を増すと、風がさらに強くなり、体感温度が下がります。一般的に風速1メートルで、体感温度が1度下がるとされています。風速10メートルだ実際の気温より、10度低く感じるわけです。

 東天狗岳手前には、岩場があり、慎重に登ります。ただ、下を見ると高度感に加え、岩場と雪面のミックスなので、「下りは気が抜けないな」と気を引き締めて行動しました。山頂は強風でしたが、八ケ岳最高峰の赤岳(2899メートル)はじめ、南アルプスや中央アルプス、御嶽山、乗鞍岳、北アルプスなど絶景を満喫しました。

 受講生たちは、登頂の喜びにひたっていました。1班メンバーで群馬県高崎市の会社員、指方昌貴さん(39)は「昨冬、北アルプスの八方尾根でセンターの冬山講習を受講しましたが、好天のうえ、ピークを踏むことがなく、物足りなかった。今回、稜線の強風や雪のついた岩場も体験できたうえ、東天狗岳に登頂できたので満足です」と笑顔で答えてくれました。

 登頂しなかった他の班のメンバーたちも手応えを感じ取っていました。東京都の40代女性は、2年前に富士山に登ったのをきっかけに登山を始めました。2017年1月、雪が積もった高尾山に登り、「冬山は楽しそう。ちゃんとした技術を学んで冬山にチャレンジしたい」と、今回の講座に参加しました。

 2日目は稜線で、簡易テントをかぶって寒風を避ける体験をするなど、2日間を通じて「雪の稜線など見たこともない世界を体験でき、本格的に冬山を学びたくなりました。でも冬山に登るには体力が必要だと痛感しました」と話してくれました。

 私自身、冬山はとても魅力を感じています。まず、夏山と比べて登山者の数が圧倒的に少なく、山を独占しているような気分になります。また、雪山で体験する夕焼けや朝焼けは、山全体がオレンジ色に輝く美しさに見とれます。さらに、寒風吹きすさぶ稜線を歩いているとき、平地では体験できない充実感や満足感を味わえます。少し大げさですが、厳しい試練を耐えた者のみ味わえる体験です。

 今回、講師を務めた同センターの杉田浩康所長(65)は「装備をそろえたからといって、見よう見まねで冬山に登るのは危険極まりない。センターでは、年間を通じて安全登山講座を実施しており、ぜひ参加してほしい」と呼びかけています。同センターの問い合わせは(0261・22・2773)へ。

<アピタル:近藤幸夫の山へ行こう・健康と安全>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/climb/(近藤幸夫)

近藤幸夫

近藤幸夫(こんどう・ゆきお) 朝日新聞山岳専門記者

1959年。岐阜市生まれ。信州大学農学部卒。86年、朝日新聞入社。初任地の富山支局で、北アルプスを中心に山岳取材をスタート。88年から運動部(現スポーツ部)に配属され、南極や北極、ヒマラヤで海外取材を多数経験。2012年から日本登山医学会の認定山岳医講習会の講師を務める。現松本支局長兼山岳専門記者。

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