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 南国土佐の印象からは遠く、四万十は雪がよく降る。そして、上流からの川風が肌を刺す日がある。

 そんな中、堤防を早朝から散歩する人を多く見かける。片手にビニール袋を持って犬を引いてゆく人。携帯ラジオをつけたまま、大股でわき目もふらずに一直線に急ぐ人。日の出前から、四万十川の堤防は常連の人たちが行き交う。

 その中には、ぼくの診療所に通う患者さんも多い。川向こうに住む糖尿病の患者さんは、朝には赤鉄橋を渡ってぼくの診療所の前まで来て、体操をして帰ると言う。その上に午後三時には、赤鉄橋から始まって、下流の国道のバイパスの橋と、鉄道橋の三つの橋の下までを往復すると言う。河川敷の遊歩道を一時間あまりかけて、行き帰りするのを日課としている。

 みんな健康のために努力している。何をしても長続きしないぼくは、診察室で話を聞きながら恥ずかしくなる。「先生、まだ歩いていますか」「プールは行っていますか」と聞かれる。「今は休んでいます。続きませんでした」と、頭をかきながら答える。父は朝六時に散歩に出て、コースもきちんと決まっていた。杖をついてメモ帳に川柳を書き続けた。そのDNAをぼくは受け継いでいない。

 それでもちょっとの工夫はしている。仕事中に椅子に座る患者さんと面談するときには、蹲踞(そんきょ)の姿勢を続ける。スクワットの代わりと自分に言い聞かせている。朝起きると相撲の仕切りのように、股関節のストレッチをする。それと、一日中しゃべることだろうか。毎年の検診では、肺活量が落ちない。

 診療所ではスニーカーを履いて、点滴室まで小走りに移動する。これもささやかな工夫の一つ。「うわっ、先生のスニーカーと私のは色違い。このスニーカーを履いたらほかのは履けん。私は大阪で買ってきた」と、診察中に患者さんからびっくりの話をされた。子どもたちからの誕生日プレゼントを、ぼくはもう二年履き続けている。

 診療所の最も慌ただしいこの時期には、診療を終えるとぐったりとなる。わかっていても運動する気持ちになれない。缶チューハイを一口飲んだら、いい気持ちでもう別世界になる。

 「私より先に死んだらいかんよ」「先生こそお大事に」とか、患者さんからねぎらいの言葉をいただくことが多くなった。診療所の職員からは「いよいよタフだ」と言われるものの、若ぶっていても始まらない。もっと運動をしないと、ぼくの自慢の太ももの筋肉が落ちてしまう。

 「今は寒いから」と言い訳せず、室内の運動からでも始めよう。患者さんたちはあんなに努力している。百三歳で、ひとりで階段を上がり下がりする患者さんがいる。ぼくもそれにあやかりたい。

 

<アピタル:診療所の窓辺から>

http://www.asahi.com/apital/column/shimanto/(アピタル・小笠原望)

アピタル・小笠原望

アピタル・小笠原望(おがさわら・のぞみ) 大野内科医師

1951年高知県土佐市生まれ。76年弘前大学医学部卒。高松赤十字病院などを経て97年大野内科(四万十市<旧中村市>)。2000年同院長。18年12月から同医師。在宅医療、神経難病などの分野で活躍中。最新の著書は「診療所の窓辺から」(ナカニシヤ出版)。