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 このコラムでは、ADHDに悩む30代の新米ママ・リョウさんのお話を続けています。

 初めての育児に苦戦しているリョウさんは、まったく育児に参加せず残業や飲み会を繰り返す夫に怒りを募らせていました。子どもの夜泣きのためにほとんど睡眠時間もとれない自分の状況を伝えて、解決策を探ろうとしたリョウさんでしたが、「それくらい覚悟できてなかったの」と冷たく話を遮った夫の反応に、大きなショックをうけました。

 夫婦の生活はすれ違い、いつのまにか気持ちにも大きなミゾができていました。リョウさんは生後6カ月の幼い娘を抱いて、家を出たのでした。

 リョウさんは、寒い冬の夜が我が子の体温をどんどん奪う恐ろしさから、ひとまず電車に乗って、ビジネスホテルを目指しました。チェックインはしたものの、シングルベッドだけが窮屈そうにおさまっている部屋も、お湯を張りにくいユニットバスも、赤ちゃん連れのリョウさんには、落ち着かない場所でした。やっとの思いで、入浴まで済ませることができましたが、狭い室内で、遊ぶおもちゃもなく、寝返りを覚えたての我が子がベッドから誤って落ちないように、リョウさんは我が子を抱っこしてテレビを見ていました。そして、疲れきった頭でぼーっと考えました。

 リョウ「明日の朝10時のチェックアウトまでは室内にいられるな。それからどうしよう」

 途方に暮れていました。

 リョウさんの子どもは相変わらず、何度も夜中に目を覚まして泣きました。リョウさんは、ビジネスホテルの薄い壁から泣き声が近くの客室に漏れ出てしまうことを気にして、子どもが泣き出すと必死に授乳をして、その夜を乗り切りました。夫からは、きっとすぐに戻ってくるだろうと思っていたのに、まだ帰宅しないリョウさんと我が子を心配して何度も着信がありました。でも、リョウさんは電話に出ませんでした。

 「何日かしたら戻るから心配しないで。母子ともに元気」とだけメールを送りました。しばらく夫と距離を置きたかったのです。

 翌朝、10時にチェックアウトした後、リョウさんは悩んだあげく、駅の近くにあると聞いていた児童館にいきました。自治体がやっている母子が無料で遊べる屋内施設です。0歳児でも安全に遊べる遊具や空間があって、リョウさんはやっと一息つくことができました。その途端、涙が止まらなくなりました。

 児童館の職員が、突然泣き出したリョウさんをみて、声をかけてくれました。

 職員「お母さん、だいじょうぶ?」

 リョウ「すみません、急に。あの、実は家出していて。私の勝手で飛び出してきたんですけど。……主人が、主人が全然わかってくれないんです。どれだけ私が大変か」

 職員「ご主人とケンカしたの? お母さん、初めての子育て?」

 リョウ「そう。初めてというのもあるんだけど、全然寝てくれないんです、うちの子。もう6カ月なのに、30分とか1時間ごとに起こされて、ほんとに辛くて。昨日はビジネスホテルに泊まったから、泣き声が漏れないかって気になって気になって」

 職員「眠れないと、ほんとにきついよね」

 リョウ「なんとか夜寝かせようとがんばってるのに、全然うまくいかなくて。お外でだって遊ばせてし、寝る前にたくさんおっぱいもあげてるし、生活リズムだってつくろうとしてるし、もう全部試したんです。これ以上無理。なんでこんなに続くのか、もう無理」

 職員「お母さん、全部がんばってるんだね。もう少し聞かせて。いつもどんな風にしてるの?」

 リョウ「昼寝もほとんどしないんですよ。夜は目が覚めたら泣き出すし。なんであんなに泣くのかわからない。オムツだってぬれてないし。こんなに眠れない日がいったいいつまで続くんですかね。もう限界です。主人はいつも家にいなくて、私の話も全然きいてくれなくて……」

 

 この優しい職員は、他の職員にリョウさんの子どもの相手を頼んで、奥の相談室にリョウさんを招き入れました。リョウさんの話をきいてくれていたのは、長年多くの母子をみてきたベテランの保健師さんだったのです。保健師さんは、リョウさんの家庭のトラブルの大きな要因が、赤ちゃんの夜泣きにあると見て、リョウさんにこう話しました。

 保健師「赤ちゃんがどうして夜泣いてしまうのか、知ってる?」

 リョウさんは、これまで夜泣きに関する情報なら、ネットで必死に検索していました。育児サイトには、だいたい生後6カ月くらいからは、夜にまとまって眠るようになると書いてありました。泣いてしまうのは運動不足だから外に連れ出しましょうとか、生活のリズムを整えましょうとか、だいたいどのサイトにも書いてある一般的な「夜泣き対策」は、リョウさんはすでに試していました。それでもリョウさんの娘はいっこうに夜、寝ないのです。リョウさんが懐疑的な表情をしていると、保健師さんはこういいました。

 保健師「実はね、赤ちゃんの睡眠は大人とは少し違うの。それに、一般的な夜泣き対策をしても解消しない夜泣きには、いくつか原因があるのよ」

 リョウさんは、もしかすると保健師から「母親の愛情が足りないからだ」などの批判的なことを言われるのではないかと身構えるような不安な気持ちと、期待が入り交じりながら、つばをごくりと飲みました。

 保健師「実はね、赤ちゃんはまだ脳が未成熟なこともあって、大人のようなしっかり深い眠りではなくて、夜中に何度も目を覚ましてしまうような浅い眠りを繰り返しているの。明け方になるほど眠りは浅くなるのよ。夜泣きをしない赤ちゃんでも、実は夜中に何度か目を覚ましている子もいるといわれているのよ。だから赤ちゃんが夜中に目が覚めてしまうこと自体は、よくあることではあるの」

 リョウさんは、初めて聞く内容に目を丸くして聴き入っていました。

 保健師「でもそうすると、夜泣きをしない赤ちゃんが夜中に目を覚ました場合、どうして泣かないのか、不思議よね。どうも、赤ちゃんが自力でまた眠りについているようなの。だから親も気づかずに朝まで寝ているので夜泣きにならないのね。でも、夜泣きする赤ちゃんは、夜中に目が覚めたときに、もう一度自力で眠りにはつけない、つまり自分で寝るのが苦手な赤ちゃんだと言えるわね。『ねむれないー』と泣くことで大人にねかしつけてもらっているというわけ」

 リョウさんは、赤ちゃんが浅い眠りを繰り返している、という説明については身に覚えがありました。我が子の夜泣きを振り返ってみると、夜中に目を覚まして泣き始め、再び眠ってからまた泣き始めるまでの時間間隔はだいたいいつも同じでした。しかも、夜中には2~3時間ごとに泣きますが、朝方になると30分~1時間ごとに泣くというかんじでした。そしていつも、娘は何かを必死で訴えているように泣き叫んでいました。

 保健師「中には、明らかに眠そうにしているのに、必死で『眠るもんか!』と抵抗する赤ちゃんもいるのよね。眠ることを『お母さんと離れてしまうこと』とか、『世の中の終わってしまう怖いこと』みたいに捉えている赤ちゃんもいるみたい。他にも、『眠るなんて退屈で耐えられない』というような、好奇心旺盛な赤ちゃんもいて、やはり寝ること自体を嫌がることもあるわね。まとめると、赤ちゃんにとって眠りは必ずしも心地よいものではないってことね」

 ポイントをまとめると次のようになりました。

写真・図版 

 リョウ「それじゃあ、夜泣きする赤ちゃんは、眠るのが苦手だし、眠ること自体が嫌いってことですか?」

 保健師「そのとおりね。もちろん他の理由があるかどうかは、見極めることが必要だけど」

 リョウ「でも、じゃあどうしたらいいんですか? うちの子も、自分で眠れるようになれるんでしょうか? 眠るのが好きになるのにはどうしたらいいんですか?」

 リョウさんは、初めて夜泣きへの対処のヒントをもらえそうな期待がわいてきました。このお話は次回に続きます。

 

<お知らせ> ネットでさまざまなお悩みを相談できます

 このコラムの筆者の中島が、北九州市にある精神科クリニック「かなめクリニック」にて、昨年3月からオンライン診療を担当しています。診断の有無にかかわらず、インターネットを用いて認知行動療法などのカウンセリングを行います。ご相談内容は、ADHDに限らず、気分が落ち込んで引きずってしまう、不安でたまらない、食べ過ぎや飲み過ぎ、薬に依存してしまう、性犯罪に関するものでも幅広くお引き受けします。ご家族からの相談も受け付けます。みなさまのご相談をお待ちしております。

 ※要予約・有料で、自費診療となります。すでに医療機関にかかっていて、主治医や担当カウンセラーのいる方は、許可を得た上でお申し込みください。

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<アピタル:上手に悩むとラクになる・生きるのがつらい女性のADHD>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/nayamu/(アピタル・中島美鈴)

アピタル・中島美鈴

アピタル・中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。他に、福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。